別れの予感
電車は、丘崎駅を出て、浜名へ向かう。
「良かったね。二人は結ばれそうよ」
横の席に座る国也に、乃菊が話しかける。
「苦労した甲斐があったね」
腕を組み、感慨に浸る国也。
「え、おじさん苦労したかしら。私ばっかり危ない目にあったんだから・・・」
また乃菊が減らず口を叩く。
「はいはい、僕は何もしておりません!」
「ああ、すねちゃった。子供ですねえ・・・」
国也は、寝たふりをする。
「でも、残念だったね。夕衣さんが好きだったのに」
乃菊が国也の耳元で言う。
「それは違う!最初から二人を結びつけようと思ってたんだから!」
すぐに寝たふりが終わってしまう。
「それは、それで、好きだったのは事実よね・・・」
横を向いて乃菊が言う。
「違う!」
強く否定する国也。
「嘘!」
乃菊も引かない。
「本当だよ!」
大きな声を出す国也。
「そんなにムキにならなくたっていいじゃない!」
乃菊もムキになっている。
「なってない・・・」
国也は、そっぽを向く。
「ごめん・・・なさい・・・」
乃菊は、国也の肩に頭を乗せる。
「気にしてないよ」
本当ではないかもしれない。でも乃菊の前では、否定したい国也である。
「しばらく、こうしてていい?」
どうしたんだろう、と思う国也。
「いいよ・・・」
電車は、国也の店のある町も過ぎ、原豊駅も乗り換えなしで浜名へ向かう。
各駅停車で進む電車は、もう少しで終点浜名駅。乃菊が座りなおす。
「これで、おじさんともお別れね。いろいろありがとうございました・・・」
急に他人行儀な話し方をされ、淋しさを感じる国也。
「これからどうするんだい?」
国也が聞く。
「そうね、少し旅に出ようかな。私も良い人見つけて、身内を作らなきゃ・・・」
失恋した気分になる国也。床まで落ちそうなくらい、肩を落とす。
浜名駅に着いて、二人はホームを並んで歩く。
「ううっ!」
乃菊が急にうずくまる。
「どうしたんだい?」
国也もしゃがんで、乃菊の顔を覗き込む。
「何でもない!トイレに行くから先に行くね」
乃菊は、ホームを走り出す。
改札を出た先にトイレがあり、乃菊は飛び込んだ。国也は心配しながら、トイレの近くで待つ。
乃菊は、強い吐き気を感じ、洗面台の前でうずくまっていた。
少し立ち上がり、水を流しながら、苦しそうに口を開ける。額から脂汗が流れる。
「いやっ!」
鏡に映った乃菊の眼は、瞳がワニのように縦に細くなっている。慌ててカバンをかき分け、布袋に入っていた石のペンダントを、震える手で強く握る。
「お願い、今は・・・」
しだいに苦痛は消えて行く。落ち着いてきた乃菊は、横の壁に寄りかかって座る。
「大丈夫かい?」
トイレに入って来た老婦人が、心配そうに乃菊に声をかける。
「だ、大丈夫です。ありがとうございます」
乃菊は、洗面台に手をかけて立ち上がり、鏡を見る。
「・・・」
カバンを持ち、外へ出て行く・・・。
「大丈夫かい?」
トイレから出て来た乃菊に、国也が声をかけながら近づく。
「何でもないよ、乗り物酔いかな」
乃菊はとぼける。
「ならいいんだけど、顔色悪いよ」
国也の言うとおり、乃菊の顔は真っ青である。
「大丈夫だってば!」
つい腹を立ててしまう。
「何で怒るんだよ」
戸惑う国也。
「怒ってない!」
国也には、乃菊が怒っているように見えるが、それよりも、何でもないと言っていることの方が気がかりである。
「行こっ!」
乃菊は、いつもの茶目っ気たっぷりな態度を見せ、国也の腕を掴んで歩きだす。
「おじさん、私のことは、忘れてもいいよ・・・」
歩きながら乃菊が言う。
「忘れるわけないだろ、君みたいな・・・」
言葉に詰まる国也。
「意地悪な女?」
乃菊が寂しそうな顔をする。
「違うよ。なんて言ったらいいか、今までに会ったことのない・・・」
また言葉に詰まる国也。
「素敵な女性?」
自分で言うか・・・。
「そこまでは言えないな・・・」
国也の腕をつねる乃菊。
「イタッ!」
つねられて痛いが、傍に居られることが嬉しい国也だった。
「そのくらいのこと、嘘でも言ってよ」
そっぽを向く乃菊。
「そうだな、今までに会ったことのない、可愛くて、綺麗で、愛おしい・・・」
国也らしくない言葉を並べる。
「言い過ぎ!そこまで言うと、大嘘になっちゃう!」
と言いながらも、顔を赤くする乃菊。
「欧米式!」
乃菊は、歩きながら背伸びをして、国也の頬にキスをする。そしてスキップをするように走って行った。
国也は、キョロキョロと辺りを見回し、誰かに見られなかったか気にする。
「見られたっていいじゃないか・・・」
一人で納得する国也。しかし乃菊の後ろ姿を見ていると、こんな関係なのに、別れの予感が頭の中を駆け巡り、不安になる。
駐車場に着くと、乃菊はさっさと自分の車に乗り込んでしまう。
「おじさん、元気でね!」
エンジンを掛ける乃菊。
「うん、何かあったら、電話しろよ!」
運転席の乃菊に声を掛ける。
「駄目、もう会わない!」
国也の顔を見ないで言う乃菊。
「どうして?」
淋しい気持ちになる国也。
「いいの、おじさんには、おじさんの人生があるでしょ、バイバイ!」
ハンドルを回す乃菊。
「何だよ、淋しい・・・」
国也の言葉も聞かずに、乃菊は車を出す。
「どうしてなんだよ・・・」
これで終わりなのかと思う国也。しばらく取り残されてしまった駐車場で、一人立ちすくんでいた・・・。
一方、車を運転する乃菊の眼からは、止まることなく涙が流れていた・・・。