Part2:スコーン美味しかったです
「スコーンは焼き立てが一番よ。冷めないうちにどうぞ」
そう言いながらミセス・カートレットが差し出したお皿には、今まさにオーブンから取り出されたばかりのスコーンが山盛りに盛られていた。
「よろしいのですか……?!」
面接に来ていきなりスコーンを出されたのは、さすがに初めての経験だった。
「ぜひ召し上がってちょうだい。ああ、もちろんクロテッドクリームもたっぷり使ってね」
奥様はクリームがいっぱいに入った小瓶をわたしの前に置くと、次にケトルを持ち上げて「ぬるくなってるわ」と呟き、底を指先でピンと弾いた。
すると、瞬く間にケトルからしゅわしゅわと湯気が吹き上がった。
(すごい! 呪文も杖もないのに!)
さっきわたしの鞄を運んだ時といい、この人はわたしなんかよりずっと腕利きの魔法使いだ。
うぅ……これじゃ魔法使いとしてはあまり期待されてないかも……。
「ミス・エルフィンストーン」
「は、はい!」
弱気になりかかったところに声をかけられて、思わず大声で返事をしてしまった。
奥様がじっとわたしを見つめている。
いや、目線が向けられているのは、スコーンとわたしの手元だ。
「……い、いただき、ます……?」
怖々返事をする。奥様はとぽとぽとティーポットにお湯を注ぎながらコクリと頷いた。
その瞳は真剣そのもの。正直怖いぐらいに鋭い。手に持ってるポットが決闘用の短銃に見えてくる。
奥様のエプロンに編み込まれたクジラやペンギンまでもが、正面からじっとわたしを見つめていた。
(く、くつろげない~!!)
異様な緊張感に満ちたお茶会に、わたしはすっかり呑まれてしまっていた。
でも、ここまで強く勧められながら手をつけないなんて、さすがに失礼すぎる。
奥様とクジラとペンギンの熱視線を浴びながら、わたしは人里に降りてきたキツネのように恐る恐るスコーンを手に取ってふたつに割った。
「!!!!」
強い強い強い。
目力が強過ぎる。スコーンを割っただけでこの反応は一体。
え、これ本当に食べていいの?
飼い主から初めて餌をもらう猫だって、いまのわたしほど緊張してないと思う。
それでも、意を決してスコーンに口をつけた。
「あっ、美味しっ」
口から飛び出た、我ながらあまりに素のリアクション。そして奥様はポッドを右手に持ったまま、左手を強く強く固めて「ッし!!」と唸った。
エプロンのうえでクジラやペンギンたちが「やったー!!」とばかりに跳びはねている。
……なるほど。こっちを見たら感情が読めるのね。
奥様の焼いたスコーンは、ほのかに甘くて少ししっとりしている。塩気の強いバターを使っているから、わずかな甘みが一層引き立っていた。はしたないと思いつつぐいぐいお茶が進んでしまう。
でも食べれば食べるほど、飲めば飲むほど、エプロンのなかのクジラやペンギンが舞い踊るものだから、たぶんこれで良いのだろう。うん。
思わず面接に来たことも忘れてしまいそうになるけど、一応本筋からは逸れていない。
ティーポッドの向こうで、ミセス・カートレットがわたしの持ってきた書類をめくっている。
「王立魔導学院卒、成績は……とても優秀ね、ミス・エルフィンストーン」
「あ、ありがとうございます!」
わたしは、さっきまでとは違う種類の戸惑いを抱いていた。
今まで成績をしっかり見てもらったことなんてほとんど無かった。
あったとしても、かえって不利に働いた。ミストル人のわたしは、最初からこのエンリスという国では受け容れられていない。
だから、奥様から素直に評価されたというのに、嬉しさを通り越して驚いてしまった。
(雑に扱われるのにすっかり慣れちゃったなあ)
自分で思ってて悲しくなる。
心のなかで愚痴っていると、奥様が資格証書をテーブルに広げた。
「魔法安全管理一級、魔力環境整備師、二級執務秘書士、それに家令婦認定証まで」
ミセス・カートレットは「ほう」と溜息をついた。
「貴女どうして他所で採用されなかったの?」
「……白魔法を学んでいたから、でしょうか」
わたしは咄嗟に嘘をついた。
よもや人種を理由に断られてきたなんて、わたし自身の口からは言えない。そんな言い訳はわたしを惨めにするだけだ。
それに、まるきり嘘というわけでもなかった。
「卒業証書にも書いてあるわね。研究対象は白魔法、大魔法は未修得」
「はい……既存の白魔法のなかには、大魔法に相当する術がありませんから」
大魔法。
ひとつの術式で、多くの人々や事象に影響を与える偉大な魔法。学院の卒業要件のひとつで、これを使えないと一人前の魔導士とはみなされない。
そして、わたしが物心ついたころから学んできた白魔法には、大魔法に相当する術が存在しない。
本来なら学院を出られなかったはずだけど、わたしはそれを強引に解決した。座学の成績と集めまくった上級資格、そしてずっとまとめ続けてきた白魔法に関する研究論文を叩きつけて、何とか卒業に至ったのだ。
「大変だったでしょう?」
「……頑張りました」
「教えてほしいわ。何が貴女をそこまで駆り立てたの?」
頭の片隅に、メラーズ先生の灰色の髪が見えた気がした。
「恩人に教わった魔法なんです。だから……大切にしたかったんです」
白魔法は派手でもなければ偉大でもない。とことん地味な魔法だ。
薬草の効用を強くしたり、魔力の流れを整えたり、人の気持ちを鎮めたり、そんなことにばかり長けている。
学院では炎の魔法が人気だった。男子生徒の大半は炎の大魔法を習得して、機関車のスチームピストンを動かすことを夢見ていた。
「わたしにとって白魔法は、大切な人とわたしを繋いでくれるものでした。それに、先人たちの積み上げてきた白魔法の世界は、本当に奥が深いものなんです。それを誰かのために役立てたいと、ずっと願ってきました」
「そう」
あっさりした返事とは裏腹に、奥様は口元に手を当ててしばらく何かを考えていた。
「私もあまり詳しくはないけれど、白魔法というのは古代の巫女たちが呪いや病を癒すのに使った魔法体系、という理解で良いかしら」
「はい、ミセス・カートレット」
「……なんだか堅苦しいわね。イルマと呼んで欲しいわ」
滅茶苦茶堅苦しそうな顔で、奥様は言った。
「どう?」
「わ、分かりました! ミセ……イルマ、奥様」
わたしがあまりにおたおたと答えたからだろう。奥様は「もぅ」と言った。仕方ないなあ、と思われたのかもしれないけれど、相変わらず表情は変わらなかった。
「それで、話の続きなのだけど。
ミス・エルフィンストーン。貴女は白魔女として、どんな呪いでも解くことができる?」




