43話「先手必勝!」
「義弟よ、先程の威勢の良さはどうした?」
「ひっ……!」
その人物が一歩前に踏み出すと、前国王はその分だけ後退した。
前国王か恐れたのは、銀色の髪をオールアップにした筋骨隆々の美丈夫。
ヴァルトハイムの現国王マクシミリアン・ヴァルトハイムだった。
ヴァルトハイム国王は重厚な鎧を纏い、冷酷な視線で前国王を見下ろしている。
眉を釣り上げ、眉間に深い皺を作り、堂々と構える様は地獄の門番のような威圧感を放っていた。
蛇に睨まれた蛙状態で、前国王は身動きが取れずにいた。
「今だ! 前国王ノルマン・ブライドスターを捕縛せよ!」
ユリウスの命令を受け、前国王の形相にたじろいでいた兵士が我を取り戻す。
素早く、前国王を捕縛した。
「伯父上、お越しくださったのですね!」
「マクシミリアンお兄様!
お久しぶりですわ」
ユリウスと王妃がヴァルトハイム国王に駆け寄る。
彼女の目に兵士に拘束されて前国王は映っていないようだ。
「シャルロット、ユリウス、久しいな。
シャルロットが体調不良と知らせを受けたゆえ、見舞いに来たぞ」
王妃を視界に捉えた瞬間、ヴァルトハイム国王の眉が緩やかに下がり、頬の筋肉が緩み、口元が綻んでいく。
先ほどまで鬼の形相をしていた人と同一人物とは思えない。
今ヴァルトハイム国王は、気の良い親戚のおじさんみたいな表情をしている。
会議がうまくいかなかった時の保険として、ヴァルトハイムの国王に事前に書状を届けた。
「王妃殿下のお見舞い」という名目でお越し頂いたのだ。
「一時は枕から頭が上がらなかったのですが、アンジェリカのお薬のお陰で回復いたしました。
お兄様にはご心配をおかけして、申し訳ございません」
「なぁに、気にするな!
二人きりの兄妹ではないか!
そなたが無事に回復してよかった!」
ヴァルトハイム国王が王妃の手を取る、王妃は「お兄様」と言って頬をわずかに紅潮させた。
ユリウスは、呆れと戸惑いを宿した表情で二人を眺めていた。
仲の良すぎる伯父と母の距離感に、どう反応したら良いのかわからないのでしょう。
ヴァルトハイム国王と王妃の回りには、見えない壁でもあるかのように、周囲の反応などは目に入っていないようです。
「道中のモンスターを蹴散らしながら来たので、少しばかり大人数での見舞いになってしまったがな!」
その発言が気になり、私は窓の外を見ました。
ヴァルトハイムの鎧を纏った兵士が、王城の周りをぐるりと取り囲んでいました。
ヴァルトハイム王国の国旗が風を受け勇壮に翻っています。
城を取り囲む兵士の数はおよそ、1,000〜2,000人。
ヴァルトハイム国王自身、側近と見られる甲冑を纏った兵士が十人ほど引き連れて会議室に乗り込んできましたし、見舞い……というには随分と仰々しいですね。
「お兄様、アンジェリカにお礼を言ってください。
私だけでなく、ユリウスの治療もしてくれてのですよ」
王妃に話を振られ、私は視線を室内に戻しました。
「おお、そうか。
実は我が国の疫病も、スタンピードで傷ついた兵士の傷も、アンジェリカ嬢の薬で、治して貰ったのだ。
我が国ではアンジェリカ嬢のことを、白衣の天女と呼んで国を上げて感謝しているよ」
あの兄妹、私の薬のことをサラッと暴露しましたね。
薬のことは父には話したけど、他の貴族には話していなかったのに。
王妃殿下は天然だから仕方ないとして、ヴァルトハイムの国王の方は、明らかに意図してやってますよね?
「ユリウス、ブライドスター国王の廃位が決まって何よりだ」
この方、いつから会議室の前にいたのでしょうか?
ずっと、国王の廃位のことを知っているので聞き耳を立てていたんでしょうね。
「はい、伯父上」
「では、速やかに前国王を幽閉するのだな。
これは、次の国王たるお前の仕事だ」
「もとより覚悟の上です」
ユリウスは、厳しい表情を前国王に向ける。
「衛兵!
前国王ノルマン・ブライドスターを北の塔に生涯幽閉せよ!
前聖女コレットに縄をかけ、地下牢に収監せよ!」
ユリウスの凛とした声が会議室に響く。
彼の命令を受け兵士が迅速に動いた。
前国王はすでに捕獲されていましたが、コレットの捕縛はまだでした。
コレットは抵抗することなく、拘束されていました。
ここまで静かだと、逆に不気味です。
「お兄様、ヴァルトハイム王国で疫病が流行ったと聞きましたが、お体の方は問題ございませんか?」
「大事ない。
お前を残して死ねるものか」
王妃は前国王の処遇に一ミリも興味がないようで、兄であるヴァルトハイム国王の心配をしていました。
「シャルロット……!
お前はいつもそうだ……!
余を除け者にして……!
お前の視界に余が入ったことなど一度もない……!」
前国王は兵に連行されながら、王妃を恨みがましそうに睨みながら呟きました。
会議室にいた他の貴族には聞こえなかったと思います。
「くっ、あれが完成していれば……!
こんなことには……!
毒薬よりあちらの完成が先だった……!」
おそらく、前国王の近くにいた私だけが拾ったその言葉……。
なぜか妙に引っかかりました。
負け惜しみにしては、前国王には確信めいたものがありました。
そんなことを考えている間に、前国王は会議室から連れ出され廊下にいました。
会議室の扉は、ヴァルトハイム国王が入出したあと開け放たれたままです。
私は前国王が呟いた言葉が気になり、廊下に出ました。
前国王は廊下の角を曲がるところでした。
がっくりと肩を落とし連行される前国王には、これ以上何かを企てる様子は見えません。
意味深な言葉を呟くから気になってしまいましたが、あの様子なら心配はいらないですね。
その時、会議室から聖女が連行されてきました。
彼女とすれ違う時、彼女は私の目を見て、意味ありげに口角を上げました。
背筋がゾワリとした。
聖女の今の表情は……?
単なる負け惜しみ? 特に意味などないよね?
どちらにしても、彼女は投獄されるのです。何か企んでいたとしても、何もできません。
なのに、何故か彼女の後ろ姿から目が離せません。
「ユリウス、勝鬨はどうした?」
会議室から、ヴァルトハイム国王の声が聞こえました。
会議室の扉は開け放たれたままですし、ヴァルトハイム国王の声は大きいので、廊下にいてもよく聞こえます。
私は会議室に戻りました。
「いえ、まだです」
「臣下に『新国王ユリウス陛下、千歳、千歳、千千歳!!』そう言わせないでどうする?」
「いえ、僕はまだ次の国王と決まった訳では……」
そうなのだ、この国にはまだ第二王子のエドモンドがいる。
エドモンドは今回の件に加担していない。なので王位継承権があるのです。
これから、王位継承権を巡って骨肉の争いが……。
「こういうのは先手必勝だ!
言ったもん勝ちだ!」
ヴァルトハイム国王が目で合図すると、彼の背後に控えていたヴァルトハイム兵が「新国王ユリウス陛下、千歳、千歳、千千歳!!」とユリウスを称える。
ヴァルトハイムの兵の一人が会議室に入り、窓際まで進む。兵士は窓を開け放ち、赤い旗を振った。
それを合図にしたように、城を取り囲んでいたヴァルトハイム兵が「新国王ユリウス陛下、千歳、千歳、千千歳!!」と詠唱する。
ユリウスを称える声が、城の外からも中からも聞こえた。
ヴァルトハイム国王の意図は読めました。
「新国王ユリウス陛下、千歳、千歳、千千歳!!」と皆で唱え、ユリウスの王位を確たるものにするつもりなのです。
私も、ユリウスとエドモンドの血みどろの骨肉争いなど見たくありません。
勝っても負けても恨みが残るし、大勢の人が亡くなります。
政治の乱れのしわ寄せが行くのは、いつの世も弱き民です。
それに、相続争いでごだごたしてる隙を他国に突かれても困ります。
国の安寧の為に、ここはヴァルトハイム国王の策略に乗りましょう。
私はその場で膝をつき、「新国王ユリウス陛下、千歳、千歳、千千歳!!」と唱えました。
ユリウス派の貴族がそれに習いその場に膝をつき、「新国王ユリウス陛下、千歳、千歳、千千歳!!」と叫ぶように唱えました。
会議室の扉は開け放たれたままなので、その声は城の中に木霊するかのようによく響きました。
部屋の前を通りがかった兵士や使用人も、ただごとではないと悟ったようです。
使用人達はその場で膝をつき「新国王ユリウス陛下、千歳、千歳、千千歳!!」と大声で唱えました。
その声はあっという間にに波及し、城中から「新国王ユリウス陛下、千歳、千歳、千千歳!!」という言葉が聞こえるのに時間はかかりませんでした。
力技ですが、こういうのは先に言ったもん勝ちです。
これでユリウスは、新国王としてブライドスター王国の貴族や使用人や兵の称賛を受け祝福されたことになります。
あとから、エドモンド派が出てきて何を言ってもこの事実は揺るぎません。
読んで下さりありがとうございます。
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