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理不尽に内定を取り消された白魔女ですがパワーカップルに拾われたのでお二人を全力で新婚旅行に送り出します!!  作者: 井上数樹
第一話

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Part1:十三件目の面接

「おいおい、ミストル人を最終選考まで回すなよ」


 そう言い放ったロックフィード伯爵は、まだ年若い紳士だった。わたしとそんなに歳が離れているようには見えない。


 十二件目の面接先、ロックフィード・チャリティ・ファウンデーションの最終面接でのことだった。


 伯爵の態度は、ただただ尊大だった。


 仕立ての良いタキシードを着て、椅子の上で長い脚を組み煙草をふかしている。両脇に控えている役員たちも何も言わない。


 当然、さっきの暴言をとがめる人もいなかった。


「おい君ぃ。我がロックフィード財団が、王国有数の企業だってことは知ってるだろう?」


「……承知しています。古くから慈善事業に力を入れておられ、歴代の国王陛下からの信任も篤いと」


「あのさ。身の程とかって考えなかったの?」


 わたしは言葉に詰まった。


 圧倒されたからでは、断じてない。


 ただ「それを言ったら終わりでしょ」って思った。それだけ。


「君の前に来た()はバークレイ子爵家に連なる令嬢で、我が財団の秘書として相応しい血統の持ち主だ。それに比べて君は何だ? えーっと……?」


 伯爵はテーブルに広げられたわたしの履歴書を、汚いものに触るかのように摘まみ上げた。


「シライナ・エルフィンストーン。王立魔法学院は……チッ、こっちはいいとして、なんだ? 孤児院出身? しかもミストル人だろ。ろくな育ちじゃないな」


 わたしはテーブルの下でスカートを強く握り締めた。


(……落ち着け、シライナ。まだ大丈夫……)


 その時は、まだ何とか我慢できた。


 これぐらいなんてことはない。今まで呆れるくらい何度も言われてきたことだ。


 全ての差別を実力で乗りこえてきた。だからこうして最終選考に呼ばれた。学院の成績書まで否定することは、この貴族にだってできやしない。


「その緑色の目。純粋なエンリス人なら出ない特徴だろ。耳もご先祖様の影響でちょっと尖ってる。君みたいなのを雇ったら、うちの看板に(きず)がついてしまう。


 大体、エルフィンストーンなんて苗字も御大層じゃないか。君、孤児だったんだろ? 自分でつけたんだ。そんな豪勢な名前を。へぇー!」



 へぇー! と同時に伯爵は両手の指をひらひらと頭の両側で振って見せた。


(我慢。我慢)


 朝からわたしは自分に魔法をかけていた。同じ白魔女だったメラーズ先生に教わった、怒りを抑える術。


 白魔法は人の心に働きかけ、静める魔法。魔力の乱れを正し、以て精神の静謐を保つべし。自分自身の怒りも抑えられないようじゃ話にならない。


「……エルフィンストーンの姓は、わたしの恩人から頂きました。妖精の瞳のような色だと」


 魔法が解けないように、声が震えないように。そう願いながら言い返した。




「あっははははは!! そりゃ嫌味だよ、君! 異人種の目を褒めるエンリス人なんているわけないだろ!!」




 ……その日わたしは、自分の魔法がまだまだ修行段階であることを再認識した。


 でも、テーブルを蹴っ飛ばして出てきたことは後悔していない。


 当然ながらその会社は落ちたし、そもそもこっちから願い下げだったけど、悪い噂はテミス川の汚水みたいに一気に広がってしまった。学院からもこれ以上推薦状は出せないと突っぱねられてしまった。



 そして今日、わたしは十三件目の面接先に向かっている。



 公設職業紹介所に出ていた、さる貴族家のメイドの求人。色々と不可解な点はあるけれど、書いてある就労条件はまともで、しかも簡単ながら昇給基準まで書いてあった。


 住所は首都の隣の県にあるコッツヒルズ村。汽車に乗って二時間かかり、そこからさらに乗合馬車で四五分。首都の下宿から通うのはちょっと無理筋だ。


 でも、村が近づき窓の外に爽やかな緑の原っぱが広がるようになると、引っ越しに対する抵抗が一気に消えていった。


「わあ……!」


 馬車の窓を開けて田舎の空気を胸いっぱいに吸い込む。帽子が風に飛ばされかけた。慌てて押さえると、乗り合わせていたおばさんからクスクス笑われた。


 羊たちがのんきに歩いている草原や、ぽつぽつと立ち並ぶこぢんまりとした家々。煤だらけの空と無骨なレンガ造りのマンションが立ち並ぶ首都(シティ)とは正反対。


 いや、ずっと良いくらい。


 ここで働けたら素敵だろうなぁ……!


「……ま、雇ってくれたら、だけど」


 自分で言ってて悲しくなった。


 就職活動は十二連敗。仕事が無いと奨学金も返せない。


 それに、恩返しをしたいと思っていたメラーズ先生も亡くなってしまった。孤児院も取り潰しになった。


 戻れる場所はどこにもない。


 それが今のわたしの現実。



「……だからって、泣いてやるもんか」



 コッツヒルズ村の景色を見ながら、わたしはそう呟いた。先日は酷い目に遭ったけど、まだまだ意気込みは十分だった。


 ……そう、意気込みは十分だったのだけれど、馬車を降りて指定された住所まで歩いて行ったら、ちょっと面食らってしまった。


 レンガ造りの塀に囲まれたお庭の奥に、白い一軒家がぽつんと建っている。小さいけれどどこか上品な感じがするお宅だった。お屋敷というほど大きくないけど、まさに貴族の別荘といった瀟洒な雰囲気が漂っている。



 ただなんと、左右にお墓が広がっているではないか。



「えっ……と。ここ?」


 わたしは思わず手元の求人票と目の前のお家を見比べてしまった。


 けれど住所は確かにここで間違いない。


 それに求人主のイルマタル・カートレット夫人の名前がメールポストに刻まれている。もうひとつ、サー・ハーヴェイ・カートレットの名前もあった。



 ……何。



 お墓の隣に建ってる貴族の別荘って、何?



(何かヤバい系の儀式でもやってる??)


 いや、たしかに求人票を読んだ時から違和感はあった。


 ふつう貴族は公設職業紹介所に求人なんか出さない。いわゆるちゃんとした(・・・・・・)家ほど、コネやツテを活かして人を集める。今時、メイドは決して軽い仕事じゃないのだ。


 だから、どんな人間が来るか分からない公設紹介所を使っているということは、逆に言えば貴族社会での人脈が壊滅しているとも読める。


(まあわたしだって就活壊滅状態だけれど……!)


 そう、「大丈夫かなぁ」なんて言えるような立場じゃない。一番大丈夫じゃないのはわたし自身の進路なのだ。あと奨学金の返済も。


 わたしは深呼吸してから庭に踏み入ると、玄関のドアノッカーをこつこつと叩いた。


 家主が出てくるまでに、書類鞄を地面に置いて、帽子を左手でとって胸の前にあてる。右手の指はスカートをつまんでいつでもカーテシーができるように構えておく。もう慣れたものだ。


 その時、ドアの向こうからぱたぱたと人が歩いてくる音が聞こえた。わたしは頭のなかでもう一度、挨拶の手順を思い起こした。


 けれど、ドア開けて出てきた人の顔を見た時、組み立てたはずのプランが凍りついてしまった。



 現れたのは、怖いくらいに綺麗な貴婦人だった。



 雪雲のような銀色の髪と瞳。整った顔立ち。まるで、昔読んでもらった絵本に出てくる氷の女王を連想した。


 でも、顔には何の表情も浮かんでいない。氷でできた仮面を被っているみたいだ。それに、背丈がふつうの女性よりも頭ひとつ分くらい高いのも相まって、わたしは蛇に睨まれたカエルみたいになってしまった。


(怖い人のとこに来ちゃっ、た……?)


 今までだって強面の面接官から圧迫面接を喰らったことはある。でも、孤児院があった下町にはもっとおっかない人がいくらでもいたから耐性があった。


 この奥様は、下町では絶対に見かけないタイプだ。


「ミス……シライナ・エルフィンストーン?」


「はっ、はい!」


 涼やかな、というよりも冷え冷えとするような声音で名前を呼ばれて、わたしの中のカエルが「ケロー!」と鳴いた。


(って、だめだめだめ!!)


 慌ててカーテシーをするけど、動きはこれまでのどの面接の時よりぎくしゃくしていた。


「本日はお招きいただきま、まことにありがとうございます、奥様!」


 噛み噛みになってしまったせいで耳が痛いくらい熱くなった。背中いっぱいに冷や汗が浮かんだ。


「こちらこそ来てくれるのを待っていたわ。イルマタル・カートレットよ。よろしくね」


(ぜんっぜん嬉しそうな声じゃない……っ!)


 これはもうすでにヤバいかもしれない。


「どうぞ。あがってちょうだい」


「はい! 失礼しま……?!」


 鞄を取ろうとしたとき、奥様がぱちんと指を鳴らした。


 すると、鞄の下にどこからか水が湧き出て、まるで木の葉のボートみたいに家のなかへと流していってしまった。わたしの右手は宙を握った。


 ……もう、行くしかない。


 奥様のあとに続いてわたしは家のなかを進んだ。なんだかすでに心臓がドキドキしていて、まともに家のなかを見渡す余裕もない。


 こんな冷たい顔の人に、心を折るような拒絶の言葉を吐かれるかもしれないと思うと、それだけで頭がくらくらしてくる。気持ちはすでに折れかけていた。


 だからかな。


 ふわりと漂ってきた焼き菓子と紅茶の香りを嗅いだ時、日陰から急に日なたに出たみたいに、視界がぱっと明るくなった。


 通されたお部屋の真ん中に、大きな机。


 そのうえに、ティー・パーティーの準備が完璧に整えられていた。



「ミス・エルフィンストーン、堅苦しい話ばかりでは肩が凝るでしょう? さしあたりお茶でもいかがかしら」



 堅苦しいどころか金属みたいに硬質な声で、奥様がそう言った。


 でも、ほんのちょっぴりだけ柔らかさが潜んでいる……ような気がした。


 余裕ができたおかげで、わたしは初めて奥様がエプロンを着けていたことに気づいた。


 北の海をモチーフにしたエプロンのうえで、つぶらな瞳のクジラやペンギンたちがぱたぱたと泳ぎ回っている。


 そのクジラさんがやにわに潮を吹いて、布地に「Welcome(ようこそ)!」の七文字を描き出した。

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