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蒼緋伝〜蒼と緋色の忘却  作者: Shing
蒼と緋色の忘却
18/50

Oblivion Episode 18 異邦

アリエル公国各地を回る旅も終盤の3週目に入ったある日。

流転の街、【オラクル】。

ここは世界各地に点在する異界の門の中でアリエル公国領内に唯一存在する街として知られている。

ファルタザードからも然程遠くはないこの街には、どこかこの世界のものとは思えないような異国情緒が微かに存在する。

地理的にも近いはずが意外にも蒼の公子はほとんど足を運んだことがなく、こうしてゆっくり散策できるのは初めてに近い。


蒼の公子「何だか違う国に来た錯覚すら覚えるな。」

緋色の少女「あそこに見たことのない武器が安置されています。槍の一種、でしょうか…?」


緋色の少女が指し示したのは、長い柄が特徴の先端に刀身をあしらえた槍状の武器。

アリエルのみならず各国におけるこの類の武器は、純粋に突くタイプの槍と、片側に斧の刀身を持つ振り下ろすタイプの槍が一般的だ。

この武器はそのどちらにも属さず、その形状から薙ぎ払うような扱い方をするのだろうか。


老人「薙刀と、呼ばれているそうですな。」

蒼の公子「なぎなた…?」


オラクルに住む年老いた男性が、他所から来たであろう蒼の公子達を見かけるや説明してくれた。

聞いたこともない名前に、2人は首を傾げる。


老人「長いリーチを誇り前方の敵を纏めて文字通り薙ぎ払う攻撃に適している武器だとか。だが扱いが難しく、これまでに薙刀を扱った兵法家はいない。そこに安置されているのは、今から約150年前に異界の門から流れ着いた物と言われておる。この街には、そういった門の先からやってきた物が流れ着くことがあるのじゃよ。」


今はただのオブジェとして佇んでいる門のある方角へと目を見遣る蒼の公子。

ここから少し離れた街外れの丘にある。

この街が妙に異様な雰囲気を漂わせているのは、門から漂流してきた物であったり別の何かが影響を齎した痕跡なのだろうと、2人は解釈した。


老人「しかし…今から8年前、不思議な出来事が起こりましてな。」

蒼の公子「不思議なこと?」

老人「うむ。ある晩、異界の門のある方角から光が射したのじゃ。異変に気付いた街の衆が周囲を調査したのだが、結局何も出なかった。あれは何だったのじゃろうかのう。」


あの夜の出来事を今一度引き出そうと記憶を呼び起こすも、年月が経過した今何か答えが得られるはずもなかった。

しかし実際に起きた現象として、この街に残る異界の門に纏わる逸話は、いずれも謎のヴェールに包まれている神秘的な印象を抱かせるには十分であった。


老人「っと、最後につまらない話してしまったな、すまぬの。せっかく街に寄ったのじゃ、気になるなら見に行ってくるといいぞ?」

蒼の公子「はい。貴重なお話、ありがとうございます。」


街に纏わる伝承を住民から聞いた2人は、アイリと共にオラクル郊外にある異界の門を目指して歩を進める。

距離はオラクルからは然程離れておらず、郊外の草原に佇んでいる。

異界の門はオブジェクトとしては寂れており、観光名所になっているわけでもない。

ただの忘れ去られた遺跡のように道中人気がなく、風に靡かれる草原の音を聞きながら程なくして辿り着く。

しかしそれまでの予想に反して、ただ一人、異界の門を見つめる者がいる。


蒼の公子「!下がって、___。」

緋色の少女「!」


蒼の公子が緋色の少女を背後に回し、様子を伺う。

彼が急に臨戦態勢を取ったのは、距離が離れていても肌に伝わるその人物の強者の風格によるもの。

戦いでも彼の隣に立つことを望む緋色の少女も、その配慮を否定するような真似はしない。


蒼の公子「?こんな所に人か…?」


2人と彼らの連れる一匹の狐に気付いたその男は向き直る。

近くで見ると、オラクルの住民以上に見慣れない風貌だ。


??「あんたは…」

蒼の公子「異邦の者と見受ける。私はアリエル公爵家の嫡子、___。今は各地を周遊している。」

??「…そう易々と身分を明かさない方がいい。俺だからいいものを。」

蒼の公子「正体を偽って接近しては、公爵家の名折れだ。」

??「…身分に違わず、肝が据わっているな。」


蒼の公子の毅然とした態度にむしろ好感を持てたその男は、正体を知った後でもたじろぐことなく相対した。

とりあえず敵意はなさそうだ。

ならこちらも相応の礼儀を示さねば失礼というもの。


シング「そう身構えるな。俺はシング。遠い地から来たとしか、今は言えない。」

蒼の公子「…そのようですね。草原の民とも違う装束というだけで疑ってしまい、私からも謝罪を。こちらは___。」


蒼の公子の紹介を皮切りに、得物を手にしていた腕を収め緋色の少女も警戒心を解いた。

何をもって蒼の公子はシングを敵性がないと判断したか。

お人好しというだけではない、人の本質を判別するような両眼が、全てを物語っている気がする。


シング(何だあの娘…特徴的な背中と銀髪の子…見たことがない。)


一方の緋色の少女は天女と称するには語弊があるだろうが、その女性は蒼の公子から一歩引いた位置で様子を伺いながらも、いざという時には彼よりも前に飛び出すような、絶対に彼を守るという強い意志が感じられる。

蒼の公子の方も彼女に譲らないような、その佇まいからこの国有数の強者であるに違いないだろうが、どちらかというと緋色の少女が彼を僅差で凌駕していると、直感が告げている。

そんな2人がタッグを組んでいる事実を、シングは冷静に分析する。


シング(まさか、こんな場所でこれ程の者と会うことになろうとはな。)


敵に回すと敗北は目に見えている。

シング自身も守るべき者のため鍛錬を重ねてきたが、世界が変わると上には上がいると痛感する。

幸いにも敵対関係にはなく、取るに足らない分析でしかなかったが、不思議と悔しさはなかった。


蒼の公子「ここで何を?」

シング「主君の命により行動しているとだけ。だが、この国に危害を加えるつもりはないとは言っておく。」

蒼の公子「密命か…」

シング「信用するのか?」

蒼の公子「十分さ。我が国に仇なす者でないとわかれば。むしろ使命を軽々しく明かす者の方が軽率でいけない。」


この男、面白い。

誠実と正直さが前面に出て、人を惹きつける力がある。

人を疑わないわけではないのだろうが、一度信じるに足ると判断すると一切の勘繰りをしない。


シング「…あんたんとこの主は、いつもこうなのか?」

緋色の少女「はい。彼が信じるなら、私も信じる。人を導く力を持ちながら優しさも忘れない方です。」


有事の際以外は控えめな性格かと思いきや、緋色の少女は蒼の公子という人物について包み隠さず印象を打ち明ける。

彼のみならず緋色の少女までもが清廉な性格をしており、ますます興味が湧いてくる。


シング「俺だったら疑うな…だが、嫌いじゃない。」

蒼の公子「別に、無理にお互い歩み寄る必要はないさ。そうとわかれば、足は踏み入れない。」


適度な距離感を相手からも設けてくれて、話しやすい。

2人の人柄がわかったところで、彼らの足元にいる一匹の狐に目を見遣る。


シング(こいつ…まさか…)


当初こそ主に呼応するように威嚇していたものの、敵意がないと知るや様子を伺っている。

ただの飼い慣らしているペットに見えるようで、実のところは違う。

いざとなればこの小動物は、逃げるのではなく真っ先に苦難に立ち向かう、そんな雰囲気を醸し出している。

何かが引っ掛かる。

今まで見聞きした何らかの逸話が脳内を過った。


シング「この狐は?」

蒼の公子「彼女はアイリ。8年前に拾って以来私達と暮らすようになった、家族のようなものさ。」

シング(8年前…?)

蒼の公子(ん…?)

緋色の少女(あれ、8年前…?)


かつて主より聞かされたある騒動の話がより現実味を帯びた。

時期が重なる。

こんな偶然が成立するのかと、シングは驚愕した。

蒼の公子と緋色の少女も、つい先程住民から聞いた8年前に起きた不思議な現象を想起させた。


蒼の公子「どうかしたのか?」

シング「いや、考え事だ。(まあ…)」


しかし当のアイリは今やそんな騒動などなかったかのようにのびのびと暮らしているようだ。

この狐にとって信頼できる主が2人いて、彼らからは家族のように可愛がられて…

何も知らない方が一番であろう。

しかし、8年となると人間と同じように狐も心身共に成長していく。

このまま何事もなく変わらない関係が築かれるとも限らない。


シング「忠告しておく。近いうちにお前達の家族は、何らかの変化を遂げるやもしれん。」

蒼の公子「変化?」

緋色の少女「貴方は、アイリのことを何か知っているのですか?」

シング「さて、な。俺の元いた場所に纏わる逸話が気になった。確証は持てないから概要は伏せるが、悪いことばかりが変化ではない。その時が来ても、変わらず接するがいいさ。」


真意は煙に撒きながらも助言するシング。

顔を見合わせた2人はアイリを見遣るも、当の彼女はどこ吹く風でそんな変化すらも感じさせない。

アイリの頭を撫でるように叩いた後で立ち上がったシングはこの場を切り上げようと、その場を立ち去ろうとする。


蒼の公子「これからどこへ?」

シング「俺の任務はまだ終わっていない。何、あんた達の障害にはならない。」

蒼の公子「なら、王都ファルタザードを拠点に構えては?ここからそう遠くもない上に、貴方程の手練れを歓待しないわけにもいかない。」

シング「おい、流れ者の俺を監視下に置こうというようにも聞こえるぞ?」


悪い申し出ではなかった反面、何か裏がありそうですかさずカマをかけるシング。

すると蒼の公子は指摘されてそこで自覚したかのようにはっとして苦笑いを浮かべる。


蒼の公子「そうとも言えるかもしれない。私はいずれ訪れるかもしれない危機からこの国に住む民を守る義務がある。貴方は客人だが、仲間に引き入れればこの国を守る強大な力となる。どんな手をも使うさ。」

シング「へえ…?」


カマをかけたはずが、無自覚な魂胆を包み隠さず明かしてきた。

あまりの正直さに拍子抜けだ。

いずれ彼の統べる治世は、その誠実さと共に諸外国とどのような関係性を築くのだろうか。

その未来が見てみたい。


シング「(これも縁か…)常駐はしかねる。だが、呼びたい時は呼べ。手を貸すことはできよう。」

蒼の公子「ありがとう。またいつか…」

シング「フッ…」


曖昧ながらも返事を返したシングは、そのままその場を立ち去った。

謎に満ちた人物だ。

特定の拠点を構えず、一人独自の任務に就く。

蒼の公子の申し出は一部断るも、不思議と信用に足る。


緋色の少女「また、会えるでしょうか?」

蒼の公子「わからない。主に恵まれている印象を持ったかな。無理強いはできないけど、知らないところで加勢してくれてたりすることもあるのかもな。」


どことも知らぬシングの故郷を治める者を好意的に評価した蒼の公子は、緋色の少女と共に彼の背中が見えなくなるまで見送る。

彼は近いうちにアイリに何らかの変化が起きるのではと予言した。

何かを知っているようだが、確信が持てなかったため多くは話さなかった。

仮に彼の言うことが真実だとしても、2人は大切な家族を変わらず愛そうとアイリを見守るのだった。

・アリエル公国

緋色の少女…戦乙女 Lv31

蒼の公子…ノーブルロード Lv31

アイリ…?? Lv⁇


・異邦の国

シング…密偵 Lv30



【専門用語】


・異界の門

この世界で各国に点在するとされる、もう一つの世界に通ずるとされるオブジェクト。誰かが管理しているわけでもなく、その扉は固く閉ざされている。

確認されているのは全部で5つ、それぞれアリエル公国、キルリス草原、エクノア王国、ウルノ帝国、ノーレ帝国に点在する。伝承によれば扉の先に行ったまま帰ってこなかった、或いは見聞きしたものを持ち帰り戻ってきたという逸話が残されているが、記録として整合性が取れたわけでもない事から、当時はフィクションとして扱われることが多かった。

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