Ep.14 第二隊結成の思惑 ー 序章 ー
不動と名乗った男は二人の間から分厚い手を差し出し、銅に握手を求めた。
うさぎの被り物と同じ、真っ白で毛深い手袋をつけた手は、見た目通り暖かく触り心地が良かった。
「二人の言うことに耳を傾けることはない。それはそうと銅殿。君を見たのは初めてだが、君は戦闘班なのか?」
声色は落ち着いていて、凄みと穏やかさが滲み出ている。不動は単純に疑問を口にしたようだが、いきなり痛いところを突かれた銅は、内心滝の汗を流しながら、努めて笑みを浮かべた。
「? どうした」
不動の問いかけと共に、白うさぎの表情が変わる。
上がった眉が眉間に寄り、口角がへの字に曲がった。まさに怪訝を絵に書いたような顔つきだ。
うさぎの形相はどうやら、被り主の感情によって変化するらしい。心做しか、ファンシーな目がキラキラして見える。
「い、いえ、俺は技術班上がりなんスよ。旧技術研究担当なので、不動さんとは初対面と存じます……」
「そうだったのか。にしても、世界指揮官の下で働くなんて凄いな」
「てゆーかぁ、旧技術ってことはいわゆるオタク君ってことだよね。あれ? ねぇねぇ右璃、オタクってそーゆー人を指す言葉だよね?」
「うんうん、オタがね君ってことだねー」
「で、オタがね君はどんな面倒事抱えてんの? 技術班から第二隊に飛ばされるなんて」
「クッッ、オタクなのは否めないんで、この際それでもいいっス! でも面倒事って言うのは、何のことか検討もつきません!」
大門ズは相変わらずニヨニヨし、意地の悪そうな顔で銅を見上げている。銅も負けじとしらを切り通し、まさに膠着と言える状態になり始めた。
そんな状況を悟ってか、不動は大きな咳払いをした後、大門ズの頭に白い手を置いた。
「二人とも、初対面の人間には敬意を払うべきだ。重ね重ね悪いな。銅殿も湯冷めしてしまっては大変だろう。部屋に戻るといい」
「ああ、気にしないでください。じゃあ俺はここでお暇しますね」
不動の助け舟によって銅はこの場から解放され、二つの視線を感じながら階段をかけ上る。
廊下の気温はそこまで低くなかったが、突然の尋問に体が冷えたのは確かだ。一つ身震いをした銅は、大急ぎで部屋に入った。
▽
――21××年春 戦鋭第二隊(別名:世界部隊) 結成日
W.Rの本部基地にある第一会議室にて、上層部の人間がこぞって集まり、テーブルを囲っていた。
「今回は調査という調査を重ねた。今日にでも第二隊を結成すべきだ」
白髪頭を丸めた頑固そうな男が、中心の椅子に座る、髭を蓄えた男に視線を向けて進言した。
皆の視線を一身に浴びるこの髭男――矢櫨が、どうやらこの中のトップらしい。
「しかしリスクも高く、使える人材も限られている。これで失敗すれば、今以上に他国のW.Rや世間にまで避難されてしまう」
矢櫨が発した言葉に周りは口を閉ざし、場にはしばしの沈黙が流れた。多種多様な中年たちが一様に肘をついて項垂れる様子は、かなりシュールである。
それからたっぷり二分経った頃、やっと一人が声を上げた。
「この際ですから、世界上級長に任せてみてはどうでしょうか」
中年と呼ぶにはまだ少し歳若い男。細く釣り上がった目に、片方だけ長い前髪。いかにも悪知恵を働かせそうな男は、口角を上げながら周りの人間に目を配る。
「波勢元、それはどういう理由だ?」
「はい。今回の任務遂行は二回目ということで、ミスは許されません。しかしリスクと成功率は反比例状態です」
ここで一旦言葉を区切り、仰々しく頭を垂れる。まるで世紀の大発見を発表するかのように、重く息を吐いた。
「そこで、彼のような異端分子を中心とした表向きの班を作り、何か起きた時には指揮官らしく責任を被ってもらえばいいんですよ。勿論、遊撃隊という形で本命部隊は別途準備してね」
波勢元が話し終えると、周囲から小さな歓声が上がった。
「任務中にもCに関する調査は続けるので、成功率は徐々に上がります。この任務は絶対完了させなければいけないので、遊撃隊のみならず、裏で動いてもらう戦闘班や偵察班を作りましょう。そうすれば厄介者の排除に加え、我々の地位は強固なものになるはずです」
「ふむふむ。そうだな、それはいい考えだ。私はその意見に異論はないよ。他の皆様はどうですかな?」
隣で腰掛けていた腹の出た男が、波勢元の意見に賛成すれば、続々と他の者も賛同していく。
その光景を見ていた矢櫨は、目を瞑りながら一つ頷いた。
「この件は慎重に進めなければならない。とは言え、これは我々にとっていい機会かもしれないな。……よし、世界上級長を呼ぼう。それと、遊撃隊や偵察班は追追決めていく。この会議は極秘裏に」
話は終わりとばかりに言葉を切った矢櫨は、ドアに一番近い男へ目配せをし、世界を呼ぶように指示を出した。
* * *
「本日付けで、貴殿らを戦鋭第二隊隊員に任命する」
「「「「はっ!」」」」
直立不動の月輪、美狼、千坂、遊馬は、世界の言葉に威勢よく返事をした。皆いつになく真剣な表情で、場の空気は張り詰めている。
「これから二ヶ月の間、専門技術を磨いてもらう。知っての通り、この任務は一度失敗に終わっている。お前らには、より気を引き締めて訓練にあたってもらいたい」
濃紺の軍服に金のバッジを光らせ、自身の前に立つ四人に鋭い眼光を向ける。
「二ヶ月後、君たちは過去へと送られる。長期間の任務になることが予想されるが、今のところ不特定要素が多い。その為、彼にも同行してもらう」
彼、と言って右後ろを見た世界の視線の先、ニコリと笑う隻眼の男性が立っていた。
つい先程まで気配など一切感じていなかったが、ここで初めて存在感をはっきりさせた。
「初めまして。戦闘班の一路 大凱です。皆さんの補佐や連絡係、治療メンテナンスなどが主な仕事ですが、Cに関して多少の知識もあるので、役に立てばと思っています」
世界より少し年上なのだろうか。落ち着いた雰囲気と柔らかな話し方は、四人が知る戦闘班の人間とはタイプが違った。
一路が簡単な自己紹介を終えると、視線は再び世界に集まる。
「よし。では今日からの予定を簡単に説明する。後から詳しく連絡はいくが、とりあえず頭に入れておいてくれ」
それから世界は、今後の流れと注意事項を淡々と述べ、一通り説明した後そこで解散となった。
訓練は基礎体力の向上から始まり、一週間後には戦闘特化訓練として各々の武器が与えられ、技術を磨き始めた。
更に一ヶ月を超えてからは、戦闘用ロボットとの模擬対戦、仲間内でのマンツーマン勝負など、戦闘に重きを置く訓練がスタートした。
元々戦闘班として訓練していた四人は、新たな武器もすぐに使いこなしてみせた。
とは言っても、決して容易ではなかった日々を乗り越えてきた第二隊の面々。そんな手練の彼らでも、ただ一つ苦戦したことがある。四方部隊との演習だ。
上層部(古株)の本命である遊撃隊は、言わばエリート組とされる人たちの集まりで、悔しいことに素質と強さを兼ね備えていた。
ただでさえ、第二隊への態度が上から目線だというのに、美狼以外勝つことが出来なかったのだ。
その結果、二組の溝はより一層深まってしまった。
遊撃隊の四方部隊には五人が所属している。
リーダーである不動は十年以上戦闘班の第一線で活躍し、副長の黒巻 海は医療班上がりの天才策士と言われている人物だ。
他の三人、双子の大門ズと蛇狂も若くして戦闘班のトップに立つという、まさに生粋のエリート集団。
任務遂行の五日前、三度目であり、最後の演習が行われた。
第二隊 対 四方部隊。
千坂と黒巻、遊馬と大門、美狼と蛇狂、そしてリーダー対決。相手のギブアップもしくは可視化された体力が十を切ると勝敗が決まる。
演習前、第二隊メンバーは世界に言われたことを思い出していた。
「いいか。目の腐った上層部は我々をひよこだと思っているようだが、我々は強者である鷹だ。羽をもぎ取ろうとする連中は先に潰せ。この演習で結果を残せとは言わないが、勝っても負けても口角は上げていろ。上の連中に舐められるような戦いだけはしないように」
第二隊指揮官に任命され、すぐに狸爺たちの魂胆には気づいていた。しかしこの任務は、世界にとってのチャンスでもあったのだ。
それは第二隊の面々にとっても同じことで、この任務はある種の賭けだ。それぞれの目的に近づけるかどうかの。
言葉の真意を正しく汲み取った四人は、気を引き締めて演習に臨んだ。
一試合目は副長同士の対決。お互いが使う武器の相性や、無駄ない戦略による腹の探り合いの結果、千坂が僅差で白旗を上げた。
二試合目は遊馬と双子の兄、右璃。序盤は技同士での互角な勝負だったが、次第に接近戦や肉弾戦が混じり始め、それを得意とする右璃に軍杯が上がった。
三試合目の美狼と蛇狂は、特に戦闘特化型だった。初っ端から蛇狂の正確な技とステルス。最初は戦い方を探っていた美狼だが、蛇狂の動きが読めた瞬間、遺憾無く強さを発揮して勝利を収めた。
最終試合であるリーダー対決は、長いこと白熱していた。月輪も不動も性格が似ているのか、戦闘術も真っ直ぐパワフルだった。単純な力では月輪の方が若干強かったが、不動の長年に渡り培われた戦闘スキルは一級品で、最後まで勝敗はつかなかった。
銘銘がいい戦いっぷりを見せた結果、一勝二敗一分と手放しには喜べない戦果だったが、確かな手応えと大きな収穫もあった。
個々の戦い方の癖や協力で生まれる繋り攻撃、攻撃の強化やスキルアップなど。
最後の演習は、自分たちを奮い立たせる更なる材料になった。