【Side Story】カットされた二次試験その2
【★おしらせ】
5月1日の本編スタートまでの期間は、サイドストーリーを不定期で投稿してまいります。
第4章の開幕まで、ぜひこちらの物語も楽しんでいただけますと幸いです。
最後にお願いがございます。
本作を読んで「面白い」「4章待ってた」と思っていただけましたら、ページ下部の評価欄から【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に変えて、ポイントで応援していただけますと大変嬉しいです。
鬱蒼と生い茂る巨大な木々が、太陽の光を無慈悲に遮断している。
隣国ゲータ・ニィガの国境沿いに広がる『奈落の森』の奥深く。
第二次試験の過酷なサバイバルが幕を開けてから、すでに丸二日の時間が経過しようとしていた。
淀んだ空気に混じる腐葉土のむせ返るような匂いと、常に肌にまとわりつく冷たく重い瘴気。
炎の魔法使いである青年フランケのチームは、深い茂みの影に身を潜め、完全に言葉を失っていた。
彼らの服は泥と血で汚れきり、荒い呼吸を繰り返すたびに体力が削られていく。
先ほどまで繰り広げられていた死熊との死闘により、周囲の木々は無惨にへし折られ、大地は焼け焦げた姿を晒している。命からがら逃げ延びることには成功したものの、彼らの魔力はすでに底を突きかけていた。
「もう、駄目だ。魔力も尽きたし、これ以上は指一本動かせない」
「俺たちには、こんな化け物だらけの森を生き抜く実力なんて、最初からなかったんだよ」
力尽きたチームメイトたちが、虚ろな瞳で空を見上げながら諦めの言葉を吐き出す。
フランケもまた、限界ギリギリの状態で湿った地面にへたり込んでいた。喉はひどく渇き、握りしめた杖を持つ手は痙攣したように微かに震え続けている。
ふと、フランケは己の掌に握られた木製の統一杖を見つめた。
それは今回の魔導士試験において、すべての受験者に平等に支給された公式の杖である。だが、今年の杖の制作と最終調整を軍から一任されていたのは、あの美しい緋色の髪をした少女であった。
(ソフィア姉ちゃんは、俺に自分の魔法を信じる力と、絶対に折れない自信をくれた。あんなに小さくて魔力もない女の子が、誰よりも一生懸命に戦っているっていうのに)
フランケの脳裏に、高く危険な足場の上で、必死に結界装置を組み上げていたソフィアの凛々しい横顔が蘇る。
彼女は職人として、自らの命を削るような集中力で大樹と向き合っていた。
それに比べて、自分たちのこの不甲斐なさはどうだろうか。少しばかり魔物が強かったからといって、戦う前から心を折られ、泥にまみれて絶望している。
(俺たちがここで諦めて、どうする。彼女が力を込めて作ってくれたこの杖に応えられなくて、何が帝国の魔導士だっ)
フランケはひび割れた唇を強く噛み締め、杖を支えにしてよろよろと立ち上がった。
彼の瞳の奥には、消えかけていた炎の魔力が、再び熱を帯びて赤々と燃え上がっている。
「気合いだっ。ここで諦めて尻尾を巻いて逃げたら、男が廃るってもんだろうがっ」
「フ、フランケ」
「俺たちは絶対に生き残るぞっ。立てっ、お前らっ」
フランケの魂を振るわせるような熱い咆哮が、静まり返った森の空気を震わせる。
その声に呼応するように、絶望に沈んでいたチームメイトたちの目にも再び僅かな闘志が宿り始めた。彼らは互いの肩を支え合い、最後の力を振り絞って再び立ち上がったのである。
◇
一方で、完全に己の限界を迎え、深い絶望の淵に沈み込んでいる者たちもいた。
水魔法の使い手である青年は、強力な魔物の群れに追い詰められ、巨大な倒木の影で力なくうずくまっていた。
彼の腕に巻かれていた合格の証である布は、すでに他の受験者チームによって容赦なく奪い取られている。右足は魔物の鋭い爪で深く切り裂かれ、とめどなく流れる血が足元の土を黒く染め上げていた。
「くそっ。ここまでなのかっ。強制転移の魔法は、まだ発動しないのかっ」
青年は痛みに顔を歪めながら、己の杖を胸の前にきつく抱きしめた。
試験官であるラーズスヴィズの言っていた死の危険が迫れば発動する護符の転移魔法は、この森全体を覆う極めて強力な結界の影響により、森の外縁部にある特定の安全地帯でなければ正常に発動しない仕様になっていたのだ。
巨大な八本の脚を持つ化け蜘蛛が、不気味な粘液を垂らしながら青年へと迫り来る。
無数の赤い眼球が獲物を定め、鋭い大鎌のような前脚が高く振り上げられた。青年が恐怖に身を竦ませ、強く目を閉じた、まさにその瞬間であった。
彼が抱きしめていた統一杖の先端から、突如として眩いほどの温かい光が放たれた。
光は瞬く間に空中で土と魔力をかき集め、人の背丈ほどもある頑強な土塊の従者、すなわちゴーレムへと姿を変えたのである。
規則正しく、しかしひどく力強い足取りで現れたそのゴーレムは、青年を傷つけまいとするように、両腕で優しく抱き上げた。
「な、なんだ、この頼もしい土塊はっ」
青年が驚愕の声を上げた直後、背後から化け蜘蛛の大鎌が容赦なく振り下ろされてくる。
しかし、土塊の従者は青年を抱えたままの体勢で、空いている片腕を無造作に、そして極めて滑らかな動作で横に振り抜いた。
圧倒的な質量が空気を震わせる不気味な音が響く。
あろうことか、脅威度を誇るはずの化け蜘蛛の巨体が、ゴーレムの裏拳の一撃によって紙屑のように弾き飛ばされ、遠くの木々に激突して粉々に砕け散ってしまったのである。
「は?」
青年は己の目を疑い、ただ呆然と口を開けることしかできなかった。
ゴーレムといえば、鈍重で簡単な命令しか聞かない低級の召喚魔法の代表格であるはずだ。それが、強力な魔物を片手であっさりと粉砕するなど、魔法の常識を根本から覆すような事態であった。
ゴーレムは青年を優しく抱きかかえたまま、驚異的なスピードで森の中を滑るように駆け抜けていく。
主を運ぶためのその歩みは揺れ一つなく、ひどく心地の良いものであった。青年は混乱する頭を必死に働かせ、この奇妙で規格外な使い魔の正体について思考を巡らせる。
(この公式の統一杖は、試験のためにただ支給されただけのものだ。いったいどうして、こんな規格外の魔法が飛び出してくるんだ)
青年を抱えた土塊の従者は、瞬く間に森の結界の外縁部、転移魔法が正常に発動する安全地帯へと到着した。
そこで青年の体に巻き付けられていた護符が淡い光を放ち、彼は無事に試験官たちの待つ最初のキャンプ地へと強制転移されたのである。
主を無事に送り届けたことを確認すると、役目を終えたゴーレムは音もなく光の粒子となって、杖の中へと静かに還っていった。
◇
キャンプ地に設置された真っ白なベッドの上で、ファフニールの治癒魔法を受けながら、青年は己の杖を見つめて深いため息をついていた。
「驚くのも無理はないじゃろうて。今年の試験用の統一杖はすべて、うちの可愛いソフィアが制作と調整を手掛けておるからな」
優雅にティーカップを片手にしたラーズスヴィズが、青年の疑問を見透かしたように誇らしげな笑みを浮かべた。
「あやつは奈落の森の結界内で、強制転移の護符が正常に作動しない事態を予見しておったのじゃ。ゆえに、脱落者を結界の外縁部まで物理的に移送するための自律型ゴーレムを、すべての杖の術式にこっそりと組み込んでおいたのじゃよ。森の魔力干渉を受けぬよう、極めて高度で緻密な独立回路でな」
「まったく。余の治癒魔法の手間を省かせるための、小賢しい真似を」
傍らで治癒を施していたファフニールが呆れたように鼻を鳴らすが、その声には確かな感心の響きが混じっていた。
「だが、強力な魔物を片手で粉砕する出力と、主を一切傷つけずに運ぶ繊細な精度。あのような非常識な土塊の従者、並の魔導士には一生かかっても作れまい」
「いや、そんな凄まじい精度と力を持ったゴーレムを、受験者全員の公式杖に仕込んでいたというのですか」
青年は二人の大賢者の解説を聞き、信じられないものを見るような目で己の杖を見つめ直した。
公式装備に、一個人がこれほどまでの細工を完璧に施せるものなのだろうか。
「ソフィア殿は、本当に底知れない御方だ。ああ、しょうがない。今年の試験は、あの人が基準の、この上なく恐ろしいレベルだったんだ」
青年は己の圧倒的な実力不足を痛感し、悔しそうにシーツを握り締める。
神域の杖職人によってもたらされた、天と地ほどもある技術と見識の差。その高みに全く達することができなかった自分が、ただひたすらに不甲斐なく、情けなかった。
「くそっ。来年こそはっ。今度こそ、絶対にあの基準に追いついて、見事魔導士になってみせるっ」
青年の瞳に、来年の試験へ向けた熱い闘志が静かに燃え上がる。
だが彼はまだ知らない。ソフィア・クラフトという規格外の存在による難易度バグが、来年の試験ではさらにとんでもないインフレを引き起こしているであろうという、極めて残酷な未来を。
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