↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理不尽に内定を取り消された白魔女ですがパワーカップルに拾われたのでお二人を全力で新婚旅行に送り出します!!  作者: 井上数樹
第三話

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/27

Side part3:再会

 人に会う前だというのに、機関室など入るべきではなかった。


 だが若い車掌が年配の紳士に厳しく詰め寄られているのを見て、つい我慢できず加勢してしまった。要は汽車が早く着きさえすれば良いのだ。


 ボイラーに封じ込められた火魔法の出力は確かに不安定で、極端に強まったり弱まったりを繰り返していた。制服姿の魔導士がいたのだが、明らかに経験不足といった様子で、どう手を加えて良いのか分からず右往左往していた。そこに俺のような人相の悪い男が入ってきたものだから、余計に慌てさせてしまったらしい。


「代わってくれ」


 なるべく怖がらせないようにしたつもりだが、恐らく効果は無かった。


 ただ、素直に火魔法への手出しができた分、仕事はすぐに終わった。術が不安定だった原因は、かけている術と霊媒の量の不均衡。最初は小さなずれだったようだが、不調を直そうと不必要に霊木を投入し過ぎた結果、術の効果が分散していたのだ。


 だから対応は簡単で、不完全燃焼の霊木を取り出して術相応の分に調整してやれば良い。


 途中、食いかけの木を取り戻そうとボイラーから火の手(・)が伸びてくることがあったが、その程度猫をあやすようなものだ。


 結果、汽車は予定より少し遅れる程度でコッツヒルズに着いた。


「……という次第で、顔に煤を被りまして」


「君は昔から変わらないなぁ、サム」


 執務机の向こうに座ったハーヴェイ・カートレット退役少佐が、そう言って笑った。


 直接会うのは数年ぶりだ。


 さっき事務所の扉を開けた時、変わっていないようで変わっていると、そう感じた。


 悪い意味ではない。


 かつて戦場にあっても貴族的な振る舞いや容姿を保っていた少佐は、その貴族としてのスタンスを鎧のように使っていた思う。


「鎧は身を守るためのものだ。外から来る敵と、内から囁く誘惑に抗うために、貴族はそれを身に着ける。どちらか片方しか守れない鎧は不完全だ」


 そう言っていたことを憶えている。そしてその言葉に背かないよう、常に自他ともに厳しく接していた。厳し過ぎるほどに。


 だからこそ、少佐の笑った顔があまりに意外だったのだ。


「お元気そうで何よりです、少佐」


「ああ、おかげ様で身体の方はね。それに呪いの方もずいぶん良くなってきた。でなければ、こうして君に来てもらうこともできなかっただろう」


 コーヒーか紅茶かと聞かれて、少し考えてからコーヒーと返した。かつての上官に飲み物をねだるのは気が引けたが、少佐はまるで頓着していない様子だった。


 お互いにもう軍人ではないのだ。


「そこの壁に護符があるだろう?」


「ああ、あの宿り木(ミストル)の」


 書類棚に挟まれるように、宿り木の枝で作られた護符が掛けられている。細い枝をさらに細く削り、それを複数本組み合わせてルーンを形作っている。古い言葉ということだけは分かるが、何を意味する文言なのかは門外漢なので分からない。


「春に雇ったプライム・メイドが白魔法に長けていてね。彼女の仕事だよ。シライナというのだが、首都で会っているのだろう?」


「ええ。珍妙な事件だったのでよく覚えています。それに解決方法ときたら」


 思わず口元が緩んでしまった。本当に、あの一件は何から何まで俺の想像外の事件だった。不器用な考え方しかできない自分には絶対に円満解決などできないだろう。


「怪物に囲まれている状況下で何を言い出すのかと思えば、新聞社に連れて行けと言われて……まさか本当に解決するとは思いませんでした」


「イルマから聞いたよ。とても賢い子だ。彼女が気に入るのもよく分かる」


 コーヒーミルを回しながら少佐が言った。イルマが、とおっしゃっているが、少佐自身も大事にされているのだろう。そんな口ぶりだった。


 結婚前からお二人のことを知っているが、両者とも寛容ではあるが同時に聡明な人たちでもある。少佐は時に冷徹に人の能力を見定めるし、イルマさんは誇りを持つことに特にこだわる。そんなお二人が目をかけているのだから、シライナ嬢の立ち位置もおのずと知れるというものだ。


「実はついさっきまでここにいたんだよ。もう少し早ければ、挨拶ぐらいできたのにね」


「……いえ、これで良かったかと」


 目の前に、少佐がコーヒーの注がれたカップを置いた。


「内密の話かね?」


「ご婦人に聞かせるには、少々血なまぐさい内容です」


 少佐はもう片方のカップを持ったまま向かい側のソファに腰を下ろした。


 一口、口をつけられた。俺も合わせてカップを持ち上げる。匂いからして良い豆だと分かる。味も良かった。華やかだがちょっと淡い。いつも濃さと熱さだけにこだわって飲んでいるから、漠然と「うまい」としか言えない。



「奴(・)が帰ってきたのか」



 カップの表面に小さな波紋が生じた。


 少佐の端正な顔に、黒い靄のようなものが浮き上がった。その靄がかかった箇所から、獣の毛がおそろしく早く伸びてくる。顔の中心を境に、右半分の骨格が変形していく。


「奴はずっとエンリスに潜んでいました。ただ、力を失っていただけです」


 鼻の半分が伸び、右の口から牙が伸びる。


 獣に変化し続ける顔で少佐は溜息をついた。


「犠牲者が出ているのかね」


「……メディアには上げていませんが、被害はエンリス島のあちこちで生じています。潜伏している範囲も十分には絞り込めていません」


「後手後手だな」


「俺、いえ……小官の不手際であります」


「君ひとりで追っているわけではないだろう。無理に抱え込むのは、君の昔からの悪い癖だ」


 思わず笑ってしまった。


「貴方に言われたくありませんよ、少佐」


「……そうかな」


 そうでしょうとも、という言葉を、俺はコーヒーと一緒に飲み下した。


 何もかもを抱え込み、一人で結論を出すことを責務だと考えていたのがこの人だ。少なくとも軍にいる間はそうだった。


 常に柔らかな物腰を崩さず、それでも隠しきれない無理や負担が滲み出ていた。


 そしてその果てに呪いまでかけられてしまった。


 完全に猫の頭に変わってしまった少佐を見て、俺はこの人が抱えてきたものの大きさを思った。


「……少佐は、ずいぶん変わられましたね」


 猫の顔の紳士がきょとんとした表情を作った。


「そうかね?」


「ええ。以前より余裕ができたように思います」


「まるで昔はそうじゃなかったような言い草だな」


 俺が軽く肩をすくめると、少佐は苦笑いを浮かべた。どうやら自覚はお有りのようだ。


「イルマのお陰だなぁ」


「何かと強烈な方ですからね」


「ああ。彼女といると、この世に問題と呼べるものなど何も無いような気がする。パラオンにいた時のことを憶えているかね?」


「忘れられませんよ。戦場記者の名目で来ていたご婦人が、一晩経ったら看護婦に変わっていて、その一週間後には補給部隊の大佐の横領を暴露してましたからね。あれ、何か根回しがあったんですか?」


「あるわけないだろ、イルマだぞ」


「でしょうね」


「後始末が大変だったな……酷くないか? 吾輩は呪いが一番重くてベッドから離れられなかった時期なのに、書類やら陳情書やらは全部送られてきたからな」


「あの場で一番階級が高かったから仕方ありませんよ。でもお陰様でイルマさんと仲良くなれたのだから、良かったではないですか」


「うむ……」


 満更でもない、でもやはり大変だった。そんな顔で少佐は頷いた。


 実際のところ、補給部隊大佐の横領は、パラオンの後方基地にいた全員が知っていることだった。そのせいで届くべき物資が届かず、軍病院は元より前線にまで被害が出ていたことも。


 だが長期化した不正は様々な利益関係を生み出す。小さなメリットで多数の人間を飼い慣らして、大元はさらに大きな利益を享受する。一度そのようなネットワークが作り出されたら、断ち切るのは本来容易ではない。


 しかしイルマさんには関係のない話だ。悪は悪、不正は不正。一度不当な利益を受け取ったならば、たとえどれほどの功績や地位があろうと一切遠慮しない。補給部隊大佐はイルマさんの過激さと容赦の無さに全く頓着しなかったため、本国の新聞に全ての不正の証拠を送りつけられ、あえなく更迭となった。


 大佐の横領に噛んでいた一味も根こそぎ暴露されたため、左遷ないし拘禁が相次ぎ、結果全ての負担がハーヴェイ少佐に降り掛かることになったのだ。


「まったく、イルマのお陰で落ち込んでいる暇も無かったな。こんな顔になったというのに、馬車馬のように働かされて……だが、不思議と楽しかったのは確かだよ」


 しかし、と少佐はカップをソーサーに戻して言った。


「君が追っている例の件、くれぐれもイルマには話さないでくれ。奴の悪意の深さは……横領なんて可愛らしいものではない」


「もちろんです、少佐」


「……ありがとう。さて、サム。このまま話し込むのも良いが、どうせならゆっくり時間をとらないかね? 荷解きが済んだら我が家で夕食でもどうだろう。イルマもきっと喜ぶよ」


「ご迷惑でなければ是非」


「そうだな、せっかくだしシライナも呼ぼうか」


「はぁ……」


「うん? 浮かない顔だね」


「いえ、小官は良いのですが、若いご婦人がどう思われるか……昔からこの通り、顔つきが怖いと言われてきましたので」


「何かね、まだそんなことを悩んでいたのか」


 呆れたように少佐はため息をついた。そうは言われても、これは俺にとって結構深刻な問題なのだ。


「心配は無用だよ。シライナは、なかなかどうして物おじしない娘だ。君くらいの強面ぶりで怖いとは思わないさ」


「だと良いのですが……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。