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からみ糸 ―深川つみびと物語―  作者: 優木悠
第二章 深川の人々

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二の一

 柿沼秀之介(かきぬま ひでのすけ)の非番の日を狙ったように、八丁堀の組屋敷にやってきた畠山勢之進はたけやませいのしんは、秀之介に茶の支度をさせると手土産に持ってきた串団子を自分で食い始めた。

「そういえば今日はお雪坊の姿が見えんの」

 勢之進は口をくちゃくちゃ言わせながら言った。

「今日は茶道の稽古だ」

「茶道か。年頃の娘を持つと、何かと物入りだの」

 お前のとこは子供がいないからさぞ気楽だろう、と思ったが、秀之介は言葉を飲み込んだ。子供が出来ない夫婦の気持ちは、秀之介にもわかる。秀之介夫婦も十年近い間子供が出来ず、三十過ぎてやっとお雪が生まれたのだ。


「お雪坊はいくつになった?」

「十四だ」

「じゃあ、気が気ではないだろう」

「何がだ」

「茶道を習いに行くとみせかけて、男と遊んでるかもしれんだろ」

「まだ十四だと言っておるだろう」

「もう十四だよ」


 秀之介は腕を組んで天井を見あげた。そうか、と思った。秀之介が異性に興味を持ち始めたのもそのころだ。男女の違いがあってもそういう心の変化する時期に大差はあるまい。お雪ももうそんな齢なのだ。親の目を盗んで男と会っていても不思議ではない。


久代(ひさよ)殿が亡くなって十年くらいか」と勢之進は喉を鳴らして茶を飲んだ。

「そうだな」

「後添えを貰わんのか」

「娘ひとりを育てるのに手一杯だ。そこまで気が回らんよ」

「下働きの婆さんひとりでは何かと不自由だろう」

「何の話だ」秀之介は背中を掻いた。「余計な世話を焼きに来るほど徒目付(かちめつけ)の仕事は暇じゃあるまい」

「昔馴染みが訪ねて来てやっておるのだ。そう邪険にするでない。それに残念だが、世話をしてやろうにも相手が見つからん。十四の子を持つ四十五の男のもとに来たがる女なんぞそうそうおらんよ」


 秀之介は串をつまむと団子を頬張った。甘辛い醤油の風味が口の中に広がった。

 秀之介と勢之進は一刀流の道場で鍛えあった仲だった。思えば今のお雪と同じくらいの歳からの付き合いだ。腐れ縁だと秀之介は思った。



「では本題に入るがの」勢之進が話しはじめた。「ほれ、この間の深川の腹切りの一件だ」

「どうなった」

 秀之介はちょっと身を乗り出した。勢之進は徒目付だから、あの事件の経緯を話しに来てくれたのだろうと期待していたのだ。

「どうもなっておらんのだ」

「なんだ、どういうことだ。もったいつけるな」

「死んだ若造、長井藤之丞(ながい ふじのじょう)の親が目付というのは知っておるだろう」

「うん、目付の方には事件ということもありえるから調べてくれと、うちの上の方から話が行ったはずだ」

「だがな、長井の父親はそんなはずはないという」

「はずはない、だと?事件ではないというのか」

「うちの息子が腹を切る理由はない。他人に斬られるなどという事などなおさらない、とまあこうだ」

「それはなにか、世間体を気にしてか」

「うん。長井藤之丞の死は、突然の病により死去ってことで届けが出て落着だな」

「事実はどうあれ、か。息子の死の真相よりも家名大事か。あきれるな」

「それが武士の格式というものだ。それに、妾が産んだ、いてもいなくてもいい三男坊だし、かてて加えて素行が悪いとくれば、存外、親は死んでくれて胸を撫で下ろしているかもしれんよ」

「庶子の放蕩息子の(あつか)いなんてそんなものか。では、ろくに調べもせずにもみ消して終わりか」

「そうなるな」

「お主がもうちょっと押してくれれば」

「馬鹿を言え。俺は徒目付だ。旗本を調べる権限は元よりない。上の者が終わりと言ったら終わりだ」

「納得がいかんのう」秀之介は頭を掻いた。

「俺達が納得いこうがいくまいが、武士の世はそうした仕組みで成り立っておるのだ」


 勢之進のその達観したような態度に、秀之介はいささか腹が立ってきた。


 そこへ、土間の戸が開く音がして、お雪が顔を(のぞ)かせた。

「あらおじ様、いらしてたのね」

「なんだその態度は」秀之介の目が吊り上がった。「まず、ただいま帰りましたと挨拶せい。そして、おじ様ようこそいらっしゃいました、と手をついてお辞儀をしろ」

「ふん、そんなたいそうな家柄でもないでしょうに」

「なんだと」

「町人相手に偉そうにふんぞり返っているだけで、上役には頭があがらず、玄関もない家に住んで、袖の下だけはこつこつ貯め込んで、ずいぶんご立派な家柄ですこと」

「へ、減らず口ばかり達者になりおって」

「あら団子、おじ様が持ってきてくれたの、いただきます。でも、谷中の大団子というのが近頃ずいぶん評判だそうよ。今度はそれにしてくださいね」

 秀之介の目の端がさらに角度を鋭くした。

「もう、部屋に行っておれっ」

 お雪は父親を小馬鹿にしたようにぺろりと舌を出して、湯呑みと団子を両手に持って出て行った。


「あれなら、日々、楽しくてしかたがないだろう」勢之進が笑った。

「冗談言うな。あれが男だったら一発ぶん殴ってお終いだが、相手が娘だとそうもいかん。どこぞの三男坊のように捨てるわけにもいかん。難しいものだよ」

「そうか、うちは養子を貰うなら男と決まっておるからの。気楽なもんだ。養子と言えば、お雪坊にも、もうちょっとしたら婿を見つけんといかんな。いや先程の話じゃないが、存外、自分で見つけてくるかもな」

「これ以上、頭痛の種を増やさんでくれ」

 秀之介は本当に頭が痛くなってきたように、頭を手で押さえるのだった。

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