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45.翡翠の賢者



 帝都の外壁付近にて。

 北風が吹きすさぶ中、ギルバートとクラウスは手持ち無沙汰に立ち尽くしていた。


「……終わったな」

「ああ、終わったな」


 本来なら、外壁に近づく魔物の群れを討伐する任務だった。

 だが、現れた魔物たちは戦う前から怯えており、ギルバートたちが武器を抜くまでもなく、部下たちの威嚇射撃だけで蜘蛛の子を散らすように逃げ去ってしまったのだ。


「楽でいいが……張り合いがない」


 ギルバートが杖を懐に納めると、隣でクラウスがニヤニヤしながら肩を小突いてきた。


「ま、お前には丁度いい骨休めだろ。……でお前、おめでとう」

「は? 何がいきなり」

「とぼけるなよ。あの『緋色の妖精ソフィア』と付き合い始めたんだろ? ホテルにあんなに長く滞在してたんだから」


(……何故それを知っているのだ、こいつは)


 確かにクラウスは情報局に所属している。色々な裏事情に通じている男だ。それにしても、知っていて良い情報ではない……が。


「ああ……それ……」


 ギルバートはガックリと項垂れた。

 その反応を見て、クラウスの笑顔が凍りつく。


「……どうした? まさか、何もなかったとは言わせないぞ」

「いや、実は色々あってな……。いい雰囲気にはなったんだが、邪魔が入ったり、俺が踏み切れなかったりで……」


 建国祭では、様々なイベントが雪崩のように発生し、甘い雰囲気に浸る暇などなかったのである。


「ふぅん……」


 クラウスがあからさまに不機嫌になった。

 普段の冷静な副官らしからぬ態度に、ギルバートはたじろぐ。


「なんだ、別にいいだろう……。また別の機会をと思っているし」

「良くない」


 珍しく、クラウスは真面目だった。いつもへらついた態度の裏にある、本気の怒りが透けて見えた。


「……お前さぁ、いつまでそんな風に、ヘラヘラしてるの?」

「へらへらって……いや、そんなつもりはないが……」

「他の女性なら、もうとっくにお前の煮え切らない態度に見切りをつけて、去って行くぞ」


 クラウスの言葉は、氷のように冷たく、そして鋭かった。


「……そういうものなのか」


 ギルバートは、整った容姿をしている。それゆえに、学生時代から女性に言い寄られることは多かった。

 だが、彼は恋愛ごとに一切興味がなかった。

 そんなことより魔法を極めたかったし、強い力を身につけて、生まれ故郷の帝国を守る軍人になりたかった。

 その責務にかまけて、恋愛という過程を全てスキップしてきたのだ。


 だから、分からないのである。

 女性が何を望むのか。

 女性が、恋愛においてどんな言葉を待ち、どんな行動を求めているのかを。


「お前、ソフィア嬢の優しさに甘えてるんだよ。『俺のせいで彼女の人生を変えてしまう』とか、ウジウジ考えてるんだろ?」

「…………っ!」


 図星だった。

 ギルバートが、今ひとつソフィアに踏み込めない理由……。


 それは、彼女のキャリアの邪魔をしてしまうのではないか。

 そんな不安が、常に心の奥底にへばりついていた。


 ソフィアは天才杖職人だ。

 彼女はきっと、これからも多くの人を救い、素晴らしい杖を作っていくだろう。

 ……そんな彼女と付き合ったり、結婚したりしたら……きっと、彼女が生み出す予定の物が、消えてしまうのではないか。

 彼女が進みたい方向へ、自分の存在が枷となって、行けなくなってしまうのではないか。


 無意識に、そんな思いがストッパーになってしまって、関係を進められないでいる……と。

 ギルバートは、友人からの言葉がきっかけとなり、そう自覚するに至った。


 そんなギルバートの胸中を見透かしたように、親友は溜息をついた。


「優しいふりして、自分が傷つかないように逃げてるだけだ。……そんな程度の覚悟なら、彼女を解放してやれよ」


 その言葉に、ギルバートは何も言い返せなかった。


 そこへ、偵察に出ていた部下が戻ってきた。


「大佐。妙です。魔物たちが、戦う前から『逃げ腰』でした。まるで、帝都の中にいる『もっと恐ろしいナニカ』から逃げているような……」

「何かって?」

「さあ……。ですが、異常な怯え方でした」


 ギルバートは、先日ラインハルト皇太子から告げられた言葉を思い出した。

 ――近々、規格外の化け物が来るからな。

 まさか、その「予兆」なのだろうか。


     ◇


 夕方、任務を終えたギルバートは、足が勝手にフクロウ亭へと向かっていた。

 だが、店の前まで来て足を止める。

 窓から中を覗くと、ソフィアとリサが楽しそうに図面を広げていた。


「ここは冷却回路を二重にして……」

「ええ、それなら魔力効率が上がるわね!」


 二人の間に、男が入る隙間はない。

 完全に「職人の世界」が出来上がっている。


「……楽しそうだな」


 少しだけ寂しさを感じながら、ギルバートが踵を返そうとした時。


「……ぼーっちゃーーーん……」

「ぬぉっ!?」


 背後から、地の底を這うような声がした。

 振り返ると、いつの間にかヨランダが立っていた。幽霊のような佇まいで、恨めしそうにギルバートを見上げている。


「なんだお前……びっくりするな。どうした、そんな悲しそうな顔して」

「よよよ……これが悲しまずにいられますか。ソフィアちゃんってば、もうすっかり弟子の教育にハマってしまって。恋愛イベントを進めてくれないのですぅ~……」

「そ、そうか……すまんな……」

「ふんだ。ヘタレ坊ちゃんには、愛想を尽かしてます」


 ヨランダの言葉が、クラウスの説教と重なって胸に刺さる。

 ギルバートは藁にもすがる思いで尋ねた。


「……俺は、もっと強引に迫った方がいいのか?」

「それは違います」


 ヨランダは即答した。真顔だった。


「強引なのはダメ。ソフィアちゃんがビックリしちゃうから。……必要なのは『覚悟』ですわよ」

「覚悟……」

「彼女の人生ごと背負う、覚悟。それがない男に、うちの娘はやれません」


 ヨランダは「お茶くらい飲んでいきなさいよ」と言ったが、ギルバートは首を振った。今の自分には、ソフィアの顔を見る資格がない気がしたからだ。


     ◇


 とぼとぼと帰路につくギルバート。

 帝都の路地裏に差し掛かった時、不穏な空気を感じ取った。


「へへっ、いい着物着てるじゃねぇか。迷子か? 金目のもの出しな」


 チンピラたちが、一人の「少女」を取り囲んでいた。

 翡翠ひすい色の長い髪に、異国の豪奢な衣装。年齢は十歳ほどだろうか。

 だが、少女は怯える様子もなく、退屈そうに欠伸をしていた。


「……騒々しい。虫ケラが」


 少女が、スッと人差し指を上げた。


 その瞬間。

 ギルバートの全身の毛が逆立った。


(――なんだ、この魔力量は!?)


 肌がチリチリと焼けるような感覚。

 少女の小さな体から、とてつもない重圧が漏れ出している。彼女は魔力を制限しているようだが、ギルバートのレベルなら分かる。

 目の前にいるのは、人の形をした「災害」だ。


 彼女が指を振り下ろせば、チンピラだけでなく、帝都の一角が消し飛ぶ。


「待てッ!!」


 ギルバートは飛び出した。

 チンピラを助けるためではない。帝都を守るために。

 彼は全魔力を注ぎ込んだ防御障壁を展開し、少女とチンピラの間に割り込んだ。


「……ほう?」


 少女の手が止まる。

 琥珀色の瞳が、興味深そうにギルバートを見下ろした。


「余の『圧』に反応できる羽虫がいたか」

「くっ……!」


 凄まじい圧だ。

 荒れ狂う魔力、それはまさに暴風ストームである。

 そこに含まれるのは……明確な殺意。

 そう、彼女は魔法を使っているわけでも、武器を持っているわけでもない。


 ただ、魔力を少し解放しているだけ。

 それだけで、凄まじい規模の魔法を予兆させ、ギルバートに死のイメージを抱かせるのだ。

 『破壊神』と恐れられる魔法使いが、震えるほどに。


 ただ対峙しているだけで、心臓が押し潰されそうだ。

 この少女は、一体何者だ?


 その時、空間が歪んだ。


「お、お止めください!! 大師匠マスター!!」


 転移魔法で現れたのは、帝国の最高戦力、大賢者ガンダールヴだった。

 彼は普段の飄々とした態度をかなぐり捨て、冷や汗まみれで少女の前に膝をついた。


「これ以上、帝都で魔力を解放してはなりませぬ! 結界が持ちません!」


 ガンダールヴが言うと、少女からの圧が……ふっ、と消えた。

 その場に居た全員から、どっと汗が噴き出す。


 なんとか、危機は脱したらしい。

 安堵するのも束の間、ギルバートはガンダールヴに問いかけた。


「ガンダールヴ師匠……あのお方は、どちら様でしょうか」


 ギルバートが呆然と尋ねると、ガンダールヴはハンカチで額の汗を拭いながら、困ったように笑った。


「こらこら、ギルバート。杖を納めなさい。失礼にあたるよ」


 好々爺然とした口調だが、その目は笑っていなかった。


「この御方は、六大陸魔導協会・会長にして、神域の八賢者(プラネテス)が一人……『ファフニール』様じゃよ」

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― 新着の感想 ―
チンピラどこ行った
作品自体はとても面白くて好きなので最後まで読んでいるのですが、お知らせとお願い部分は正直なところ読み飛ばしています。すみません(;・∀・)
長々としつこいお願いを書くのは悪手ですよ。
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