day0 -仮想空間、霓虹-
厳しい両親の視線。
息の詰まる進学校の教室。
現実の彼は、いつだって「可愛いものが好き」な本当の自分を隠して、死んだように生きていた。
──だけど、この世界だけは別だ。
輝くネオンが足首まで浸る水面に映る。
チャポン、チャポン。
「あれ?俺一番先にログインしちゃった?」
ネオンと共に水面に映ったのはセミロングヘアの黒髪に、肩出しフリフリ小物付きサイバー着物を纏った、ネオン街の住人の一人・杯 姫憂、本名伊織 冥羽。
現在この仮想空間・霓虹にてランク急上昇中のENDS NOVAのメンバーである。
霓虹では何グループかが存在し、チーム対抗戦でそれぞれの武器、能力を使用して戦い、上に上り詰める事が出来るのだ。
なんでも、ネオカップの一位になれば何か一つ、この霓虹限定で願い事を叶えてもらえるらしいが、目指そうと思っていても大抵は目指せない。
何故ならたまに不正アクセスしてチートを使う輩がいるから。
現実に帰れば、お堅い制服と教科書の匂いしかしない。
だからこそ、この足元に広がる、電子の冷たい水の感触と、派手にまたたく桃色や青のネオンの光が、今の姫憂にとっては唯一の呼吸のし場所だった。
「いた、姫憂」
「兄さん!一緒にチップ着けたのに遅かったじゃん」
「すまん。消費していなかったログインボーナスの期限が迫っててな。受け取りに行ってたんだ。……帝都は?」
気だるげでアンニュイな脱力系スタイルでパシャッ、パシャッと水しぶきを立てながら姫憂に駆け寄ってきたのは、姫憂の実の兄であり、ENDS NOVAのメンバー・杯 鳩羽、本名伊織 羽築だった。
2人の頭に1本ずつ生えている特徴的な角は今日もネオンの輝きを反射したように光っている。
「まだ来てない。あいつ、自分から今日誘ったくせにぃ〜」
「そう言ってやるな。時期に来るだろう」
鳩羽と姫憂がしばらく茶色い橋の上で話していると、姫憂は背筋にゾワッとした寒気を感じる。
その寒気で彼は直感した。
あいつが、例のあいつが来たのだと。
姫憂がガバっと自身の身体を抱き込むと同時に、後ろから赤黒い光が誰かを照らしていた。
その光に重なって、ファン達の黄色い声が姫憂の耳を突く。
「帝都様〜!」
「鬼灯ども、待たせたな!」
「きゃぁぁぁぁぁ!」
周囲のネオンが強制的に色を変えた。
明るい効果音に、サイバー軍服姿の男を乗せた橋の上を滑る彼の武器。
チャラそうな赤黒い髪色に、はだけた軍服。
そして何より、頭から生え、嬉々そうに朝日のように光る日本の角。
このチャラそうな男こそ、ENDS NOVAのリーダーであり、霓虹の一区を統べる・慈雲 帝都、本名を皐月 蘭といった。
「ほらな」
「よっ、二人ともお待たせ〜」
「遅かったな。いつもは一番に来て姫憂を待っているだろう」
「それはそれでキモいけどね」
乗っていた自身の武器から降り、ノイズが混じるような電子音と共に武器を消した帝都は橋の上にいた二人に駆け寄ってくる。
特徴的なアバターボディが水面に反射して映る。
その姿が姫憂には一瞬、現実の皐月蘭と重なって見えたのは気のせいだろうか。
「悪ぃ、ファンに声かけられちまってさ!俺ってやっぱりこう、オーラみたいな物が滲み出てんのかね?」
ピアスの着いた舌をぺろ、と出しながら良い男ムーブをかます帝都に、左右の席にいるファン達は喉が枯れそうな勢いで声援を送っていた。
ファンのなかには、鳩羽や姫憂に言葉を送っている子もいる。
そんな帝都に鳩羽はファンサし過ぎだ、と小突いて釘を刺す。
いつもの姫憂なら鳩羽に便乗して帝都を煽ったりしそうなものだが、今日は違った。
喉の手前まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
目の前の慈雲 帝都と皐月 蘭が重なったから、と言う単純な理由ではない。
声援を受け、いつもの様にファンに対して良い男ムーブをする目の前の帝都が、姫憂の目には本当にかっこいい男として映ったのだ。
蘭ではなく、帝都が―――……。
このとき、冥羽の鬼の角は、きっと誰にも見えないほどピンク色に明滅していた。




