【3/3】額田幸恵
私の目の前に、夫が現れた。随分と老け込んでいる。私を見る目が優しい。不安だ、この男が思い通りにならないことが、不安なのだ。
出会ったのは、スーパーの事務所だ。何度も同じ店で万引きしたのが災いした。マークされていたのだ。警察官として現れたのが夫だ。このころは夫ではないが。
私は額田に連行され、近くの交番で事情聴取となった際に、体の関係を持ちかけた。まだ交番勤務だった額田は、逡巡したように見せかけて、すんなり応じた。私は証拠不十分で逮捕されることなかった。
それからほどなくして、額田との交際が始まり、プロポーズを受け、結婚することとした。結婚している方が、生きやすいからだ。苗字が変わるのも幸いした。
私はサイコパスだ。人の感情がよくわからない。苦しんでいる生き物を見ると、愉快になる。憐みの感情が湧かないのだ。
だから7人もの人間を手に掛けてきた。DNA鑑定が信頼できる科学的証拠として定着していることから、私は殺害現場に、額田の精子を散布していった。すべての事案においてだ。額田との性交のあと、コンドームに溜まった精液をスポイトで移して、持ち運ぶ。時間が経過しすぎるといけないと思い、性交した翌日には犯行に使っていた。
老け込んだ額田が現れたとき、この事実を嗅ぎつけたのかと思ったが、杞憂だった。
あの男は私に、どこかのホテルに避難するようにと言っていたが、なんのことやら。
老け込んだ額田も試してみたくなり、私は彼のズボンを降ろし、無理やり性交を試みた。もちろんコンドーム付きだ。五分ほどで果て、私が不覚にも絶頂に達したとき、額田はトイレに行ったまま消えた。
額田が消えたあと、リビングのソファにスーツを来た見知らぬ若い女が座っていた。
ターゲットはこの女だ。どこから入り込んだのか? という質問は愚問だ。自ら狩られにきた獲物というべきか。
その女は私に問いただした。
「額田浩二はここにいるか?」と。
「ここにいたわ」と答えると、背後からいつものように荒縄で首を締めあげた。
か細い女だ。締めあげたあと、裏山にでも捨ててしまおう。額田の精子を掛けるのを忘れずに。
「そういうことだったのね」
と女は声を振り絞り、後頭部で頭突きを入れてきた。荒縄を奪われた辺りまでは覚えている。覚えているというか、私の記憶はここで終わる。




