一の二
横町の向こうで、「ちい、りい、さい」と男の子達が声を合わせて叫び、数人がきゃっきゃと笑いながら駆け出すと、じゃん拳に負けたひとりが、またおいらが鬼だと半分べそをかきながら皆の後を追って走り出した。
道の反対側では女の子が三人ばかりで輪になってお手玉をしていて、高木金五郎はその賑やかな光景を眩しそうに目を細めて眺めながら深川加賀町の家に向かって歩いた。
ふと、みぞおちの辺りが痛んだ。錐をねじ込まれたような痛みだった。体を曲げて腹を押さえ痛みに耐えた。今日はずっと調子が良く安心していたのに、日が傾き始めた今になって痛みが訪れた。死神が曲げた背筋の上から重くのしかかって来るようだった。
家に着くまで痛みが強くならないでくれと祈りながら荒物屋の角を曲がろうとした。と、さっきお手玉をしていた女の子達の方から、耳をつんざくような悲鳴が湧き起こった。
何事かと振り返ると、三人の若侍が少女達を取り囲み、恫喝でもしている様子だ。
数日前、蕎麦屋で聞いた話が、金五郎の脳裏に湧き出てきた。腹の痛みを忘れるほどの嫌悪感も一緒に湧き起こってくる。おきちという娘を拐かして殺害した若侍とはあの者達ではないのか、と眉をひそめて見た。
まだ十六、七歳の若者達である。前髪を落として間もない、子供子供した顔をしていた。
中のひとりが、
「おいたはいけないな」
とひきつった顔で言うと、
「おしおきをしなくちゃあなあ」
と別のひとりがにやにやといやらしく笑った。
そうしてもうひとりが、ひとりの少女を担ぎ上げた。
少女は泣きながら、すみません、すみませんと必死に謝っている。十かそこらの少女だった。
少女をかつぎあげた男は、
「侍にお手玉をぶつけるなんて、いけない子だ」
そんなことを笑いながら言っては、娘の天に向かって突き出た尻を撫でる。何度も撫でる。
もちろんわざとぶつけたわけではないだろう。遊んでいたお手玉が手から滑って飛びでもしたのだ。そんな些細なことが許せないとでもいうのか、それとも、それをきっかけに子供に悪戯をしようとしているのか。
子供達の悲鳴を聞いて大人達が横町に出てきたが、相手が侍だとわかって尻込みをしてしまっているし、鬼ごっこをしていた少年達は立ち止まって家の軒下で怯えている。
金五郎は躊躇わなかった。
若侍達に大股に近づくと、
「やめなさい、侍ともあろう者がみっともない」決然とした調子で言った。「恥を知れ」
これが旗本の子息か、と金五郎は思う。庶人の手本とならねばならぬ身分でありながら、長屋の向かいの飲んだくれ橋助でもやらぬ破廉恥な真似をする。
「なんだ爺」
「小汚い浪人者のくせしやがって」
「旗本に諫言しようとでも言うのか」
若侍達が口々に言う。
聞いていて金五郎は噴飯する思いだった。なにが諫言だ。お前らに諫言するほどの価値があるのか。
「大沢と言うのは誰だ」
先日蕎麦屋で棒手振りの男が言っていた名前を出してみた。話の終わりに泣きながら喋っていたので、はっきりとは聞こえなかったが、たしか、三人の若侍のひとりが大沢だと言っていた。
「なんだ、俺がどうした」
三人の中で一番長身の男が答えた。
それで充分だった。この者達が、おきちという娘を辱めたのだ。
「最近この辺りでずいぶん悪さをしているようだな」
「悪さとは何のことだ。俺達はただ皆と遊んでいるだけだ、そうだろお前ら」
大沢の言葉に、三人はどっと笑った。人を嘲弄するような嫌な笑い方である。
「何をしたかは知らぬが、その娘を放しなさい。侍ならば……、分別のある人間ならば、そんなことはしない」
「何だと、おいぼれ」大沢が眉をあげた。
「放せと言うのがわからんのかな」
言って金五郎は一歩踏み込むと、少女を抱えた男の腕を手刀で打った。
うっと呻いて、男は手を緩めた。その肩から滑り落ちる少女を金五郎が受けとめた。
だがその時、また腹に痛みが兆した。
金五郎が少女を逃がすのと、大沢の拳が飛んでくるのが同時だった。
目から火花が飛び散るような痛みが頬に走り、金五郎は、頬と腹の痛みに地面に蹲った。
後で思い起こしても、その後のことはほとんど覚えていない。
ただ、散々足で蹴られ、拳で殴られ続けた。
そうして気が済むまで暴力を振るった後、
「斬られないだけありがたいと思え」
と誰かが吐き捨てるように言って、若侍達は去って行った。




