59.国宝級のバーゲンセール
ソフィアはセシルを連れて、帝都の一角にあるフクロウ亭へと帰還した。
カラン、と心地よいドアベルの音が鳴り、店内から香ばしい茶葉の香りが鼻をくすぐる。
「お帰りなさいませ。あれ、坊ちゃんは」
「なんでギルさんの名前が?」
(真顔……坊ちゃんェ……)
朝から外に出ていたため、何かギルバートとデートでもしているのだろうかとヨランダは思っていたのだ。
だが、帰ってきたのは不思議そうに首を傾げるソフィアであった。
(坊ちゃん……あんた状況わかってるんですか? 最大のライバルが現れて、ソフィアちゃん取られちゃうかもなんですよ! ……って思ってたんだけども)
ヨランダは、ソフィアと二ヶ月ほど一緒にいる。
ソフィアのオン、そしてオフの時の顔の違いがわかるようになってきていた。
今、ソフィアは完全にオン、つまり仕事モードだ。
(おそらく坊ちゃんのことなんて記憶の彼方。ライバル出現ラブコメどうなる、みたいなこともまったく頭の中にないんだろうなぁ……)
きっと今のソフィアの頭を割ってみたら、そこには杖しか入っていない。
彼女から視線を逸らし、ヨランダは誤魔化すように咳払いをした。
ソフィアは深く追求せず、隣に立つセシルを紹介する。
「今日から手伝いに来てくれる、セシル・グラン様です。私、さっそく製図にかかりますっ。それが終わるまではセシルさんの出番はないので、ちょっと待っててもらえますか」
バタン、と勢いよく奥の扉が閉まる。
残されたセシルは、呆気にとられて立ち尽くしていた。
「とりあえず座って待っててくださいまし」
「え、ええ……わかりましたわ」
セシルは待合スペースに通される。
ヨランダが淹れた温かい紅茶が、テーブルに置かれた。
「どうぞ」
「…………」
「どうかしましたの?」
湯気とともに漂う柔らかな香りに、セシルはようやく我に返った。
「どうなってますの。ここは、お母様のお店ですわよね。店を譲ってどれくらい」
「? 二ヶ月、まだいかないですわ」
「信じられない。規格外ですわ」
「一体何に驚いてるんですの。というか、わたくしと喋り方似てますわね」
セシルは店内を見渡し、陳列された杖の数々を指差した。
「ここには、お母様の杖がない。全部あの娘の作ったものですわ」
「え、わかるんですの?」
「職人なら当然です。それに、お母様の杖はずっと見てきたので」
セシルの鋭い視線が、棚に展示されている杖を見やる。
丁寧に磨き上げられた木材の匂いが、空間に満ちていた。
「それにしても、何に驚いているかですって。あの箱に入った杖、すべて国宝級ですわ」
「はて」
意味が分からないという顔のヨランダに、セシルは頭を抱える。
「たとえばこの杖。魔力伝導率が九十九パーセントを超え、自己修復回路が編み込まれている。このように、ここにある全部が国宝級の杖ですわ」
「ひえー、まじですの。すごい人だとは思ってましたけども」
素っ頓狂な声を上げるヨランダを、セシルは呆れたように見つめる。
「杖屋の店員のくせに、知識なさすぎではなくて」
「あっしはしがないバイトですので。素人なので」
「どうかしてますわ」
セシルは悔しそうに唇を噛み締めた。
「わたくしが本来、この店を継ぐ予定でしたのに。お母様ってば」
(お母様……?)
ソフィアから聞いた言葉を、ヨランダは思い出す。
「グラン様って随分お年を召してたらしいのですが、セシル様は若く見えるのどうして。若づくりしてますの?」
無遠慮な問いに、セシルは怒りでワナワナと肩を震わせる。
「はっ倒しますわよ。妖小人ですの、わたくし」
「妖小人……? ああ、ハーフフットですわね」
亜人の一種。ハーフフットともいい、人間よりも背が低いが、高い魔法適性と、ドワーフと同じく高い手先の器用さを持つ。
「その割に、背が高いですわね」
図星を突かれ、セシルは言葉に詰まる。
実は幻術で背を高く見せているのだが、プライドの高い彼女は黙って誤魔化した。
「ハーフリングは人より魔力操作が上。つまり、魔法杖作りに適してる。そんなわたくしよりも、あの小娘を、お母様は選んだ」
「はー、だからソフィアちゃんのこと嫌いですのね」
「ええ。……ですが」
バーン、と大きな音を立てて工房の扉が開いた。
「図面、できましたっ」
「……はあ。早すぎますわよ」
愕然としながら図面をひったくり、セシルは目を丸くした。
新しいインクの匂いが漂う中、そこに描かれた完璧な回路図に圧倒的な敗北感を味わう。
完成度の高さに、セシルはぐうの音も出ない。
ソフィアはそんな彼女を見て、パタパタと幻の尻尾を振りながら小首を傾げた。
「あの、セシルさん。手足の幻術、解いた方がいいですよ。杖作りの時は、魔法を解いて目先の作業に集中した方がいいですし」
「なっ」
セシルは大きくのけぞり、顔を真っ赤にした。
彼女の巧妙な幻術を、ソフィアはあっさりと見破っていたのだ。
観念したセシルが指を鳴らすと、その長身がシュンと縮み、可愛らしい小柄な姿へと変化した。
「あんらぁ〜。これまた可愛らしい。十歳くらい?」
「……実年齢じゃありませんことよ」
「ほぉん。ま、仲良くしましょう、セシルちゃん」
「ちゃんづけはおやめなさい……!」
◇
「では、取り掛かりましょうっ」
場所を工房へと移す。
油と木屑の匂いが混ざり合う空間に、セシルは懐かしさを覚えていた。
ここも、幼い頃から何度来たことか。
ソフィアが、用意した木材をテーブルに置く。
「柳の木です。柳はあるがまま、風に吹かれても在り様を変えないことから、魔力をスムーズに流します」
ソフィアの目が、職人特有の鋭い光を帯びて輝き出す。
「ブーストも、逆に妨げもしないんです。そして芯材には、風纏鳥の翼を使います」
ソフィアが取り出した未加工の羽を見て、セシルは驚愕に目を剥いた。
「え。まさか、このまま使うの。糸に変えないの」
「そんなことしたら、効率が落ちますよね」
「…………」
たまらず、セシルは慌ててソフィアを制止した。
「これが杖作成の手順書です」
紙片を、ソフィアがセシルに渡す。
セシルはそれを眺めて「はぁ!?」と大きな声をあげた。
「どうしました」
「まさか。え、杖ってそう作るの」
「それ以外なにか」
不思議そうにソフィアが首をかしげる。
セシルは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
「普通、杖はまず外側の木材を杖型に作る。そして先端に穴をあけ、中に芯材を詰め、穴をパテなどで塞ぐ。こうやって作るんですわ」
「ん。それだと木材の回路と、芯材とが融和しないですのね」
セシルの言う杖の作り方は、筒(木材)の頭に穴を開け、そこに糸を通すようなもの。
ただ、糸(芯材)を入れるだけ。当然、二つは融合されていない。振れば糸が外に出てしまう。
芯材と木材の魔力回路がつながっていないため、魔力の伝導率が悪くなってしまう。
が、それは仕方の無いことだ。杖というのは、そういう風に作るしかできない。
どこの世界に、筒の中に糸を突っ込んで、糸の端と端を、筒の上下につなげることができる人間がいるというのか。
「そ、それはそうですけど」
ソフィアは滑らかな手つきで刃物を持ち、迷いなく作業を始める。
「まず木材を半分に切る。くり抜く。そこに芯材を融和させる。そして半分を被せて、杖の形に整えていくんです」
ソフィアはなめらかな手つきで、言ったとおりの作業をする。
ゆっくり、丁寧に、ソフィアは杖を作っていく。
……セシルの表情が千変万化する。
まず、ソフィアへの懐疑的な目を向けていた。
だが、彼女の作業が進む都度、驚愕、唖然、呆然……と、ころころ表情を変化させていった。
「はいできあがり!」
「……あのさぁ。なんで、半分に切ったものが、ぴたりとくっついてるんですの?」
「え、断面をそうなるように加工すればいいだけでは」
完成した杖を割る。
ソフィアの手元で、カチリ、と心地よい音が響いた。
木の断面を、鍵と鍵穴のように寸分の狂いもなく細工し、はめ込んだのだ。
神業を目の当たりにし、セシルはガックリと膝から崩れ落ちた。
「当然ながら、そんなことは目視でできない。し、そんな断面に加工を施せば、魔力回路にダメージが入る」
息も絶え絶えに、セシルはソフィアを見上げる。
「……あなたがやってるのって、脳神経の手術をしながら、目の手術をし、さらに心臓の手術をするようなものですわよ?」
天才すぎる職人技に、エリートのプライドはへし折られるばかりだ。
しかし、ソフィアは目をパチパチと瞬かせ、心底不思議そうに小首を傾げた。
「え。できますよね」
ソフィア曰く、ここは剣と魔法、奇跡とファンタジー世界だ。
現実ならいざ知らず、そんな夢の世界なのだから、三つの外科手術をこなすくらいはできるだろうと。
しかし、まあ言うまでも無いが……。
「できませんわよぉ……!」




