花 * 2
真面目な顔をして、さあどこからでもどうぞ!、と覚悟を決めている結弦を見ていると全く怒りが湧いてこない。
多分、この国に来た当初なら遠慮なくタコ殴りにしてサンドバッグのように扱っただろうが、結弦の人となりを知った今、遠慮なくタコ殴りなんて出来ない。
硬い顔をしている結弦の頬をむにっとつまんだ。
「きっかけは結弦だったかもしれないけど、あんなことを実行したのは他の人でしょ? 殴るならその人がいい。だから、そんなに自分を責めないでよ。」
よしよし、といつもは見えない結弦の頭の天辺を撫でる。
結弦が大人しく撫でられているので調子に乗って抱き締めた。腕の中におさめると、小さく思えるから不思議だ。
真白の妹は甘えたがりだったから、誰かをこうするのは久しぶりだ。弟がいるとこんな感じだろうか。かなり大き過ぎるが。
「なんで俺が慰められてんの。」
不満たらたらの顔で見上げられて、真白はにこっと笑った。
いつも余裕綽々という顔だったから、違う表情を見られるのは楽しい。
「十三歳だったんだからしょうがないって。」
「しょうがなくない。それだけの責任はあったんだ。」
十三歳から責任があった、もしかしたら想像以上に結弦はすごい人なのかもしれない。魔法使いが実力がものをいう世界なら、結弦はそれなりの地位にいるはずだ。
そんなにすごい人を一月も付き合わせているのかと思うと申し訳なくなってくる。
「もう。いくら結弦が天才君でも、可愛くないことばっかり言ってたら早くに老けちゃうよ。あっという間におじいちゃんだからね。」
「老けても別に問題ない。」
「せっかく良い顔持ってんだから大事にしないと。あって特はあっても損はないんだから。」
その辺で滅多に見ないくらい綺麗な顔をしているから、町で買い物とかしたら色んなおまけが付いてきそうだ。
前に大量の服を贈られた時は、シンプルで上品な雰囲気の服が結弦、様々な種類を買い込んだのがルートヴィヒだった。それが二人の性格を表しているようで面白かった。
「あとは仏頂面をなんとかすれば格好よくなれると思うよ。」
「……どうでもいい。今は他の話してる。」
つん、とそっぽを向いた結弦を追いかけて覗きこむ。
「もしかして照れてるの?」
結弦の耳が少し赤くなっているような気がした。
でも、外見を褒める言葉なんていつも受け取っているはず、話をそらされて怒ったのかもしれない。気のせいか、と真白がそう思った時、
「なんで照れる必要が?」
拗ねたような表情でそう言った結弦に、思わず吹き出した。
いつも結弦はつんけんしているから人が近付かなくて、こういった言葉を受け取っていなかったのかもしれない。
「あんたも少しは可愛いげが出てきたよ。」
「意味が分からないな。」
「年相応の顔してんじゃない。」
まるで犬を可愛がるかのように、わっしゃわっしゃと結弦の黒髪を撫でまくる。思ったより結弦の髪は柔らかかった。真白の髪は太くて少し癖毛が入っているため、ちょっと硬い。
しかも、雨の日は好き放題跳ねてしまう。
嫉妬に駆られて結弦の頭頂を撫でさすり呪いを込める。
ハゲますように、私は真っ直ぐな髪が生えますように。
やはり、世の中は不公平だ。手入れもしていないのに綺麗な髪の人と手入れをしても自由に飛び回る髪の人。羨ましい。
「そろそろ、いい加減にしろよ?」
ひたすら真白に頭頂を撫でられて、未来の危機を感じた結弦から怒りの声が上がる。地を這うような低い声に、真白は大人しく手を止めた。
「……別荘を出てからの真白が本当の姿?」
「う、ん? どうだろ。そうなのかも?」
今まで柄にもなく淑やかにしていたからか、今は前よりテンションが上がっている気がする。でも、どちらかというと真白は淑やかというより溌剌としていたのだ。
真白の答えに結弦は口を真一文字に引き結んだ。何かを堪えるような表情を浮かべて黙りこむ。
やがて、ようやく一言呟いた声は小さかった。
「悪い。」
「もう、そんなこと言わないで。他の人が結弦のことを憎んだとしても、私は憎まないよ。罪悪感とかで関わって欲しくないし。って言っても未だに実感が湧いてないからこういうこと言えるんだろうけど。」
「それだけじゃない。それだけで責任は取らない。」
何かに囚われたように、結弦は真白に償いをしたがる。
多分、故郷を失くしたこと以外にも何か理由があるとは思うのだが、真白に思い当たる節はない。
「でも、私以上に大変な人いっぱいいるもん。結弦はそういう人達を助けてあげて? 私はもう大丈夫だから。」
「大丈夫、ね。明日早いからもう寝る。」
急にベッドに倒れた結弦に目を丸くする。
大して眠そうでもないのに、話すのが面倒になったのだろうか。結弦は基本面倒くさがり屋だ。
「うん。おやすみ!」
「おやすみ。」
結弦はそれだけ言って真白に背中を向けた。
*・*・*
久しぶりに目にした故郷は記憶の風景とは違うものだった。
最後に見たのは焼け落ちる家々で、ずっと心に残っているのは優しい家族と当たり前の日常。家の近くを流れていた小川だけが変わらず形を残している。
「なんか、思ってたより平気だね。」
遺体は埋葬されていると結弦は言った。出来る限り丁寧に弔うように指示はしたが、部下が指示通り動いたか分からない。と謝った。
その気持ちだけで十分だと真白は思う。
実際に結弦も遺体の回収や火葬までやっていたのだから、真白は彼にお礼以外に何も言わない。
結弦に案内されて町の犠牲者が弔われている所に行った。
もうあれから随分年月が経っているから、土は固くなり置かれた石碑は黒ずんでいた。
結弦は何も言わないが、この石碑を置いたのも彼だろう。
今も花を供えて、手を合わせている。
そんな結弦の姿を見ると、真白の涙腺が緩んできた。慌てて服の袖で拭う。
まだ、家族がこの下にいるとは信じられない。
しかし、生きているとも思えなかった。
あの日たまたま真白だけが町の外れにいて、火や剣戟の音で騒がしい町中にいた家族が生きている確率は低い。
「ここね、私の家だったんだ。」
「そう。」
「ここ、良いところでしょ。すごく落ち着くんだ。」
街もきらきらしていて楽しいが、穏やかな環境にいた真白は長く居ると疲れてしまう。
風の音や太陽の熱を感じて、ようやく故郷に戻ったという実感を得た。
すうっと息を吸い込んで、辺りを見回す。
ふと、目を止めた先に変わっていないものがあった。
「いっつも木登りしてたやつ、残ってたんだ。」
嬉しくなって真白は大きな樹に駆け寄った。
家屋から離れていたから燃えなかったのだろう。
「木登りって、真白……。」
「え、いや、今はしないよ!」
「なら、いい。」
「なに安心してんの。」
失礼な、と頬を膨らませる真白に心の籠らない棒読みの『ごめん』を言って結弦は歩き出した。
「待って、どこ行くの?」
立ち去ろうとする結弦の腕を掴んで止める。
「一人にしようと思って。考えたい事とかあるだろ。」
「ないよ! 今は、逆に一人になりたくないもん。」
一人になったら訳も分からず泣いてしまいそうだった。
家族が本当に存在しなくなった事、家が焼けて炭になっていた事、まだ受け止めきれない。
誰かが居た方が泣かずに自分で立て直せる。
「そ、ならここにいる。」
「結弦、ありがとう。」
「……別に。」
また耳を赤くしてあさってを見遣る結弦に、真白は頬を緩めた。




