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からみ糸 ―深川つみびと物語―  作者: 優木悠
第一章 始まりの声

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一の四

 高木金五郎は待った。

 来る日も来る日も、若侍三人の跡を密やかにつけながら機会を待った。


 跡をつけていると、彼らの素行の悪さがしっかりと見えた。

 三人の傍若無人ぶりは(はなは)だしかった。木戸が閉まっていれば木戸の番太を叩き起こして恫喝して開けさせた。旗本の子弟なのだから、別に恫喝などしなくても番太の方が気をつかって開けてくれるだろう。でなければ、多少の銭をにぎらせてやればいい。後は七助の言っていた通りで、前を横切ったからと女に絡み、川原にうずくまる物乞いを足蹴にし、杖を突いて歩く老爺を邪魔だと突き飛ばし、店に入っては金を払いもせずに商品を持って行ってしまう。気の荒い駕籠()きにすら担ぎ棒の先が当たったのなんのと難癖をつけて刀で脅し、駕籠舁き達が冷や汗流して逃げ去るのを見て笑う。


 酒も呑み、煙草も吸っていた。浴びるほどやる。金五郎も若い頃から酒も煙草もやっていたが、彼らのように度が過ぎたやり方はしなかった。度が過ぎれば年長者から(たしな)められたものだった。三人はまったく大人の目を気にしていない。大人の事を舐めきっていた。


 彼らの家も突き止めた。本所のあちこちに散らばってはいたが、どれも見事な門構えの屋敷で、調べてみれば、書院番だの使番だの目付だのと言った役についている立派な家だった。いずれも家禄は五百とか千石ほども貰っているそうで、三河以来などという素性卑しからぬ家格であった。金五郎はこんな素行の悪い息子がいる家の者など、しょせん無役で怠惰な生活を送っているのだろうぐらいに考えていたが、格式もしっかりと重んじていそうな家なのになぜあのようなぐれた若者が生まれたのか、不思議としか言いようがない。


 彼らをつけはじめて五日目の晩であった。

 長井というのが、今日はもう帰ると言ってふたりと別れた。

「なんだ、帰るのか、付き合いの悪い」「なに最近親がやかましくていかん」「親など放っておけばいいのさ」「適当に顔色を(うかが)って慎んでいる振りをしていれば、小遣いを減らされることもないしな」「へっ、帰れ帰れ、けったくそ悪い」「ああ、友達より親をとる薄情なやつは放っておけ。ふたりで楽しもうぜ」

 ちょうど一色河岸を抜けた所で、大沢と疋田のふたりは門前仲町の方へと消え、長井は富岡橋を渡って北へと足を向けた。


 しめた、と思った。金五郎は長井の後を追った。

 もう五つ半(午後九時)である。人通りはまるでないし、左手の家並みはひっそりと(たたず)み、右手の寺々は闇の中に黒く寝そべっていた。


 長井が仙台堀川に出たところであった。

 金五郎はすばやく彼との間合いを詰めた。

 気配を感じて長井が振り向きかけた瞬間、金五郎は後ろから首に手を回し、もう片方の手で彼の腕を掴んで後ろにねじりあげた。声を上げかけた長井の口を(たもと)で押さえて、川に沿って正覚寺の塀の陰へと引きずった。


「なんだ」と長井は押さえられた口でもごもごと言った。「こんなことをしてただで済むと思うな」

「お主らはいささか悪行が過ぎた。身の始末をつけろ」

「何者だ、何を言っている」

「わからんか、腹を切れと言うことだ」

「誰が腹など切るか」

「お主ら三人のせいで泣いている者達がどれほどいると思う。お前達に(かどわ)かされて命を落とした娘の無念さはいかばかりか、その親の悲嘆をお主はわずかでも思ったことがあるか」

「この間の娘のことを言っていやがるのか。けっ、あの娘、最初は嫌がっていたが最後は自分から腰を振ってい……」

 言い終わらぬうちに奇妙な呻きをあげて長井は腰をくの字に折り曲げた。金五郎が脇腹を拳で突いたのだった。

 倒れていく長井の前に回った金五郎は、その襟首を掴み、塀に押し付けた。


「腹の切り方を教えて進ぜよう」


 金五郎は長井の脇差を抜くと、若者の腹に突き刺した。

 悲鳴を上げかけた口をふたたび袂で覆う。

 長井が血走った目を剥き、金五郎を睨んだ。夜でもわかるほど恐怖で彩られた目である。そうして悲鳴も上げられないとわかると袂をぎりぎりと噛みしめて喉の奥でうんうんと叫んだ。

 金五郎はぐいぐいと刃をすべらせ、腹を真一文字に引き裂いていった。

 長井の体が痙攣し、全身の力がふっと抜けた。絶命した瞬間であった。


 荒い息を整える間もなく、金五郎は長井を座らせて、手に脇差を握らせた。つまらん小細工だとは思う。だが、まだ町奉行所に捕まるわけにもいかないし、長井が自ら命を絶ったと、残りのふたりに思わせなくてはならない。殺されたとわかれば彼らは警戒するだろうし、屋敷に閉じこもってしまう怖れもあった。ふたりの命を仕留めるまでは、つまらぬ小細工でも何でもしなくてはならない。


 金五郎が身を起こすと、全身にどっと疲れが湧いた。流れる額の汗を拭こうと手をやりかけてとめた。月明かりに手のひらが黒く染まっているのを見た。見れば袖も胸も血糊がべったりと染みついていた。


 すぐ後ろの土手から身を乗り出して、川で手を洗った。

 罪悪感などまるで湧いてこなかった。しかし、やり遂げた達成感も悪を討った快感もありはしなかった。

「あとふたり……」

 ただ、成し遂げなくてはならない残りの責務ばかりが頭に溢れていた。

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