44話「ヴァルトハイムの王太子の乱入!?」
新国王誕生を称える賛辞は今も続いています。
人々の声で城全体が揺れているように錯覚する程です。
ふと宰相であるカスパール公爵の姿が見えないことに気が付きました。
国王の側近だった彼にも色々と聞きたいことがあったのですが、慶祝の騒ぎに乗じて会議室を出たのかもしれせん。
私は再び廊下に出て、宰相の姿を探しました。
彼の姿は廊下にもありませんでした。
その時、廊下の向こうから黒いもふもふが走って来るのが見えた。
「ルシアン!」
私がそれをルシアンだと気づいたときには、彼は私に飛びついていました。
「何かあったの? どうしてここに?」
私は腰を落とし、小声でルシアンに話しかけました。
ルシアンが話せることは、父や他の貴族には秘密なのです。
廊下でひそひそ話をするくらいは大丈夫ですよね?
『新国王ユリウスの誕生を知らせる声が城中から聞こえたから、気になって駆けつけた!」
「エドモンドの見張りは?」
『見張りは第一王子の配下の兵士に任せてきた!』
なるほど、祝詞に釣られて持ち場を離れたわけね。
『それよりやったな!
第一王子がついに国王になったんだな!』
ルシアンが嬉しそうに尻尾をビュンビュン振る。
そんな可愛い仕草をされると、しかれません。
「ええ、ユリウス様が即位するのにはまだ時間はかかるけど、こちら側の勝利はほぼ確定したわ」
エドモンド派閥の人間はまだ残っています。
早急に彼らを騙せ、ユリウスを国王に即位させなくてはいけません。
しかし、今日の会議で決着はついたようなものです。
「アンジェリカ、ここにいたのか?
探したよ。
精霊殿も一緒なんだね」
ユリウスが廊下に出てきました。
「ユリウス様、改めてお祝いを申し上げます」
「ありがとう、アンジェリカが先陣を切って、僕への賛辞を述べてくれお陰だよ」
ユリウスが目を細め柔らかく笑う。
『第一王子やったな! 即位おめでとう!』
「精霊殿、それはちょっと気が早いかな」
ユリウスは困ったように眉を下げました。
「精霊殿、ちょっと良いかな?
アンジェリカ嬢を借りるよ」
ユリウスが小声でルシアンに話しかけました。
『えーー、ちょっとだけだからな』
ルシアンが渋々といった様子で、私から離れていきます。
「ありがとう、精霊殿」
ルシアン、落ち込まないで、家に帰ったらいっぱい撫で撫でしてあげるからね。
「アンジェリカ嬢、今日の会議が終ったら君に伝えたいことがあったんだ」
ユリウスが私の手を取る。
彼の紫の瞳が真摯に私を見つめている。
真っ直ぐに見つめられ、頬に熱が籠もる。
「わ、私もユリウス様にお伝えしたいことがあります!」
会議が終わって一段落着いたら、ユリウス様に好きだと、お慕いしてると伝えたかったのです。
「僕は君を……」
「私はユリウス様のことが……」
ユリウスと私の声が重なる。
「アンジェリカーーーー!!!!
白衣の天女ーーーー!!!!」
そのとき、私の名を呼ぶ声が聞こえた。
良いところだったのに……!
私を「白衣の天女」と呼ぶのはヴァルトハイム王国側の人間で間違いない。
しかもこの声、どこかで聞いたことがあるような……?
声がした方向に顔を向けると、鎧を纏った男がこちらに向かって走って来るのが見えた。
男性は、ゲームなどでよく見るプレートアーマーの隙間を布が覆っているデザインの鎧を身に付けていました。
飾りの付いたマントを身にまとい、一般の兵士と比べ格好が華美です。
男性の髪は青い短髪で、目は黄金色でした。
この人、どこかで見たことがあるような?
思案している間に、青年が私の元にたどり着いていました。
鎧を身に着けた大柄な男に直ぐ目の前に立たれるのは、恐怖を覚えます。
「アンジェリカ!
会いたかった!!」
青年は感極まったように、目に涙を浮かべていました。
「あの……どちら様でしょうか……? ひゃっ……!」
不意に男性に抱きしめられました。
何が起きてるの……!?
「あのっ……! ちょっと……! 離して……!」
押し返そうとしましたが、青年の体はびくともしません!
「忘れもしないこの感触!
フィンスターホルンで君を抱いた時と同じだ!!」
ちょっといきなり何を言い出すんですか!?
廊下での騒ぎに気づいたのか、貴族達が外に出てきました。
私が見知らぬ青年に抱きしめられているのを見て、何やら話しているようです。
こんな大勢が見ている前で、誤解を招くような事言わないで!
私は前世も含めて処女です……!
エドモンドに婚約破棄されただけでも醜聞なのに、見知らぬ男性に抱きしめられ、「抱いたときと同じだ」などと言われたら、醜聞どころの騒ぎではありません!
身持ちの悪い未婚の娘は家の恥。
ユリウスに告白しようと思っていたのに、それどころではなくなってしまいました!
このままだと、明日にも修道院に送られてしまう!?
「身に覚えがありません!
第一、誰なんですかあなた!
誤解を招くようなことはおっしゃらないでください!」
先ほどから押し返そうとしているのですが、男の体はびくともしません!
「あんまりだ、アンジェリカ……!
あれほど深く抱擁し合ったというのに、君は俺を忘れてしまったのか……!
俺は1日足りとも君を忘れたことがないというのに!」
キモい! なに!? この人? 変態……!!
私と抱き合った妄想をしてるの??
「嘘をつかないでください……!
私はそのようなことをした覚えはありません……!」
皆の前で誤解を招くようなことを言わないでください!
「ああ、鎧を着ているから俺だとわからないのか?
君と熱い抱擁を交わしたとき、俺は何も身につけていなかったからな!」
周囲のどよめきが大きくなりました。
貞淑を重んじる古参の貴族の鋭い視線が、突き刺さり居心地が悪いです。
そんな目で見ないでください!
私は裸の男に抱きつく痴女ではありません!
「全く身に覚えがありません!
離してください!」
「ようやく、運命の相手を腕に抱けたのに離すものか!」
話が通じない!
気持ち悪い! もはやここまで来ると痴漢のレベルだわ!
誰か助けてーー!!
『アンジェを離せ!』カブッ!!
ルシアンが痴漢男の鎧とザバトン(金属製の靴)の間の布部分に噛みつきました。
「ギャーー!!」
ゲーム風のカッコつけたデザインの鎧なので、布の部分には獣の牙が通る隙間があるのです。
ルシアンなら鎧すら噛み砕けたかもしれませんが、人前でむやみに人知を超えた力を見せるものではありません。
男は足の痛みに耐えかね、私を抱きしめる力を緩めました。
その隙に、私は男の拘束から逃れ、男から距離をとりました。
「ルシアン、ありがとう!」
ルシアンは私を庇うように男の前に立ち、鋭い牙を見せ唸り声を上げています。
ルシアンがこれほど怒るのは珍しいです。
「何をする!
凶暴な犬め!!」
男が剣の鞘に手をかける。
このままじゃルシアンが斬られてしまう!
「止めて! ルシアンを斬らないで!」
私はルシアンを守るように、彼の体に覆いかぶさりました。
「そこまでだ!!」
ユリウスが、私とルシアンを庇うように男の前に立ちました。
「僕の大切な人とその家族だ!
非礼は許さない!!」
廊下にユリウスの荒々しい声が響きます。
私からはユリウスの後ろ姿しか見えません。
背筋をピンと張り、拳を握りしめている様子から、ユリウスが謎の青年に対し、強い怒りを感じているのが伝わってきました。
周囲が息を呑むのが聞こえます。
周りの人々は、ユリウスがこれほどまでに感情をあらわにし、誰かに敵意を向けるのを見たのが初めてなのかもしれません。
「そうか、お前がユリウスだな?」
「そうだが、君は誰だ?」
「俺はヴァルトハイム王国の王太子カイム。 つまるところ、お前のいとこだ!」
この変態、よりによってヴァルトハイム王国の王太子だったの?
以前、ヴァルトハイムの国王に会いに行ったとき、国王から王太子が私に惚れてるとか言われたわ。
でも、なんでヴァルトハイムの王太子が私に惚れてるの?
面識あったかしら?
『アンジェ、気づかないのか?
フィンスターホルンで助けた団長だ。
その時、竜と戦ってた無鉄砲な男と同じ匂いがする』
ルシアンは私にしか聞こえないように囁きました。
そう言えば、あの時助けた団長は青い髪をしていましたね。
意味不明な言葉を叫びながら、いきなり抱きついてきた変態団長という記憶しかありません。
あれから色々あったから、すっかり記憶から消えていました。
「思い出しました。
フィンスターホルンで、私とルシアンが助けた団長さんですね」
私は立ち上がりカイムを見据えた。
「あの時は殿下とは知らず、一部隊の団長だと認識しておりました。
殿下はあの折、黒竜に鎧を壊され上半身は何も身に付けていませんでしたね。
怪我で混乱していたのか、治療の為に近づいた私を抱きしめ、解読不能な言葉を述べていました」
私は皆に聞こえるようにはっきりと告げました。
カイムが上半身裸だったのは、戦闘で鎧が壊れたから。
彼に近づいたのは治療の為。
私から抱きついたのではなく、相手が同意なく抱きついてきただけ。
私には非はありません。
治療師と患者として会っただけ、深い関係ではない。
「言葉を交わしたのは一度きりです。
その時も治療師として接したのみ。
誤解を招く言い方はお止めください」
変な噂が広がっては困るので、はっきりと伝えておきます!
「おお、アンジェリカ!
あの日共に過ごした熱い時間を思い出してくれたのだな!」
人の話をちゃんと聞け!
誤解を招く言い方をするな!
「王太子殿下は、あの時竜に岩に叩きつけられ大怪我をされていました。
傷口が熱を持ち、さぞ辛かったことでしょう」
熱い時間を過ごしたのは、あなただけです!
「アンジェリカ!
愛しい人!」
喜色満面に私に近づこうとするカイムを、ユリウスとルシアンが妨害する。
「そこをどけよ!
いとこ殿!」
「そちらこそ、アンジェリカ嬢に近づかないでもらおうか!
カイム殿」
この二人は初対面のようですね。
いとこ同士でありながら、会った瞬間、火花をバチバチ散らす関係になってしまうなんて。
自分が原因なのかと思うといたたまれません。




