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「うーーーしゃーー!みんな梳き終わったど~~!!」
そう言って私は大きく伸びをする。
地面に座ってみんなの毛を梳いてもう3時間ほど経っただろうか、しかしもう習慣になっていたのでそれほど苦ではない。
しかしそれでもまだ慣れないことはある。
「よーし、退こうか元~」
臣、燈心そして元育を地面に座って長い時間梳いているので、腰は痛く、膝には元育が乗っているので痺れてくる。
そう言った私の言葉に素直に従ってくれた元育、しかし私がよっこらせと立ち上がると次は抱っこをせがんできた。ネイビスさん達の訓練にしごかれてきた私だがこれも中々にいい運動だと思う。
燈心は変わらず私の肩に、一方の腕はブラッシングの道具でふさがっているので臣は頭の上に乗っている。
この光景もメイドさんたちは慣れたようで、今ではそんなにびっくりしなくない。
牡丹にじゃあまた明日ね、と言いながら一撫でし私は元育を抱き上げた。
ブラッシング道具をカノンさんに渡す、すると腕が空いたと判断した臣は腕に降りてきた。
この動作も慣れたもので、今では動きが洗礼されている気がする。
―――
「―聞いた?どうもこの家に子供が来るらしいんだけど」
「あぁそれね…聞いた、何でもグエル様の血縁者にあたる子だとかなんとかで」
―次はネイビスさんたちとの訓練の時間だと思って今日は何をするのかと考えていた時、その会話が聞こえた。
―やっと来たか、と私は思う。
―何故、脱走計画を思っていながらまだこの家に居るのか。
それは今の会話に関係していることなのだ。
私は悪役令嬢である、そう悪役令嬢。
もう12歳の立派な人間にまで成長した。
今から我が家に来る子は、私がこの年になって迎えられる予定の子供なのだ。
―その子の名前は『ソイック・フォン・グランツェ』。
私の弟になる子だ。
その子は少し複雑な出生をしていて、私の父親の兄弟、伯父にあたる人がその子の父親なのだ。
叔父は昔、この家の跡目を継ごうと私の父親とドンパチしていた。
伯父は婚約者も居て順調んs暮らしをしていた。
しかしある日、仕事で汚職をしていたことが発覚する。
そのことで後継者争いに敗北。婚約者とも結婚を破棄し、もうこの国には居られないと遠くの地へ逃亡したのだった。
しかし伯父はそれから運命的な出会いをする。
逃亡中、伯父がたどり着いたのはケモノビトが暮らしていた土地であった。
怪我をしていた伯父はそこで助けてもらった女の人と恋に落ちる。
それからというもの、付き合い始め、愛が深かった二人は結婚するのに時間はかからなかった。
しかしケモノビトは人間のことをよく思っていなかった。
周囲から反対されていたが、それでも二人は子に恵まれ幸せに暮らしていた。
しかしここで事件は発覚する。
伯父はその結婚相手に自分の素性を話しておらず、結婚後に自分の素性をバラしたのだ。
しかし、いざ話した時、それは言ってはいけない事実だった。
伯父の家系は代々、武力を振るって地位を築いたこともあった。
昔、ケモノビトが住んでいた土地を人間の都合で追い出してしまったことがある。
そのケモノビトは婚約者の人の集落の事だった。
当然それは争いに発展した。
激しい戦いの末多くの生き物が死んだ、そして最悪なことに、犠牲になったのはその結婚相手の実のお父さんだったのだ。
事実を聞いた妻は涙を流す、でもその結婚相手は、それでもあなたのことを愛していると言った。
しかしその話を聞いていたものが居た。
村人の人だった。
当然村人全員激怒。
この村を出ていけを言われた。
人間を良しとしていなかった村人は伯父とソイックを殺そうとする。
この時ソイックは8歳。
人間の血が混じっているという理由で村の子供たちから虐められていた。
この後命からがら息子と逃げたが、残念なことに頼る相手が居なかった。
そして2年後、再び村に戻ると決意する。
結婚相手を連れ出そうとしたのだ。
しかし結婚相手は死んでいた。
死因はうつ病。『あの男と結婚なんかしたから』などという言葉を毎日浴びせられて衰弱していったと作中に書いてあった。
絶望に打ちひしがれた伯父もやがて病にかかる。
このままでは自分は死ぬだろう、と悟った伯父はどうにかソイックだけでも生きさせたいという父親の願いの元、手紙を書いた。
ソイックと一緒にグランツェ家に向かう途中、運悪く、盗賊に襲われる。
弱っていた体で十分に抵抗できるはずもなく、伯父は捕まり惨死。
ソイックはケモノビトだったのでその脚力を生かし、その場から逃げることができたのだった。
そして無事に手紙と一緒にソイックがグランツェ家に来る。
手紙を見た私の父親は、それが伯父のものであると判断し、遺言というだけあってこの家で引き取ることにしたのだった。
―しかし、跡目を争いや、グランツェ家に汚名を被せた相手の子をいい待遇で迎えるはずもなかった。そして不幸なことに、人間ならまだしもソイックはケモノビトである。この国はケモノビトを奴隷として扱う人間も少なくない。
その事からソイックはメイドからもいじめを受け、それに目を付けたミッシェルも追い打ちをかけるのだった。
―ここまで振り返ってみたが、作中のソイックは明るくてほわほわしたキャラクターであった。
よく性格がねじ曲がらなかったと感心する。
きっと両親のことを心の支えにしていたんだろう、と考えた。
そして、それから主人公ちゃんと恋に落ち、夜の星空の元、結婚を申し込むのであった。
―しかしそこで私は思ったのである。
先ほど思い出した通り私は悪役令嬢。
主人公ちゃんとの絆を深めるためにはミッシェルが必要なのである。
ソイックは暗い過去を持っていて、主人公ちゃんも元庶民というだけで学校でいじめられるのだ。
そのことを、大丈夫かと気に掛けるようになり、ソイックは主人公ちゃんとの距離を縮めていくのだった。
―うん、まぁ、暗い過去の方は良いとしよう。
しかし問題は違うところにある。
『―――そこは夜空。
高く伸びる丘に、楽しげな雰囲気を楽しみ、愛し合う男女が二人。そして、その二人を怒りに満ちた顔で見つめる女の人が一人。
空は、星々が生きいきと自己を主張し、見た者を引き込む。周りに人気はなく草木の擦れる音が耳を撫でた。
「僕は運命に出会った。一緒に生きてくれませんか?」』
この場面。
実はこの場所を知るきっかけになったのは私、いや、ミッシェルのせいなのだ。
ミッシェルはソイックをいじめる、それは度が過ぎるほど。
ある時ミッシェルが珍しく、ソイックを遊びに誘ったのだ。
しかしそれは罠だった。
そんなことも知らず、ソイックは、やっと姉が自分を認めてくれたのか、と胸をいっぱいにした。
連れて行ったのは崖の上。
真昼間に崖というのを不思議に思ったソイック。
そして事件は起きた。
ミッシェルがソイックを崖から突き落としたのだ。
そして、満足したミッシェルはソイックが死んだと思い帰宅する。
しかしミッシェルの思惑とは逆にソイックは生きていた。
死力を尽くして這い上ってきたソイックは空を見上げる。
もう空は暗く、しかし星々の輝きをその目に写し、誓った。
一生添い遂げる人を見つけたら、ここでプロポーズしよう、と。
ソイックが元居た村では、それこそ虐げられ嫌われていたが仲の良い両親には憧れを持っていたようだ。
小さいころ家族で見た星空に似ていた夜空を見てそう思ったのだろう。
…そう、私がしたいことはその崖に連れていくことだ。
昔は、最後のスチルが変わってもいいかな?とも一瞬考えた。
しかし、やはりここはストーリーに忠実にいった方がいいと思い家からは出ていかなかった。
「あの、ミッシェル様」
そう思案しているとカノンが道具を片付けてきたのか、話しかけてくる。
待っていたので、ありがとうとお礼を言い、行こう、と話しかけたが、なにやらもじもじしていた。
「ミッシェル様、グエル様がお呼びです」
グエル、その名前は今の私の父親の名前だった。
何のようなんですかね?とカノンさんに問うと
「どうやら、新しいご家族様とのことで」
と。
―きた。
この時を待っていた。
分かった、と言い、臣たちを部屋に戻し、身なりを整えた。
―父親の部屋へ行く途中、この家から逃げれる一歩手前になったからか、足取りが軽かった。




