【Side Story】お留守番メイドの憂鬱
【お知らせ】
第4章は、今週、5月1日(金)からスタート。
サイドストーリーを今回と、あと明後日にも投稿します。
よろしくお願いしますー
帝都の中心部から少し外れた、閑静な裏通り。
木漏れ日が優しく降り注ぐ石畳の先に、ひっそりと佇む『銀のフクロウ亭』は、本日も平和な空気に包まれていた。
店主であるソフィア・クラフトと、その護衛にして恋人であるギルバート大佐は、現在隣国の『奈落の森』へと出張中である。
国家の命運を分ける魔導士試験の裏側で、広大な結界を設営するという過酷な任務に就いているのだ。
だが、そんな張り詰めた国家事業などどこ吹く風とばかりに、留守を任されたメイドのヨランダは、深い深いため息をついていた。
「あー、お暇ですわー」
ヨランダは手にした羽ばたきでショーケースの埃を払いながら、間延びした声でぼやいた。
ソフィアたちが帝都を出発してから、すでに数日が経過している。
主人の留守を守るため、ヨランダは初日から気合いを入れて店内の清掃に励んだ。結果として、今の銀のフクロウ亭は、床の木目からガラスケースの隅々に至るまで、チリ一つないほどにピカピカに磨き上げられている。
掃除というメイドの至上の娯楽を失い、彼女に残されたのは圧倒的な退屈だけであった。
「ソフィアちゃんがいませんと、からかい甲斐がありませんの。あのウブで可愛らしい反応が見られないなんて、わたくしのメイドとしての潤いが枯渇してしまいますわ」
ヨランダは窓の外の平和な通りを眺めながら、恨めしそうに独り言をこぼす。
「坊ちゃんのメガロヘタレっぷりを観察することもできませんし。あー、暇ですわー。暇すぎて、陳列棚の杖の木目を数え始めてしまいそうですわ」
カランコロンと、その時、入り口のドアベルが軽やかな音を立てた。
「いらっしゃいましー」
ヨランダは瞬時に完璧なメイドの笑みを貼り付け、優雅な所作で客を出迎える。
入ってきたのは、初老の魔導士らしき男性であった。彼はピカピカに磨かれた店内を見渡し、ショーケースに飾られた見本用の杖に興味深そうな視線を向ける。
「質の良い魔法杖を探しているのだがね。ここの店主は、かなりの腕利きだと噂に聞いてね」
「ご来店ありがとうございます。ですが、大変申し訳ありません。当店の杖は基本的にオーダーメイドとなっておりまして、既製品の販売も、現在は店主が長期不在のため承ることができませんの」
ヨランダが丁寧にお辞儀をして断りをいれると、初老の男性は怪訝そうな顔で眉をひそめた。
「店主が不在で、商品も売れない。それでよく、帝都の一等地で店舗の経営が成り立つものだね」
「ええ、成り立ちますわ。当店の杖はどれも桁違いの単価となっておりますし、何より、世界中の高名な魔導士様たちからご予約が殺到している状態ですから。数年待ちのリストが、分厚い辞書のように積み上がっておりますのよ」
ヨランダが胸を張ってドヤ顔で言い放つと、初老の男性は目を丸くして絶句した。
そして「なるほど、それは凄まじいな。また日を改めて出直そう」と、そそくさと店を後にしていった。
◇
「ふぅ。やはり、ソフィアちゃんの技術は帝都中に知れ渡っておりますわね」
ヨランダは満足げに頷き、店舗の奥にある作業場へと足を向けた。
そこでは、ソフィアの元兄弟子であり、現在は銀のフクロウ亭で居候兼修行中の身であるリサが、真剣な眼差しで木材と向き合っていた。
彼女の周囲には、削り出された木屑と、何本もの魔法杖が散乱している。
「これじゃ駄目だわ。魔力回路の接続が甘すぎる。こんなの、ソフィアの足元にも及ばないただのカスよ」
リサは己の彫り上げた杖を乱暴に作業台へと放り投げ、苛立たしげに自身の赤毛を掻き毟った。
彼女の目の下には濃い隈が浮かんでおり、ソフィアが不在の間も、文字通り寝食を忘れて杖作りに没頭していたことが窺える。
「あらあら。わたくしから見れば、十分に素晴らしい一品に見えますけれど」
ヨランダが作業台に転がった杖を手に取り、感心したようにため息をつく。
素人の目から見れば、それは十分に美しく、精巧な細工が施された立派な魔法杖であった。
「素人は黙ってなさいよ。そんな表面的な美しさなんて、杖職人の世界じゃ何の意味もないのよ」
リサはヨランダの手から杖をひったくり、忌々しげに睨みつける。
「ソフィアの組む魔力回路は、もっと深く、緻密で、淀みがないの。私の作ったこの回路は、所々で魔力が反発してノイズを生んでる。こんな欠陥品、店に置くことすらおこがましいわ」
かつてはソフィアをライバル視し、己の才能を過信していたリサであったが、今では完全にソフィアの神域の技術に当てられ、自身の評価基準がバグってしまっていた。
カランコロンと、再び店舗のドアベルが鳴り響いた。
「いらっしゃいましー」
ヨランダが作業場から顔を出すと、今度は若い冒険者風の魔法使いが立っていた。
彼は店内に並ぶ杖を一通り眺めた後、ヨランダの背後から姿を現したリサの手元に視線を釘付けにした。
「な、なんて素晴らしい杖なんだっ。その滑らかな曲線、一目見ただけで伝わってくる魔力の密度。頼む、ぜひその杖を俺に売ってくれっ」
若い魔法使いは興奮した様子でカウンターに身を乗り出し、リサが先ほど「カス」と呼んで投げ捨てた杖を指差した。
「悪いけど、これは売り物じゃないわ。まだ販売できるレベルに達していない、ただの失敗作だから」
リサが冷たく言い放つと、若い魔法使いは信じられないものを見るような目で彼女を見つめ返した。
「こ、これで失敗作だとっ。この凄まじいクオリティで売り物にならないなんて、嘘だろっ。帝都の高級店に並べても、間違いなく一級品として扱われる代物だぞっ」
「いいから、帰った帰った。うちの店は、ソフィアの基準を満たさないゴミは売らない方針なのよ」
リサは客の抗議を冷酷に切り捨て、シッシッと手を振って追い払う。
若い魔法使いは「お、恐るべき基準だ」と慄きながら、ふらふらとした足取りで店を出て行った。
◇
「あー、おかしいですわー」
ヨランダは呆然と立ち尽くす客の背中を見送りながら、深く長くため息をついた。
「どうしましたの、ヨランダ。変なものでも食べた?」
作業台に戻ったリサが、訝しげに尋ねる。
「圧倒的に、ラブとロマンスが足りませんの」
ヨランダは両手で頬を包み込み、夢見るような瞳で天井を仰ぎ見た。
「乙女の平和な日常には、甘酸っぱいラブロマンスが、胸を焦がすようなラブコメディが絶対に必要ですの。今のこの店は、ただひたすらにストイックな職人の工房になってしまっていますわ」
ヨランダは不満げに唇を尖らせ、リサの方をちらりと流し見る。
「リサちゃんでは、その要素が圧倒的に不足していますの。男っ気も全くありませんし、色気より木屑といった風情ですわね」
「あんた、人のトラウマを抉るわね」
リサの顔が引き攣り、げっそりとした表情になる。
彼女はかつて、デリックという男に騙されて利用された過去があり、現在進行形で男という生き物にひどく懲りているのだ。恋愛のレの字も考えたくないというのが、今の彼女の切実な本音であった。
「わたくしはただ、真実を述べたまでですわ」
ヨランダは悪びれる様子もなく、ふんわりと微笑む。
「あー、早くソフィアちゃんと坊ちゃんが帰ってきませんこと。あの二人の、見ているこちらが赤面してしまうような初々しいやり取りをからかいたいですわー」
「ソフィアたちは、今頃奈落の森で命懸けの結界作りをしているのよ。国家の命運を分ける魔導士試験の真っ最中なんだから、少しは真面目に心配しなさいよ」
リサが呆れたように窘めるが、ヨランダは全く意に介さなかった。
「国家事業だの、魔導士試験だの、正直わたくしにはどうでもいいですわ。そんなことよりも、二人のラブコメのほうが何百倍も重要でしょうがっ」
ヨランダのメイドとしての、いや、一人のラブコメ愛好家としての魂の叫びが、静かな銀のフクロウ亭に虚しく響き渡る。
主人たちの不在を守る留守番の毎日は、彼女にとって平和すぎるがゆえの、恐るべき退屈との戦いであった。
【お知らせ】
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