表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
47/146

46.竜の溜息


「ファフニール様……って、まさか、六大陸魔導協会・会長にして、神域の八賢者(プラネテス)が一人……牙の賢者(タスク・メイジ)、ファフニール様!?」


 ギルバートは目を見開き、翡翠色の髪の幼女を見て叫んだ。


 牙の賢者(タスク・メイジ)、ファフニール。

 その名は、魔法使いならば知らぬ者はいない「生ける伝説」だ。


 かつて魔王を討伐した剣の勇者ホワイトノア。そのパーティメンバーであり、当時はまだ存在しなかった「魔法使いの格付け(クラス)」制度を創設した人物。

 四級から特級までの階級を作り、バラバラだった攻撃魔法を体系化した「現代魔法の始祖」。


 師匠であるガンダールヴルが「光の賢者(ライト・メイジ)」と呼ばれるように、八賢者は皆「~の賢者」という二つ名を持つが、彼女はその筆頭だ。


「な、なぜそんな神話級の魔法使い様が、こんな路地裏に……」


 ふらっと居ていい御仁ではない。

 それに、これほど強大な魔力を持つ魔法使いが入ってきたというのに、今まで誰も気づかなかったのは何故なのか。


 疑問は尽きない。

 ガンダールヴルは溜息交じりに言った。


「建国祭に招待されていたのじゃよ」

「……? 建国祭なら、先週終わりましたが」


 なるほど、偉大な魔法使いならば、建国祭に招かれていたとしても不思議はない。

 だが、とっくに終わった催し物に、どうして今頃やってきたのか。


 ギルバートが首を傾げると、幼女――ファフニールは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「些末なことだ。余がなぜ、貴様ら人間の都合に合わせねばならん」

「は、はあ……」


 どうやら盛大に遅刻したらしいが、本人は全く気にしていない様子だ。

 ギルバートは改めて、ファフニールを見やった。


 尖った耳。額には、角のような飾りをつけている。

 どことなく、人間ではない、別の種族の存在に見えた。

 だからだろうか、時間の感覚が、人間とは根本的に違うのかもしれない。


「それで、ファフニール様はなぜ帝都を?」


 ファフニールはチラリと、ギルバートを一瞥した。


「不合格」

「は……?」


 何を突然言っているのだろうか。

 不合格とは一体……。


「お前は詰まらん。我が弟子も年を取ってつまらなくなってしまったが」


 どうやら我が弟子とは、ガンダールヴルのことを言っているらしい。


「昔のガンダールヴルは、もっとギラついていた。上へ上へと目指すその様、燃えるような日輪の光に、可能性を感じ取った。だからお前を弟子にとったというのに……。今のお前は、全くもってつまらなくなってしまった。その光を、誰かに照らすことばかり考えておる」


 昔の師匠ガンダールヴルは非常に尖っていたと聞いたことがある。

 そこを、ファフニールは評価していたらしい。


「強く聡い魔法使いを育てることこそ、我が使命と悟ったのですじゃ」

「ふん……。その結果生まれたのが、このような凡骨とはな」


 散々罵られても、しかし、ギルバートに言い返す気力は湧いてこなかった。

 先ほど見た、ファフニールの発する魔力が、強大すぎたからだ。


 おそらくは現在、魔力を制限している。だからこそ、まともに話すことができるのだ。

 あの時感じた魔力量。制限された状態でさえ、師であるガンダールヴルのものよりも、遥かに巨大だった。


「話を戻しますじゃ……。大師匠マスター、何をしに参られたのですか? 貴方様の魔力を検知し、飛んできたわけですが……」


 ガンダールヴルの質問にだけ、ファフニールが答える。

 どうやら彼女の中で、ギルバートはもう路傍の石ころと同じくらい、無価値だと決めつけたのだろう。


「知り合いに会いに来たのだ。……ヴィル・クラフト。奴は余の弟子だ」

「っ!?」


 ギルバートは息を呑んだ。

 ソフィアのお祖父様は、この人の弟子だったのか。


「……大師匠マスター。残念ですが、ヴィルは数年前に亡くなりました」


 ガンダールヴルが静かに告げると、ファフニールは少しだけ目を細めた。


「……そうか。なんだ、もう死んだのか。人間の一生とは、瞬きのようなものだな」


 その言葉には、寂しさよりも、種族的な「時間のズレ」が滲んでいた。

 まるで、数百年生きることが当たり前の存在が、短命な生物を憐れむような。


 その時だ。

 ギルバートの懐で、通信用の魔道具がけたたましく鳴り響いた。


『おいギルバート! 大変だ! 魔物の群れが帝都に向かってる!』


 クラウスの緊迫した声だった。


「なんだと!? さっき逃げていった連中か?」

『そうだ! どうやら、帝都から放たれた「凄まじいプレッシャー」に怯えて、パニックを起こしてるらしい! 窮鼠猫を噛む勢いで、死に物狂いで突っ込んできてるぞ!』


 ギルバートは戦慄し、チラリとファフニールを見た。

 原因は間違いなく、先ほど彼女が放った「龍圧」だ。あれに当てられた魔物たちが、恐怖のあまり暴走し、逆に発生源である帝都へ特攻を仕掛けてきたのだ。


「くっ、迎撃を……!」

「……騒々しい」


 ファフニールが呟いた瞬間。

 彼女の姿が、掻き消えた。


「え……?」


 見上げれば、彼女は遥か上空に浮遊していた。

 眼下には、外壁に迫りくる魔物の大群。数百、いや数千はいそうだ。

 だが、ファフニールは杖を構えることも、魔法陣を展開することもしなかった。

 ただ、短く息を吸い――吐いた。


「フッ……」


 瞬間。

 帝都の上空を「暴風」が駆け抜けた。

 それは魔法ですらない。純粋な衝撃波。

 魔物の群れは悲鳴を上げる間もなく、枯れ葉のように遥か彼方へ吹き飛ばされ、霧散した。


『……し、信じられん。反応が全部消えたぞ……』


 通信機から、クラウスの震える声が聞こえる。

 ファフニールが、ふわりと地上に降り立った。

 着物の裾一つ乱れていない。


「い、今のは……風の極大魔法ですか?」


 ガンダールヴルが問うと、ファフニールは欠伸を噛み殺した。


「魔法? 違うな。今のは余の……ただの溜息だ」

「…………」


 ギルバートは言葉を失った。

 これが、神域の八賢者。

 これが、世界最強の一角。

 人間という枠組みで測っていい存在ではない。


「ヴィルがいないのなら用はない。帰る」


 ファフニールは興味を失ったように、スタスタと歩き出した。

 だが。

 ある一軒の店の前で、ピタリと足を止めた。


「……ほう?」


 そこは『フクロウ亭』だった。


「ヴィルの残滓を感じるな。独特の魔力の練り方だ」

「ええ。あそこには、ヴィルの孫娘がおりますじゃ」

「孫? ……少し見ていくか」


 ファフニールは気まぐれに、ドアノブに手をかけた。


     ◇


 カラン、コロン。

 ドアベルの音が響き、フクロウ亭に幼い客が入ってきた。


「あら? いらっしゃい。……迷子かしら?」


 店番をしていたリサとヨランダが声をかける。

 だが、次の瞬間、二人は動きを止めた。


 ブワ……ッ!!


 ファフニールが、極めて自然な動作で、その身に纏う魔力を解き放ったのだ。

 本能が警鐘を鳴らす。目の前の「幼女」が、絶対的な捕食者であると。

 ギルバートも、ガンダールヴルも戦慄した。これが彼女の「本気」だと思ったからだ。


 ファフニールは遠慮なく店内を見渡し、中央の椅子にふんぞり返った。

 そして、奥から出てきたソフィアを一瞥した。


「ふん。これがヴィルの孫か。魔力ゼロの欠陥品と聞いていたが……つまらぬな」


 初対面での罵倒。

 リサがムッとして言い返そうとしたが、声が出ない。プレッシャーに喉を潰されていた。

 だが、ソフィアは違った。

 彼女は怒ることも、怯えることもなく、じっとファフニールを見つめていた。

 いや、正確にはファフニールの「お腹」あたりを、心配そうに凝視していた。


「待て。……小娘、お前、何が見えている?」

「あの……苦しくないんですか?」

「あ?」

「体の中にある『三つの巨大な魔力炉』……無理やり人の形に押し込めてますよね?」


 ソフィアは、職人として純粋な疑問を口にした。

 魔力炉とは、魔力を生み出す仮想臓器のことだ。無論、通常は一つしかない。

 そして実在しない器官ゆえに、当然、人間には視認できない。

 そう、ただの人間には……だ。


「それに、そんなに魔力を制限して、窮屈ではないのですか?」

「!? そ、ソフィ……ファフニール様は、魔力を制御しているのか!? 今も!?」

「? ええ。本来の魔力量の、一割もいかない程度かなと……」


 誰もが怯えてしまうほどの魔力量。

 それですら、極限まで制御しての……これだというのか。


 店内が、静まり返った。

 ギルバートも、ガンダールヴルも、息を止めた。


 ファフニールの瞳が、驚愕に見開かれた。

 頬に、冷や汗が一筋伝う。


「……小娘。貴様、余の擬態を見抜き、竜の心臓(ドラゴンハート)を視たのか?」

「ああ。竜の方でしたか。それなら……納得です」


 そう、彼女の正体は古竜エンシェント・ドラゴン

 大賢者ガンダールヴルですら欺く完璧な擬態。それを、魔力ゼロの少女だけが見抜いたのだ。


「! 大師匠様……竜だったのでございますか?」


 ガンダールヴルですら驚愕していた。

 直近の弟子である彼ですら見抜けなかった真実。それを見抜いたソフィアは、人類初の快挙と言えた。


 ファフニールの口元が、ニヤリと歪んだ。


「ククク……面白い。八宝斎の血は死んでいなかったか」


 彼女はソフィアを指差し、傲然と言い放った。


「仮合格だな」

【作者からお願いがあります】


少しでも、

「面白い!」

「続きが気になる!」

「更新がんばれ、応援してる!」


と思っていただけましたら、

広告の下↓にある【☆☆☆☆☆】をタップして、

【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!


皆様の応援が、作品を書く最高の原動力になります!


なにとぞ、ご協力お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
多分結構前からですが名前の表記ゆれがどっちが正しいのか気になる。 ①ガンダールヴ ②ガンダールヴル 多分最初は②だったはず。1章終わり位に①の名前が出てきて「誰の話?」と疑問に思った記憶が。 ちなみ…
チンピラ消し飛んだか…
うん。名前からしてそう思ってた。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ