最終話 恐怖の地味顔殲滅聖女
「本当に……申し訳ございませんでした」
約十分後、「人間たちに絶望をいうものを教えてやろう」とか、「越えられない壁というものを見せてやる」と大声で豪語していた魔王軍大幹部グレアスさんとやらは、カフェの前の広場で土下座させられていた。
「声が小さいよ、君。本当に反省しているの??」と言いながら、楽しそうに巨体の上に座って長い足を組んでいるのは、我らが第一王子である。
アレックスは、それはそれは楽しそうに長い角をぱしぱし叩く。
「君はカンナへの敬愛というものが足りないようだ。僕が直々に教育してあげよう」
こいつ、意外とSだな。
「い、いえっ!! 滅相もありません!!!」とグレアスは、首がもげそうなレベルで頭を横に振る。
魔物って頑丈だな、と私はしみじみ思った。
「でも、この魔物、カンナのことを『見るからに地味そうな女』だとか、散々言っていたぞ」
そう言いながら、魔物を拘束できるでっかい鎖でグレアスをつなぎとめているのは、クレメンスである。
「これだけ大きいやつを監禁するには、それなりの部屋が必要そうだな……」
「かっ、監禁ですか?? そんなの捕虜の扱い、魔王様が許すわけがな――」
「黙れっての」
哀れ。反論しようとしていたグレアスさんだったが、グレイズがその顔をぺちぺち剣で叩くと、一瞬で黙ってしまった。
いや、そういうシーンはあるけど、味方がやっていいのか???
それ拷問とかで、敵が脅すシーンでしょ……。
「それにしても、やっぱ凄いのは、カンナだよな!! あれだけ目の前で脅されても、ピクリともしない。さすが、俺が見込んだ女だ!!」
「はあ……それにしても、皆いや、全生徒から、『聖女』だと崇められているカンナが地味な女だって?? こんな素晴らしい地上に降り立った天使のような、もしくは、野に咲く一輪の花のような女性を、そんな風によく言えたものだね。魔物って相当レベルが低いんだね」
そうやって、魔物の眼の前でだらけて、延々とメンタルをブレイクしにかかっているのは、バートン。
さも魔物を馬鹿にしているけど、そう言う君は、吸血鬼じゃないか????
わ、わからねえ。吸血鬼の価値観がわからん。謎である。
「じ、地味なのは地味だろうが!!」
しかし、魔王軍の中でも偉い地位にいるグレアスさんは、一応それなりの勇気があったようで、震えながらも言った。
「地味な女を地味と言って何が悪い!!!」
いやまあ、確かに。
あまりの魔物側の正論っぷりに、私が何も言えないでいると、その姿をショックを受けてしまったと解釈したのだろう。
「悲しまないで僕の姫君。君の美しさ、君の素晴らしさは僕がよく知っているから。僕だけは、君の味方さ」とアレックスが言い、それを皮切りに、4人そろって優しい笑顔を向けてくる。
「まったく……。美の価値も理解できないような魔物は、始末されても仕方ないんじゃないかな」
「同意」
「仕方ねえな」
笑顔のまま、魔物をどう始末するか話し合う男どもは、よっぽど魔物よりも魔物感がある。
ほらもう、私に聞こえてくるグレアスの心の声は震え切っていた。
【お、おかしい。こんなはずでは……。人間とは弱小種族なのではないのか??? なぜ我が袋叩きにされるのだ。しかもこの男どもは、息も切らしてないではないか!! 私は魔王様に騙されたのか????】
完全に絶望を味あわせる側というより、絶望を味あわされている側のメンタリティである。
「ゆ、許してください!!! どうか信じてください!! 我はその……カンナ様の良さがわからず、失礼なことを口走っておりました!! 四騎士様!!! ど、どうかご慈悲を!!」
グレアスは涙ながらに語る。その眼には、人間への恐怖がいっぱいである。
なんかもう……さすがに胸が痛む。可哀そうだ。
心なしか、ご自慢の角も、へたっているし……。
「ま、まあ。その……許してあげてもいいんじゃないでしょうか。ね??」
私はアホ4人に向かって言う。
「ほら! 私の美しさは、ね?? 時間をかけて理解するもんなのよね???」
グレアスがこいつ本気で自分のことを美しいと思っているのか、とドン引きした目線を投げつけてくる。
うっさい!!
今君のために、私死ぬほどの辱めに耐えてるんですけどぉぉぉぉ!!!!!!
「まったく……相変わらず君って人は」とアレックスが、くすりと微笑む。
「たしかに……君は前世から変わらず優しいな。もはや聖女を越えて、天使。いや、天使を越えて、女神か……」
「まあ、そう言われたらしゃーねーよなあ。ったくお前も、感謝するんだぞ」
「だね。まあ、魔王討伐の旅に、こいつも連れていけば、役に立つかもしれないしね」
なぜかこちらに、愛しくてたまらないという表情を投げかけてくるアホ男×4。
色々ツッコミどころはあるが、もう面倒くさいので、全部放っておくことにした。
いやでもちょっと待てよ。
私は最後のバートンに言葉に耳を疑った。
こいつ……魔王討伐の旅に、付いてくるつもりやんけ!!!
「いやでも、魔王討伐の旅は、ほら大変だしさ!! ね!? 私一人で行くよ!!!! ほら、みんなは学院で勉強しないと!!」
「カンナ、僕をなめないでいただこうか。僕は王族で、すでに学院卒業レベルの知識はあるんだ。だからもう、ここにいる必要はない。僕は君とともに行こう!!!」
「アレックス。貴様だけにいい顔はさせんぞ。カンナ。俺も前世の記憶を持っているから、学院の授業はとっくに全部理解できている」
「ちょっと待てよお前ら。俺だって、学院の授業なんて退屈だよ」
「僕も!! というか僕はこう見えて、200歳だからそもそも学院レベルの知識は余裕であるんだよね」
じ ゃ あ 、 な ん で 学 院 に い る ん で す か ?????
「じゃあ、どいつもこいつも!!!!!!! なんで学院にいるのよ!!!!」と私は思いのたけをぶつけたものの、
それを聞いた男どもは、「だってカンナがいるから」と不思議そうな顔で、うなづくばかり。
――そのとき、パチパチパチと拍手の音が聞こえた。
私は、その方向をゆっくり振り返った。
見えたのは、見覚えのあるピンク頭。
「お姉さま!!! なんということでしょう!!! 自らが危なくなりながらも、それでも四騎士様を寄せ付けまい、とする。これが真の愛情なんですね????」
そう言って、唐突に表れたリリエッタが、感涙にむせび泣く。
「いや、あの――」と私が反論しようと試みるが、リリエッタの勢いはとどまることを知らない。
「そして、それにこたえる四騎士様も素敵です。自分が愛する人のためなら、学院を躊躇なく辞める事が出来る。これが愛情なのですね!?!?」
もう無茶苦茶である。
ダメだ、この暴走美少女を止めないと。
私は必死に、リリエッタちゃんに呼びかけようとしたが――
時すでに遅し。
すでに拍手は収まらず、より大きな拍手の渦と化していた。
私が周りを見渡すと、辺り一面には、夥しい数の生徒、生徒、生徒。
たぶん、みんな一回逃げまどって、何があったのか、ともう一回戻ってきたのだろう。
そして、そのタイミングで、リリエッタちゃんの演説を聞いてしまった、と。
もはや、興奮した生徒たちは大声で喜びあっていた。
「私……カンナ様の事誤解していたかも……。さっきの魔物への対応を見たでしょう。きっと噂は嘘で、本当は優しい方なのよ」
「す、すげえ。学院を辞めて、魔王討伐の旅に!? どんな決断力してんだよ。本当に、聖女様だったんだな……」
がやがやは収まらず、むしろその声援は限りなく大きくなっていく。
見れば、担任の先生から、悪役令嬢のカロリーナ様まで、拍手と涙を隠せていなかった。
「なにこれ……?」
「カンナ。君の人徳だよ」と私の正面には、アレックスが跪づく。
「やっぱり君は、前世でも今世でも人を惹きつけるんだな」
私の左横で、クレメンスも同じように跪づいた。
「最初会ったときからおもしれ―女だと思っていたよ。俺の眼に狂いはなかったな」
同様に、グレイズも跪づく。
「吸血鬼と人間が協力して魔物を撃退する。こんな協力の仕方もあっていいのかもね」
そう言うバートンが最後に跪づいた。
「「「「共に闘おう」」」」
そうして四方向から頭を下げられる私。
しばしの沈黙の後に、まあ、でも仕方ないか、と私は思った。
これだけみんなに期待されているし、まあ、この男たちも一応は、人類のために闘いたいと思っているのだろう。だとすれば、まあ一緒に旅するくらいは――
と、思っていた自分が馬鹿でした。
次々に聞こえてくる心の声。
【ふっ、これで僕は合法的に彼女と旅行ができる。ちょっとが早いけど、新婚旅行ってところかな?】
【まあいい。最初は五人の旅だが、そのうち邪魔者には消えてもらって、俺とカンナだけで、前世の思い出を語り合うとするか】
【旅かあ。魔王の領地に行くまでは確か、途中に歓楽街があったよな。周りの奴らには、悪いが、そこで彼女とゴールインさせてもらいますか】
【いい展開だなあ。さすがに学院では血をもらえなかったけど、外だったら多少はくれるよね??】
って、全然人類のこと考えてねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっぇぇぇ!!!!!
この人たち、完全に自分のことしか考えてないんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!
しかし、私は頬をぴくぴくさせて、必死に笑顔を作っていた。
周りを全校生徒が集まり、「英雄の子! カンナ!」とか「聖女カンナ・アーチボルト!!!」とか声援をもらっている最中に、誰がこんな場所で大声でつっこめるでしょうか??
もはや完全にヤケクソになっていた私は大声でほえた。
「えええい!!!! 魔王だろうが!!!! 魔神だろうが!! なんだろうがかかってきなさい!!!!!! このカンナ・アーチボルトが相手をしてあげるわ!!!!」
それを聞いてまるでライブ会場のように盛り上がる周り。
はっはっはっはっは。
もう終わりだ終わり。
ちなみに、このワンシーンは、非常に美しいものだったらしい。
無力化された強大な魔物。そして四方向から跪づき、誓いを立てる美貌のイケメンたち。
そして、なんかタイミング的に、私の後ろに、夕日の光が差し込んでおり、それはそれは幻想的な光景だったという。
俗に「四騎士の誓い」と呼ばれるこの場面と逸話は、やがて王国全土に広がっていくことになった、とか。
一言言わせてほしい。
あ ほ く さ。
こうして、圧倒的な力を持つイケメン四人を率い、元魔王軍幹部の背に乗り、魔王、はては魔神すらも倒し、後世、魔物側から「恐怖の地味顔殲滅聖女」と呼ばれるカンナ・アーチボルトの伝説が始まったのである。
って、完全に扱いが、ラスボスのそれなんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!
完!!!!!!!!!!!!!
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ひたすらツッコミまくる女主人公が見たい、というざっくりしたコンセプトでしたが、楽しんで頂けたら幸いです(笑)
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