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4年後

光陰矢の如し過ぎるです。



「そういえばレイフォンと初めて会ったときは、何故か街で最初の友達ができる気がしてたんだよね。酷いこと色々言われたけど」


「僕が最初にレイフォンに会ったときは、こんな失礼な奴存在するんだって驚いたね。絶対友達になれないと思ってた」


「俺はお前らみたいなサルのことはまだ未だに友達とは思わないけどな」



ゼッタは冒険者ギルドの裏にある、開け放たれた訓練場の隅にある石の段差の上に座っていた。

目の前にはアレスがいて、水筒から水を飲んでいる。

ゼッタの隣で両手を後ろについて足を組んでいるのはレイフォンだ。

今日はアレスが修行の一環として訓練場で他の冒険者たちと練習試合するというので、ゼッタはレイフォンを誘って見学に来ていた。


アレスとレイフォンの二人をゼッタが引き合わせたのは4年前だ。

今ではなんとか打ち解けたようだが、初めて二人を引き合わせた時はレイフォンが開口一番「お前が噂のサル2号か」と言ったので、アレスは「なんでこんな失礼な人と友達になったの?」とレイフォン本人の前でこれまでに無い程苛々していた。



ゼッタが街に来てからもう4年が経っていた。

春を過ごし、夏も走り抜け、秋も休まず特訓と仕事をこなし、冬も越えた。

4回年を越したということは、ゼッタは今15歳だ。


元々長かったゼッタの髪はさらに長くなり、身長もぐんぐん伸びた。

アレスもレイフォンも同様で、身長が伸びて大きくなっていた。



アレスはガークとジェリコからいろいろ学んでいるからか、記憶の中で見た勇者アレスより既に何倍も強い気がするし、街に出入りして多少身だしなみに気を遣うようになったのか、記憶の中のアレスよりかっこいい気がする。

髪型も違う。記憶の中のアレスは短くザクザクした髪型だったが、今のアレスは少し長く伸ばした藍色の髪を後ろで一つに束ねている。

昔ゼッタを助けた時の名残で火傷の跡が頬にも首筋にも薄く残っているが、それも含めて早くも色気が出てきたように見える。


ゼッタより2つ年上のレイフォンは、街で初めてできたゼッタの友達と言っても差し支えないだろう。

初めて会ったあの日から、お使いで商会に行ったりした時にも話す機会があってなんだかんだ仲良くなった。

レイフォンは出会った頃から変わらない黒髪と切れ長の目が印象的な綺麗な顔で、出会った頃から変わらずずっとゼッタをサルと呼ぶのを止めてくれない。


「レイフォンは僕らの友達じゃないんだろ。なら家に帰ったら?」


「俺が帰ったら、誰がサルたちの面倒見るんだよ」


「誰も面倒見てなんて頼んでないけど」


「まあまあまあまあ」


機嫌が悪そうなアレスと飄々としているレイフォンを見比べて、ゼッタは眉をハの字に下げて窘めた。

二人はいつもこんな感じだが、仲はいいはずだとゼッタは信じている。

この前はアレスがレイフォンにも芋煮を持ってきていたし、レイフォンはアレスの好きなメロンパンを買ってきていたし。



最近のゼッタはアレスが街に来る時はできる限りレイフォンも誘うようにしていた。

大勢でわいわいするのは純粋に楽しいというのが一番の理由だが、アレスと二人きりにならないようにしなければという不純な悪あがきでもあった。


勇者の成長率のおかげなのか恐ろしく美青年になってしまったアレスが昔のように甘い言葉でぐいぐい攻めてきた場合、ゼッタは速攻で陥落してしまう自信があるので2人きりにならないようにレイフォンに防波堤になってもらうという算段だ。

アレスに金輪際会わないようにするという強行手段がどうしても取れなかったゼッタは、レイフォンに変な役割を押し付けてしまったことを心の中で詫びた。


そんなことは知らないレイフォンは辺りを見回して話題を変えていた。


「そーいえばさ、ガークさんとジェリコさんは?来るって言ってただろ。お前の仕上がり具合見るって」


「2人は突然の任務が入ったから後から来るらしい」


「突然って……あれか。例の魔物か」


「そう。今回は結構大量に出たとかで、結構な数の冒険者が朝から動員されてる」


「最近そういうの多いよな」


「おかげでガークさんたち、最近はまとまった休み取れてない」


アレスとレイフォン、二人の会話を聞いたゼッタはひっそりと唇をかんだ。

混沌の闇が生み出した汚染物質は生物も無生物も関係なく汚染し、魔物に変えてしまう。その混沌の闇が各地に被害をもたらし始めている。

その被害は徐々にとても大きなものになり、今から約一年後にアレスが勇者として旅立つ。

そしてアレスが旅を終えたところで、汚染物質の生みの親・準ラスボスだった混沌の闇がゼッタに入り込んで真のラスボスを作り上げるのだ。


泣いても笑ってもあと一年である。


……でも、絶対泣かない。絶対ラスボスにはならない。



4年の間にゼッタは魔法の面で大きく成長した。

アレスのことを諦められずに失恋に泣いたとしても、魔力を暴走させることはないのではないかと希望は持てるくらいの努力はした。

なけなしの意地を奮い立たせて頑張った。後には引けないと踏ん張った。


4年前は山のようにあった古新聞を燃やして炭にすることしかできなかったが、今では燃やすことも焦がすことも溶かすことも丸めることも思いのままにできる。

魔法陣も最初とは比べ物にならないほど上達したし、何十個と完璧に暗記した。

今や上級の魔法陣でも一瞬で形成できるほどゼッタに馴染んでいる。


ちなみに、暗記したのはほとんどが黒属性の魔法陣で、自分の魔力属性である闇属性の魔法はほとんどと言っていいほど使わないので、ゼッタの周りにいる人はゼッタが黒属性の魔法使いだと思っている。

魔法陣を出現させて黒属性の魔法を使っているから黒属性ではないことを誰かは気づいてもよさそうなのに、ゼッタは魔力変換具を一切付けていないので生まれ持っての黒属性だと思われているようだった。



訓練場に入ってきた冒険者らしき男性が、アレスに気づいて声を掛けた。

2,3回頷いたアレスは、次は彼と手合わせをするらしい。


ゼッタに水筒を預けたアレスは、じゃあ行ってくると笑ってゼッタの頭をヨシヨシと撫でた。

それからゼッタとレイフォンの間に、訓練剣のうちの一つを置いて段差を下りて行った。


アレスはもう普通に強くなってしまっている。余裕で冒険者と互角以上に戦っていた。

ゼッタは軽々と戦うアレスをぼんやりと眺めていた。

訓練場の向こう側を通りかかった女の子たちが顔を見合わせて赤くなっているのが目に入る。

ギルドからもパラパラと人が出てきてアレスの身のこなしに惚れぼれしていた。



「そういやー、前から思ってたんだけど、あいつ強いのになんで冒険者登録しないの?」


レイフォンがおもむろにゼッタに話しかけた。


「アレスは村で一番の働き手だからかな」


「いやいや、どう考えても村で鹿狩ったり芋作ってるより冒険者の方が稼げるだろ。金勘定もできないのか、馬鹿かあいつは」


商家の後継ぎとして勉強してきたレイフォンは思いっきり口を歪ませていた。


「うーん。アレスはお金ほしいとはあんまり思わないんだと思うなあ……」


「やっぱりサルだな」


ゼッタもそうだ。

魔法道具作りだって手伝えるようになったゼッタは、ほぼ一人前認定をされてクラウドから給料をもらえるようになったが、未だにお金の使い道は良く分からない。食べ物が食べられて屋根のあるところで寝られて、清潔な服が着れれば他に欲しいものなどなかなか思いつかない。



「あと、アレスはお金を稼ぐために強くなったんじゃないって言ってた」


「あー。あいつはそういうこと言っちゃうよね……どうせあの単細胞はゼッタ守れるようになりたいとか言って訓練始めたんだろ。腑に落ちたわ」


レイフォンは薄く笑いながら頬杖をつき始めた。軽くため息までついている。

苦笑いを上手く作ったゼッタは「レイフォンもそう思う?私の為だといいな!」と喜んで肯定などしない。


「違う違う。やっぱり強いと鹿も捕まえやすいし、芋も育てやすいからね」


「芋……ってお前、ほんとにそう思ってるわけ?」


「そうだよ。それ以外は絶対にないよ」


「えー、お前はアレスのこと何とも思ってないってこと?」


「何ともって、すごく大切な幼馴染で、大事な友達に決まってるよ!」


少し驚いた顔をしているレイフォンの目を見て、ゼッタは冷静に全力で念を押した。

全身全霊でレイフォンにも自分にも言い聞かせた。


「お前のくせに目泳いでないな……」




アレスが好きだとレイフォンにばれて、冒険を終えた勇者アレスが可愛いヒロインを連れて帰ってきたときに可哀そうな目で見られるのは避けたい。

いつも辛辣なレイフォンにまで哀れと同情されたら、きっと立ち直れなくてゼッタはラスボスになってしまう。




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