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ワーホリ後宮薬師は変人皇帝に溺愛されたくない   作者: kiyoaki
第二部

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第122話 屈強な男だけを昏倒させる魔の道<一>

 さて、古代から近代に至るまで、戦士たちはこぞって鉄の鎧や剣を身にまとい、その重さと頑強さをもって己の強さと威厳を誇示したものだった。

 しかし、地球という巨大な磁石の上で鉄の塊を着込んで歩き回る行為が、いかに目に見えぬ力の干渉を受けやすい状態であるかは知る由もなかった。

 そのため、屈強な男たちが次々と謎の力で引きずり倒されるという、実にオカルトチックな事件が幕を開けることになるのである。


 ことの起こりは、朝廷の政務を司る「外廷」の宮殿群における大規模な改修工事であった。

 宮殿の顔とも言える無数の柱を鮮やかな朱色に塗り替えるため、地方の鉱山から大量の顔料が運び込まれることになった。

 本来であれば、朱墨や塗料の原料となるのは赤い辰砂(しんしゃ)赤鉄鉱(せきてっこう)(ベンガラ)なのだが、手違いかあるいは悪徳商人が納入品をごまかしたのか、外廷の資材置き場に山と積まれたのは、赤というよりは鈍い黒光りを放つ「黒い石」の山であった。

 現場の役人たちは「これを細かく砕けば、少し暗めの渋い朱色になるだろう」などと適当なことを言って、黒い石の山を野ざらしのまま放置したのである。


 事件は資材置き場のすぐ横を通る「衛兵の交代ルート」で起きた。

 宮城の警護を担う衛兵たちは、国軍の中でもえりすぐりの大男たちである。彼らは分厚い鉄の甲冑に身を包み、腰に重厚な鉄の剣を佩き、兜を被って隊列を組んで行進する。

 その威風堂々たる姿は、女たちの密かな眼福でもあったのだが……。

「ぜぇっ……はぁっ。なんだ、身体が……」

 資材置き場の横を通りかかった瞬間、先頭を歩いていた小隊長が突如として呻き声をあげ、膝をついた。

「隊長! いかがなされました」

 駆け寄ろうとした部下たちも見えない泥沼に足を踏み入れたかのように動きを鈍らせる。

「馬鹿、来るな……。か、身体が重い。見えない手が、俺の首を……ぐっ!」

 まるで屈強な兵士たちの身体に、突如として見えない何かがのしかかったかのようであった。彼らは一様に顔を蒼白にし、冷や汗を流し、激しい立ちくらみと吐き気を訴えた。

 そして、何かに引きこまれるようにその場に倒れ伏し、泡を吹いて失神してしまったのである。


 最初は、食中毒か何かの類だろうと思われた。

 しかし、翌日も、その次の日も資材置き場の横を通る衛兵が、次々と原因不明の立ちくらみを起こしてバタバタと昏倒していく。

 彼らの証言は一様に不気味であった。

「見えない大きな手に、鎧を掴まれて引きずり込まれるようだった」

「胸が締め付けられ、喉が詰まるような感覚があり、気が遠くなった」

「目玉の裏側を、直接引っ張られるような眩暈や吐き気がした」

 たちまち外廷は「未知の疫病の発生か」あるいは「無念の死を遂げた怨霊の呪いか」と大パニックに陥った。

 祈祷師が呼ばれ、資材置き場に向かって祈祷したりお札を貼ったりしたが、効果は全くなかった。


 この騒動には一つだけ奇妙な特徴があった。

 倒れるのは、決まって「鉄の甲冑を着込んだ屈強な男」だけなのである。試しに非武装の文官が歩いてみたが何も起こらない。

 女官たちや小間使いの子供が資材置き場のすぐ横を通り抜けてもなんともなく、ケロリとした顔で「ただの石の山ですけど?」と首を傾げるばかりである。

「女子供は無事で、屈強な男だけを狙い撃ちにする呪いだと?」

「なんという恐ろしい悪霊だ。男の精気を吸い取っているに違いない」

 噂は尾ひれに背びれ、さらには翼まで生やして宮中を飛び回り、ついには「資材置き場には、若い男を喰らう淫靡な女の妖怪が住み着いている」というどこぞの三流怪談のような話に発展してしまった。


 怪しげな噂が宮中を席巻する中、太廟で恒例の祭祀が執り行われることになった。これに出席するため、皇帝・景雲は重臣たちを引き連れて出向くことになった。

 その順路には、例の呪われた「資材置き場」の横の道が含まれている。側近たちは「呪われた道を避けるべきだ」と進言したが、景雲は一笑に付した。

「馬鹿馬鹿しい。迷信や怪談の類で、皇帝たる余が道を迂回するなど天下の笑い草だ。過労か気の迷いであろう」

 景雲は皇帝の威儀を正すため、見事な装飾が施された鋼の剣を腰に佩き、堂々たる足取りで太廟へ向かった。


 行列は粛々と進み、問題の黒い石の山まであと十歩というところまで来た。

「ん?」

 景雲の腰のあたりで、突如としてカタカタと奇妙な音が鳴り始めた。見れば、鞘に収まっているはずの鋼の剣が、まるで意志を持ったかのように、鞘の中で激しく振動しているではないか。

「陛下、剣が!」

 側近が叫ぶと同時だった。

「ぐっ……!」

 景雲の顔から血の気が引いた。

 衛兵たちが口々に語っていた「見えない大きな手」の意味を、彼はこの時己の身をもって理解した。

 首を絞められるような圧迫感。胸が締めつけられ、息ができない。

 腰の剣は、何者かに引っ張られるような強烈な力を放ち、景雲の重心を崩した。それだけではない。目の裏から脳髄を直接揺さぶられるようなひどい吐き気と眩暈が襲ってきたのである。


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