53.八賢者会議
帝都の一角にある魔法杖専門店、銀のフクロウ亭。
今日も今日とて、店は多くの客で賑わっていた。
皇室御用達の称号を得て以来、ソフィア・クラフトの作る杖の噂は瞬く間に広まり、連日のように依頼が舞い込んでいる。
「ソフィア先生。おかげで魔法の制御が格段に安定しました」
「私の魔力に合わせて、ここまで繊細に調整してくれるなんて」
客たちは皆、ソフィアの確かな技術に感動し、笑顔で店を後にしていく。
扉のベルがチリンと心地よい音を立て、最後の客が帰っていった。
夕刻。店内の空気がすっと落ち着き、芳醇なカモミールの香りが漂い始める。
ソフィアは淹れたての温かい紅茶をテーブルに運び、向かい側に座る青年に微笑みかけた。
「お待たせしました、ギルさん」
「ありがとう、フィー」
銀髪の美青年、ギルバート・フォン・ヴォルグは、カップを受け取ると同時にソフィアの空いた手をそっと握った。
最近彼は、仕事帰りにもソフィアの元を訪ねるようになったのである。
早めに切り上げて、先にここへやってきて、恋人が仕事を終えるのを見ていたのだ。
「今日も君の仕事する姿は、美しかったよ」
「ありがとうございます、ギルさん」
互いの体温がじんわりと伝わり、ソフィアの頬がほんのりと桜色に染まる。
幻の尻尾がパタパタと揺れるような、嬉しそうな仕草だ。
「それに、今日も頑張っていたな」
「はいっ。皆さんが喜んでくれると、私も嬉しくて」
二人は繋いだ手を見つめ合い、ただ静かに微笑み合っている。
手を繋いだ状態で、にぎにぎと、ソフィアが彼の無骨な手にふれる。
(魔力の残滓。今日もいっぱい魔法を使ったんだ。お疲れなのに、私のために、私の元へきてくれる……)
「なんだい、フィー?」
「うれしくて。私の元に来てくれることが」
「おや、じゃあ手は繋がなくていいのかな?」
「ギルさんの意地悪……。もう手、繋いであげません」
しかし、お互い絶対に手を離さない。互いの温もりを、手の感触を、触りあう。
「フィー、今日も頑張ったね」
「ギルさんこそ、頑張りましたね」
「ああ。だがフィーといるだけで、疲れは全部吹っ飛んでしまった」
「まぁ。私もです。奇遇ですね」
極めて健全かつ、ひたすらにスローペースな甘い時間。
ギルバートは温かな紅茶を喉に流し込みながら、心の中で深い安堵の息を吐いた。
(ああ、最高の気分だ……)
最大の障壁であった古竜ファフニールにも認められ、仕事も順調そのもの。
愛するソフィアはすぐ隣で、自分に向かって微笑んでくれている。
二人の仲を裂くものはもう何もない。俺の人生は完全に上がりを迎えたのだ。
ギルバートはすっかり油断しきり、満ち足りた平和ボケの海に沈んでいた。
しかし、そんな二人を物陰から見つめる者がいた。
「……プラトニックすぎますわ」
ヨランダは手にした布巾をギリギリと噛みちぎる勢いで睨みつけ、その場にガックリと項垂れた。
「手を繋いで満足している場合ではありませんわよ。ラスボスを倒した後の平和ボケですわ」
若い二人のあまりに進展のない現状に、ヨランダは一人ヤキモキしている。
「バカ坊ちゃん、そこでなぜ手を繋いでるだけで満足してるのですか。押し倒して、ちゅっちゅして、抱いてほらもう」
しかしヨランダの思惑通りにはならない二人。
ずっと見つめ合って、手を握っているだけだ。
「ああもう、坊ちゃん。これで勝ったと思ったら大間違いですよ。ラブコメコミックスでは、ここらで恋のライバルとか出てきちゃうんですからね」
「……さっきから、うるさいぞヨランダ」
じとっ、とギルバートがヨランダを睨みつける。
恋人との二人きりの時間に水を差されて、不機嫌のようだ。
「バカ坊ちゃん。そんなレベルで満足しては困ります。ライバルが出現して、ソフィアちゃん取られちゃったらどうするんですか」
「ライバル?」
「イエス、恋のライバル。ソフィアちゃんにいい人ができたらどうするの」
するとギルバートは「いるのか? フィー」と尋ねる。
ソフィアはフルフルと首を横に振った。
「ほら、フィーもこういってる。我々の間に割って入るような、邪魔者は絶対に現れたりしない」
「あー。坊ちゃん、だめです。絶対現れないなんて言っちゃ。そういうの、フラグっていうんですからね」
「旗……?」
「起こらないって言っちゃうと、起こっちゃうんですからね」
「はは、ないない。絶対にありえない。百パーセント、我々の間に入るものなんて、いない。なぁ、フィー? ……フィー?」
ソフィアは机に突っ伏して、幸せそうな寝息を立てていた。どうやら、仕事で疲れてしまい、そのまま眠ってしまったようである。
ギルバートは優しく微笑むと、うなずく。
「俺はそろそろ帰るよ。ヨランダ、フィーをベッドに運んであげてくれ」
ヨランダは死んだ魚の目をして、つぶやく。
「そういうとこだぞ、恋愛偏差値5坊ちゃん」
◇
フクロウ亭が平和な空気に包まれている頃。
ここは、魔法国マギア・クィフ。
文字通り、国を挙げて魔法事業に取り組む国家だ。
その中心にそびえ立つ、六大陸魔導協会本部。
最上階にある円卓の間には、肌を刺すような冷たく張り詰めた空気が満ちていた。
薄暗い部屋の中心に置かれた巨大な円卓。
そこに集っていたのは、世界最高峰の魔法使い、八賢者たちである。
光のガンダールヴルと、牙のファフニール。
その二人を除く五名の賢者たちは、皆深くローブのフードを被っており、顔の判別はつかない。
ヴィンダールヴ。
オト。
ドゥリン。
ミョズヴィトニル。
モートソグニル。
名前と、彼らから発せられる底知れぬ魔力だけが、圧倒的な存在感を放っている。
そして、円卓の上座。
議長席にいるのは、一台の車椅子に座る小柄な老人であった。
白髪を後ろで束ね、和装めいた衣服の上に簡素なローブを羽織っている。
深い皺に覆われた顔つきは気難しく、フードの奥から覗く眼光は猛禽類のように鋭い。
議長、ラーズスヴィズである。
「皆の者、揃っておるな」
ラーズスヴィズの野太い声が、静寂の空間に響き渡る。
車椅子に座っていながらも、その姿からは歴戦の軍人や、頑固な老職人を思わせるすさまじい覇気が溢れていた。
「本日の議題は、五年に一度開催される、【魔導士選抜試験】についてじゃ」
ラーズスヴィズが短く言い放つと、賢者たちの間にわずかな緊張が走る。
魔導士選抜試験。
魔導協会では、魔法使いの実力に応じて五級から一級までのランクをつけ、その能力を保証している。
一級の魔法使いのことを、この大陸では、魔導士と呼ぶ。
さらにその上、最上位である『特級魔法使い』は、ここに集う八賢者と呼ばれる八名のみに許された規格外の領域。
実質的にこの『魔導士』が、一般の魔法使いが到達し得る最高位であった。
試験は五年に一度だけ行われ、その内容および開催場所は毎回異なる。それは魔導の世界において最も過酷で、最も名誉ある登竜門なのだ。
「今年の魔導士選定は、帝国と王国の共同開催となる。規模も例年より大きくなるじゃろう。生半可な準備では済まされんぞ」
ラーズスヴィズは車椅子の肘掛けを力強く叩き、声を張り上げた。
「そこで、試験で使用する公式杖職人を決めねばならん。メンテナンスから緊急対応、支給までを担う重役じゃ。誰ぞ、適任はおらんか」
「余の弟子、ソフィア・クラフトを推薦する」
ラーズスヴィズの問いが終わるや否や、ファフニールが即座に挙手した。
その提案に、ローブ姿の賢者たちが一斉にざわめく。
「誰だ、そいつは」
するとドヤ顔で、ファフニールが説明する。
「最近余が八代目・八宝斎を継承させてやった。実力は十分。しかも、聞くとこによると皇室御用達職人となったらしい。うむ、余の弟子で決まりだな」
ぽかんとする、賢者たち。説明が不足しすぎていた。
これだけで、ソフィア・クラフトがどんな人物なのかわからない。
「大師匠に代わり、わしが少し補足させていただきますじゃ、賢者様がた」
ガンダールヴルが、残り七人の賢者たちに、そう言う。
この中で、ガンダールヴルが、もっとも実力が乏しい。
残り七人は、ガンダールヴルから見ても、化け物魔法使いなのだ。
緊張の面持ちで、ソフィアのプレゼンをする。
ガンダールヴルとしても、ソフィアにはこの重役は重過ぎる。と思う反面、務まる人間はソフィアくらいしかいないと思っていたのだ。
それに、彼女にはこの仕事は、大きな自信を与えることになる。
彼女の腕を信頼し、また、彼女の将来を嘱望するがゆえの、推薦であった。それはまあガンダールヴルに限った話だが。
言うだけ言って、あとはだんまりのファフニール。彼女は単に、自分の弟子を皆に自慢したいだけであった。
……そもそも、弟子は自称。ソフィアは彼女からなにも教わってないし、師事すらしてない。
が、それでもファフニールの中では、ソフィアは自分の自慢の弟子なのだった。
「以上が、ソフィア嬢の説明ですじゃ」
ガンダールヴルは、大師匠にかわり、ソフィアのプレゼンを行った。
「魔力を持たない小娘に、神聖な試験の職人を任せる? 冗談でしょ」
「いくら牙の推薦とはいえ、格というものがある」
反発の声が上がる中、ファフニールはギロリと目を細めた。
次の瞬間、円卓の間に圧倒的な龍圧が吹き荒れる。
物理的な重圧を伴う殺気が、賢者たちの喉元に刃を突きつけた。
「……余の眼を疑うか。黙れ。さもなくば消すぞ」
反発していた賢者たちが、一斉に冷や汗を流して沈黙する。
部屋の空気が凍りついたその時、ガンダールヴルがにこやかに助け舟を出した。
「ま、まあまあ、落ち着きなさいな。彼女は既に皇室御用達の称号を得ております。共同開催となれば、帝国の威信を示す意味でも、政治的な見栄えはよろしいかと」
ガンダールヴルの意見を踏まえ、いよいよ結論を出す時が来た。
沈黙が降りた円卓の間で、賢者たちの視線が自然と上座へと集まる。
皆が固唾を呑んで見守る中、議長ラーズスヴィズは深く腕を組み、不満げに鼻を鳴らした。
「ふんっ。牙と光がそこまで言うか。魔力を持たん小娘じゃと聞いておったが、よほど腕に自信があると見える」
ラーズスヴィズは厳しい視線を巡らせる。
「よかろう。そこまで言うなら、公式職人の件はひとまずその小娘で進めておく。だが、もし試験の質を下げるような真似をすれば、ワシが容赦なく叩き斬ってくれるわっ」
こうして、ソフィアの公式杖職人への抜擢が決まったのである。
◇
会議が終了し、賢者たちが次々と円卓の間を後にしていく。
静けさを取り戻した部屋には、議長ラーズスヴィズとガンダールヴルだけが残されていた。
「ガンダールヴルよ」
「な、なんでございましょう、ラーズスヴィズ様……」
ガンダールヴルですら、緊張で汗をかいてしまう。議長ラーズスヴィズとは、それくらいの大魔法使いなのだ。
「貴様も随分と肩を入れるではないか」
ラーズスヴィズが車椅子を回し、窓の外に広がる魔法都市の景色を見下ろす。
「その小娘は、本当にそれほどの器なのか」
ソフィアの話をしたいみたいだった。ガンダールヴルは嘆息をつき、応える。
「ええ。職人としての腕はもちろんですが、何よりその心根が素晴らしいのです」
ガンダールヴルは、かつての教え子の顔を思い浮かべるように、心からの笑みを浮かべた。
「杖を愛し、人を愛する、本物の魔法杖職人です。彼女の作る杖には、使う者に寄り添う温かさがあります」
「……ふんっ。あの我儘な古竜と、悪ガキ小僧がそこまで惚れ込むとはな」
言うまでもなく、ファフニールとガンダールヴルのことだ。
ラーズスヴィズは目を細め、白髭を撫でながらニヤリと笑った。
「どれ。この老いぼれの目で、直接検分しに行かんと駄目じゃな。もし出来損ないであれば、このワシが直々に叩き直してやるわいっ」
窓から差し込む夕日が、血の気の多い老人の鋭い眼光を赤く染め上げていた。
平和ボケした恋人たちの元へ、新たな波乱の火種が向かおうとしていた。
次回、お婆さん襲来。
【作者からお願いがあります】
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