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宿に一泊してゆっくり寝てから、隣町を出発。
順調に狭間の森へ入り、美味しい果物を食べながら、ノア君の領地へ向かう。
幸い、お屋敷のある領都とやらの近くに、狭間の森と出入りできる場所があるそうだ。
じゃあもうそんなにかからないね!
「長い護衛任務じゃなくて良かった」
ライ君が胸をなで下ろしている。
狭間の森でも一泊した。
でもそこでは、フカフカの落ち葉のクッションで快適な寝床が作れた。
リョク君を送り届けるドライアドの森へ行くときも、こうやって一泊した。
そのときの寝床が気持ち良かったのを思い出し、私も着ぐるみを脱いで、落ち葉クッションで寝る。
うん、やっぱり気持ちいい!
「ほほう、そうやっているのを見ると、普通の女の子だな。やはりいいな。よし、カエは私の嫁にする」
ええーっ、するって何! ヤダって言ったのに!
ライ君も険しい顔でノア君に目を向けている。
「カエ自身は冒険者ランクもまだ低く、ちゃんとした立場がないのだろう。私が召し上げようと思えば、命じることも出来るのだ」
ノア君が変なことを言い出した!
「Sランク冒険者本人ならともかく、その相棒程度なら、高位貴族に召し上げられるのは、むしろ名誉なのだぞ」
うえーん、そんなのいらないよう!
「カエ、今すぐ結婚しよう」
ライ君も変なことを言い出した。しかも真顔だ。
「次の街で、神殿へ駆け込んで婚姻誓約さえしてしまえば、奴が付け入る隙はなくなる!」
先にライ君と、神殿で結婚の誓約をしてしまえば、貴族に召し上げられる危険はないらしい。
でもでも、それじゃあライ君の未来のお嫁さんはどうするの!
「いいよ、ノア君から守るために、ライ君が犠牲にならなくても」
でもそうしたら、私はノア君のお嫁さんにならないといけないのかな。
今の暮らしがいいから、イヤだー!
悲しく思っていたら、ライ君が私の肩をつかんで、顔を寄せてまっすぐに見つめてきた。
ううっ、ライ君の顔カッコイイから、こうされると眩しい!
「そうじゃない。そもそもノアより、オレの方がカエのこと、大好きだ!」
真剣な顔でそう言うので、ちょっとドッキリしてしまう。
「え、でも。大好きでも、結婚だよ? ハードル高いよ?」
「カエと結婚したい!」
「友達を助けるために人生かけちゃったらダメだよ」
「そうじゃない。女性としてのカエが好きだって言ってる! 結婚したい!」
え。え? ええーっ!
「え、ライ君! あの、私のこと好きって、恋愛的な意味で?」
「やっとか! そうだよ! カエのこと、嫁にしたい!」
ライ君は真剣な顔でそう言ってくれた。
嘘じゃない顔だ。本気でそう言ってくれている。
「うえーん、私もライ君のこと好きだよー!」
かっこいいし、いい奴だし、ライ君と離れたくないし!
私も抱きついたら、がっしりとライ君が抱きしめてくれた。
「やったー! オレのカエだーっ!」
ライ君、私を抱きしめながら大喜びで、抱き上げて振り回してきた。
うわわわ、目が回る! でも嬉しい!
『ライのカエー! カエも嬉しそう! わかんないけど、おめでとうー!』
リョク君も祝福してくれて飛び回っている。
そっか。オレのカエとか時々言ってたの、そういう意味だったんだ。
ごめんね、気がつかなくて。
「なんだ、カエもそいつが好きだったのか。まいったな」
ノア君が困った顔になっていた。
ん? 私がライ君を好きなら、身を引いてくれるのかな。
「まあ、人生は長い。こんなに好印象な魔力の女はそうそういない。じっくり長い視点で狙おうか」
うわーん、なんか狙うって言ってる!
ノア君なんか怖い!
ライ君も感じたのか、私を抱き上げて腕に閉じ込めるみたいにして、ノア君を睨んだ。
「そうだ、カエ。言っておくが私は成長が遅いだけで、子供ではない。年齢としてはもう大人だ。あと一年程度で見た目も青年になる予定だ」
ノア君の言葉に、私は目を瞬いた。
んん、どういうこと?
ライ君を見上げたら、苛立たしそうに息を吐いて説明してくれる。
「まあ、守人一族の血を引いているならそうだろうな。魔力が高いと成長が遅く、魔力が安定したら一気に成長するんだ」
へえ、そうなんだ。
じゃあノア君、人生経験的には大人の年齢ってことなのか。
体だけが子供で、一年ほどすれば見た目も大人になるってことかな?
「むしろライはおっさんじゃないのか?」
ノア君が意地悪そうに言うのに、ライ君が言い返す。
「人生経験はそれなりに豊富だ!」
ええー、ライ君って、かなり年上だったんだ。
そういえば土牢でヒゲむくじゃらだったライ君は、もっと年上に見えた。
でもヒゲを剃ったライ君は若く見えるし、実際に動きとか若いし、まだまだ寿命までは長いというから、全然オッケーだよ!
領都という街について、ノア君とは街門で別れた。
「若様!」
街門の騎士がそう呼んで、ノア君は彼らに守られて、お屋敷へ帰ることになった。
「報酬はギルド口座へ振り込んでくれ」
ライ君はノア君へそう声をかけると、街門から街の中へ走る。
私の手を引いて。
「うわわ、ライ君、どこ行くの?」
「ノアが本気でカエを召し上げたら困るからな。神殿で婚姻誓約をしよう!」
「ええーっ!」
ちょっと待って。
交際期間なしでライ君と私、結婚しちゃうの?
『カエー、なんか困ってる?』
「困ってない! なあリョク、カエとオレはずっと一緒にいる! その約束をしに行くんだ」
『おおーっ、ずっといっしょ! ボクもカエとライとずっといっしょー!』
リョク君が喜んで飛び回っている。
うん。そういう言い方をされると、そうしたい。
ライ君とリョク君とずっと一緒がいい!
そうして神殿でライ君は寄付をして、婚姻誓約というのをしてもらうことになった。
なんだか結婚式の誓いみたいだ。
病めるときも苦しいときも、幸せも分かち合い、ずっと一緒にいることを誓いますか、みたいなことを言われる。
「どんなことも、カエと分かち合う!」
ライ君が真剣な顔で応えて私を見る。
「わ、私も! ライ君と一緒にいる!」
二人で誓ったら、つないだ手がほんわりと光り、温かくなった。
それが神殿の結婚の誓約だと言われた。
つないだ手はカエル君グローブだけど、ちゃんとその中の私の手が温かくなったから、誓約はできたみたいだ。
うわあ、異世界で結婚しちゃった!
なんとなく感極まって私が泣いたら、ライ君が気づいて、私の涙を拭き取ってくれた。
カエル君の口から手を突っ込んで。
「ちょっ、婚姻したばかりの相手の口に手を突っ込んで、鬼畜か!」
神殿に居合わせたギャラリーから、そんな声が上がる。
ああっ、ライ君に風評被害が!
ライ君もさすがに人前でこの行動はマズイと思ったのか、手を引っ込めた。
「沼地の一族か。口に手を突っ込まれても平気そうだな。そういうコミュニケーションなのかも知れないな」
「いや、そもそもあの相手と結婚とは。メスなのか?」
「まあ可愛い……か? 愛嬌はあるかな」
「思い切ったな。本人同士がいいならいいのか」
あああ、好き勝手なことを言われている!
こうなったら仲良しアピールをしておこう!
「ライ君、ありがとう! 大好き!」
私はライ君に抱きついた。
ライ君もカエル君ボディを抱きしめてくれる。
私たちの仲良しアピールに、ギャラリーの人たちは変な顔をしながらも、そんなものかと静かになる。
よし、急いでいつもの街へ帰ろう!
逃げるように領都を出て、狭間の森へ入った。
いつものライ君と私、リョク君の三人。
そしてノア君がいたときは遠巻きにしていた妖精たちが、迎えてくれる。
うん。いつもの雰囲気だ。
ああもう、今回は大変だった!
そしてライ君と結婚してしまった!
あああ、なんだか恥ずかしい!
「あの、ライ君。結婚してくれて、ありがとう!」
私は照れながらも、改まってライ君にお礼を言う。
ライ君が私を好きでいてくれたってこともあるけど、急いで婚姻の誓約をしたのは、ノア君対策。
なんだか人生の大変な決意を短期間でさせてしまった!
「オレも、カエが結婚してくれて嬉しい!」
ライ君がにっかり笑って言う。
おおう、ライ君がなんか男前だ! 直視できない!
二人とも疲れたので、その日は狭間の森でゆっくり休むことにした。
私はカエル君を脱いで身軽になり、枯れ葉のベッドに寝転がる。
ノア君に会ってから今日まで、本当に疲れたー!
そんな私にライ君が果物を渡してくれた。
私が好きな、この狭間の森の果物だ。美味しいよねー!
ライ君と一緒に果物を食べた。
リョク君にも私の魔力をあげて、みんなで美味しいねとほっこりする。
私の口元についた果汁を、ライ君が指ですくってペロリと舐めるのが、なんだか恥ずかしいけれど!
うわー、うわー、ライ君がお色気モードになってる気がする!
でも、なんだか幸せだ!
幸せを行動で示そうと、私は思いきってライ君の頬にキスをしようとした。
そうしたら、私の何かしようとする気配に気づいたのだろう。
ライ君が振り返った。
頬に触れようとしたのに振り返られて角度が変わって。
私の唇が、ライ君の唇に、ふやっと当たった。
「にゃーっ!」
変な声で森の中を逃げてしまった。
き、キスしちゃったよ! ライ君の唇にキスしちゃったよ!
ほっぺたにするつもりだったのに!
「え、あ、今の……カエ! もう一度! もう一度ちゃんと!」
ライ君が大きな声を出して追いかけてくる。
「ええー、無理ーっ!」
「無理ってなんだよ、いいだろ!」
『ムリーっ! キャハハハハ!』
私の無理という叫びをリョク君が真似て、笑っている
カエル君を脱いだ私の足は遅くて、早々にライ君が追いついた。
「カエ、逃げるな! 捕まえたぞ!」
簡単に捕まえられて、抱きしめられてしまう。
うあああっ、捕まってしまった!
「あああ、恥ずかしいっ、恥ずかしい!」
だって私からキスをしてしまった! ライ君に!
ライ君は正面から抱きしめ直して、私の顔を覗き込むようにした。
優しい目が私を見下ろす。
「カーエ、もう一度、しよう。だって夫婦になったんだぞ!」
なんだかライ君、嬉しそうだ。
ううう、そうだよね。ふふふ夫婦なんだよね!
きゃーっ、恥ずかしい!
「カーエ、可愛いなあ。ほら、上を向いて」
ライ君が私に迫ってくる。
でも、強引にはしない。
優しく笑って抱きしめて、待っていてくれるライ君だから。
「ライ君……」
私はそっと目を閉じた。
「カエ」
固まって待っていると、唇に温かい感触が触れた。
うわーっライ君だ、ライ君とキスしてる!
うーってなるけど、でもなんか、いいや!
何度も何度も、ライ君は私に優しいキスをした。
恥ずかしくてモゾモゾしちゃうけど、でもなんか嬉しい!
ライ君が嬉しそうなのも、嬉しい!
『カエとライ、仲良しー!』
リョク君まで嬉しそうで幸せだ。
ううう、ライ君大好きだ!
私は着ぐるみで、ライ君と手をつないでこの異世界を歩いていく。
というわけで、他作品「召喚された聖女ですが、竜王の番となって溺愛されています」の書籍化記念で短編アップのつもりで、短期連載になった本作でした。
いやあ、焦りました。短編のはずが連載になってるんだもの。
うっかりミスがえらい大仕事に。
よろしければ、異世界召喚された菓子職人修行中だった聖女と、ズレたヒーローな竜王のそちらも、下のリンクからお付き合い下さると、嬉しいです。
急ぎ足で、カエちゃんとライ君の続編でした。
もうちょっと練ろうと思っていたネタを一気に放出してしまった。
でも書き切って満足だー!




