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花 * 4

遅れました。次は三日後です。

『なんで、ルーがここにいるんだ?』

『ユヅルこそ、なんでマシロと一緒にいるの?』

 これは大分怒っているな、と結弦は溜息を吐いた。

 ルートヴィヒが怒るのは当たり前だと思うが、彼自ら追いかけてくるとは思わなかった。わざわざルートヴィヒが身動きできない時期を選んで真白を連れ出したのに。

 背中に匿った真白は真白で、突然現れたルートヴィヒを苦しそうな顔をして見ている。

 恋慕っていた相手を前にして様々な感情が心の中で渦巻いていることだろう。

 それが忌々しいくらいに気に入らない。結弦も自分の感情を持て余していた。

『マシロを返せ。』

『何言ってる。真白は元々誰のものでもない。』

『僕とマシロは通じ合ってるんだ。邪魔しないでくれる? いくら結弦でも彼女を奪うことは許さない。』

(通じ合ってる、ね。)

 結弦はルートヴィヒの左手に視線を落とした。

『まずは、その指輪を外してから来てくれないか? 既婚者のくせに。さっさとフロレンツィアのとこに帰ったら?』

『どうして僕がフローラのことを気にしなくちゃなんないわけ?』

 その言葉が結弦はおかしくて仕方ない。

(フロレンツィアだけじゃない。お前は真白も気になんてしてない。)

 気にしていたら、真白はもっとルートヴィヒに心を預けたはずだ。

 自分だけを愛してほしい、頼むからフロレンツィアと結婚しないで。そんな風に真白は願っただろう。

 それが出来なかったのはルートヴィヒがフロレンツィアとの関係を維持した上で、真白まで手に入れようとしたからだ。

 貴族の『結婚』と一般人の思う『結婚』は全く違うものだと、ルートヴィヒは知っているはずなのに『マシロ』なら大丈夫だと勝手に思っているのだろう。

 真白はフロレンツィアに対して嫉妬と罪悪感を抱いていた。

 正しく認められている許嫁の姿を見て、堪えられなくなったのだろう。

 だから、あの日に結弦の手を取ったのだ。彼女が彼女であるために。

 別荘を出てからの真白はたまにルートヴィヒのことを思い出して落ち込む以外は、明るくて一人ぼっちが嫌いな普通の女性だった。少し冷めたような、諦めることに慣れた別荘の姿からは程遠い。

 あの争いがなかったなら、彼女は大切に愛されて幸せに年を取っていったことだろう。

 真白は絶対に『愛人』なんていう日陰の場所は似合わない。

 そんなことを結弦は絶対に許さない。

 ルートヴィヒなんかより前に、結弦が見つけていたのだから。

 儚くて今にも溶けてなくなってしまいそうな真白を助けたのは、結弦なのだ。

 それをルートヴィヒが勝手に惚れて、『愛人』にするとか勝手なことを言った。ふざけるのも大概にしろと思う。

 どうしてやろうか、と思考を巡らせているとぐいぐいと服の裾を引っ張られた。振り返れば真白が不安そうな顔をしている。

「結弦。ルートヴィヒさん何を言ってるの?」

 ほら、真白が結弦の名前を呼べばルートヴィヒが怒ったような顔をしている。彼女が異性に話しかけるというのが気に入らないのだろう。

 冬になって別荘に立ち寄ると、真白は自然と言葉の通じる結弦の近くに居たがる。それに対してルートヴィヒから姑のような嫌味を言われていた。真白が言葉を理解出来ない原因はルートヴィヒの父なのだから、文句は自分の父親に言えばいいのに。もう既に文句を言った後なのかもしれないが。

 こんなに強く怖いくらいに愛されているのに、気付いていない真白は相当鈍い。好かれているのは知っていても、ここまで強く想われているなんて毛ほども思っていない。

 それに関してはルートヴィヒに同情する。やはり気持ちを伝える上で、言語の違いというのは大きいらしい。

「真白は知らなくていい。大したことは言ってないから。」

 結婚しているのに真白を迎えに来たようだ。なんて言えない。真白からしたら意味不明だろう。

「でも、私の名前言ってるみたいだけど……。」

「気のせいじゃないか?」

「絶対気のせいじゃないよね。」

 むっとしている真白をルートヴィヒはじっと見ている。

 少しは聞き取れるようになったらしいが、今の会話は聞き取れなかったのだろう。真白も結弦も早口気味だった。そう簡単に聞き取れる言語ではないし、発音からして違うのだから。

「真白はどうしたい?」

「なにを?」

「ルーと一緒に帰るか、俺に付いて来るか。もしくは別の道を探すか。真白はどうしたい?」

「どうしたいって……。」

 まだルートヴィヒへの思いが残っているようだが、既婚者に付いて行くという意味は理解出来ているだろう。真白至って普通の女性だ。ルートヴィヒの思考が信じられないだろう。

 ルートヴィヒが愛人にしたがっていることを、真白に告げ口はしていない。だが、いい加減にうすうす気付いているはずだ。結婚相手はフロレンツィアで、本命は真白だと。

 真白はフロレンツィアがルートヴィヒを愛しているのを知っている。

「帰るっていう選択肢はないよ。悪者にはなりたくないもん。」

「そっか。」

 真白の答えにほっとした。ルートヴィヒにそこまで入れ込んでいない事に。

『真白はお前に付いて行きたくないってさ。』

『本当にそんなこと言ってるの? ユヅルが勝手に言ってるだけじゃないの?』

『いや? 真白は愛人になりたくないんだよ。』

『説明すれば分かってくれるはずさ。』

 ああ、本当に苛々する。真白を自分の思い通りにしようなんて、虫唾が走る。

 普段のルートヴィヒには何も思わないが、こういうところは本当に嫌いだ。

『俺は通訳しないし、真白に愛人になる選択肢はない。』

『なんでそこまでマシロに入れ込むの? 罪悪感だけにしては異常だ。もしかしてユヅルも好きなの?』

 ルートヴィヒの問いに結弦の口角が上がる。

『さあ? どうだと思う?』

『……そうだとしたら、許せないな。』

『ルーに許してもらう必要はない。それに、俺は真白の選択を優先させる。』

 真白が別荘に帰りたいと言うなら連れて帰った。でも、真白に帰る意思はない。

 それなら結弦がすることは一つ。ここから真白を連れ出す。それだけだ。


  *・*・*


 結弦とルートヴィヒが言い合っているのを、真白は見ていることしかできない。

 どうしてルートヴィヒは真白に執着するのだろう。

 都の邸宅でフロレンツィアが待っているだろうに。薬指に嵌まった指輪を見て真白がどんな気持ちになるかなんて分かっていないのか。

 ここにルートヴィヒが現れた瞬間は、少し期待してしまった。もしかして真白を迎えに来たのかもしれないと、すぐに指輪に気づいて冷めてしまったが。

 もう、信用できない。どうしてひどいことばかりするのだろう。

 真白に優しくしてくれて嬉しかった。好きだったのに。

 たとえフロレンツィアのことを愛していなかったとしても、結婚に同意したなら彼女をを蔑ろにしないでほしかった。政争の道具にされたことを不満に思うなら、フロレンツィアに当たらずに父親にぶつければ良かったのだ。

 言語の違いより、価値観の違いがあると思う。言葉も大きな要素ではあった。

 一番に言葉の問題があったから、価値観の違いに気付かなかっただけで。

「ねぇ。さよならってなんて言うの?」

「いいのか?」

 大丈夫なのか、と真白を気遣う結弦に頬を緩めた。

「うん。ルートヴィヒさんと同じ世界では生きていけないし。もう駄目だなって。無理だよ。私の常識とあまりにも違うから、ついていけない。」

 だから、真白が終止符を打つ。ルートヴィヒが終わりにしてくれないなら、自分から終わらせる。

『ルートヴィヒ、さようなら。』

『マシロ……?』

『さようなら。』

「待って! マシロ話しよう。」

「話ってなんの? もう話すことなんて無いです。さようなら。」

 唇を噛んで、溢れ出しそうな涙を押し止めた。

『マシロ! ―――――。―――!』

 怖い顔をして真白に詰め寄ってくるルートヴィヒを結弦が宥める。

『――。―――――――。』

『――――? ユヅル―――――――。―――――――!』

 どうしてなのだろう。そんなに執着してくれるのに、どうして真白の感情を考えてくれないのだろうか。

「真白。出よう。」

「……うん。」

 まだ何か言っているルートヴィヒに背を向けた。

 既に纏めていた荷物を手に取ると、結弦の手に触れる。

 瞬間、眩い光に包まれて真白は目を閉じた。

 最後に真白の名前を呼ぶ声が聞こえた気がして、目を開けようとしたが、目蓋の上に大きな手が置かれてしまって開けられなかった。

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