私の知らない他校の制服 -第6回ー(全7回)
「ありがとうでした。じゃあ」
自転車に乗って去っていくユタカ。
緑色の檻から出て行く彼を、また目を凝らしてみる私。
私は、この動物園で居場所がない動物なんだ。
どんな例え話に世の中を当てはめてみても、それは結局、私が嫌いな”見た目でレッテルを貼る行為”でしかない。
D組の女子たちを、
初対面のユタカを、
大好きなラモを、
私は見た目で分かった気になっていた。
自分の黒い右手を見て、やはり石鹸を使って汚れを落としたくなり、校舎内に戻ることにした。
1階の流しで、”持ち出し禁止”と書かれた緑色の液体石鹸のポンプを押して押して押して、手を洗い続ける。
やっぱり油汚れは完全には落ちてくれなかった。
罪人はこんな気持ちなのかと水道を止めた。
中庭を挟んで、向かいの校舎の3階。
私のクラスの1年E組の廊下に、ラモが見えた気がした。
気がしただけで、私は走り出していた。
階段を登り、渡り廊下を走る。
息を切らして、E組の前の廊下に着く。
黄色いダンス部のTシャツ、黒いハーフパンツのラモは、自分のロッカーに鍵をかけ終えたところだった。
何を話すかは決めていない。
ただ全力でここまで走ってきた私を、いつもの声のトーンでラモは話しかけてくれた。
「先輩に返し忘れてた練習ノートさ、持ってきたのに、ロッカーに忘れちゃっててさ」
まだ私の息は整わない。
私はラモの手を引き、廊下を進み、1階に降りた。
「なになになに」
と、ラモは驚きつつもついてきてくれた。
どの道、月曜のダンス部の練習場所の体育館に戻る為には1階まで降りなければならないのだから。
やっと私は落ち着きつつあった。すっかりラモの手を放すのを忘れていた。
何でこの場所に来たんだっけ。
そうだ。
冷たいお茶が飲みたかったんだと、目の前の自販機を見て思い出す。
私はラモの手を放し、カバンから財布を取り出そうとした時、
「亜子。どうした?」
と、より一層やさしい声でラモは言った。
今。
やさしくされたら泣いてしまいそうだ。
空の雲は厚くなっていた。
小銭を自販機に吸い込ませ、緑茶のボタンを息を吸い込んで押す。
紙パックの冷たいお茶を取り出し、ラモに振り返った。
「昨日、ウチの近くでラモを見たよ。知らない学校の制服着てた」
「あ。…うん」
ラモはどこか観念した様子だ。
「アレは、お姉ちゃんの昔の制服。それ借りて着てた」
「なんで?」
「ゴメン。バイト。アングラっぽいバイトしてた。お姉ちゃん以外には誰にも言ってないけど、お姉ちゃん経由でお父さんにバレた」
他校の制服を着てやるアルバイトの内容は気になるものの、あれだけのスケジュールをこなしているのなら、ラモであっても部活がおざなりなるのは仕方ないと思った。
でも、アングラだと分かっているなら、私だってラモを止めたい。
「中野のお将棋カフェで働いてる。もう3ヶ月くらい」
お将棋って何だよ、将棋でいいだろと思ったが、そのバイトの内容までラモはきちんと私に話してくれた。
現役女子高生が、おっさんと将棋をするだけで、普通のアルバイトより短くたくさん稼げる。
客は、仕事終わりのサラリーマンや時間に自由な自営業の人が多いらしい。
9割くらいは父親と同じかそれ以上の年齢だと言う。
時間の無いラモにはちょうど良いけど、やはり普通のアルバイトでは無い。ラモも、それを自覚していたからこそ誰にも言わなかったのだろう。
「でも、お父さんにバレたからもう終わりだね、確実に。日払いだから、バックれても何も言われないらしいし」
今気づいたけど、ラモは私なんかより、よっぽど危なかっしい子なのだ。
あと一つ、念のために私はラモに聞いた。
「ラモのお父さんって、背ぇ、小さい?」
「うん、めっちゃ小さい」
とラモは笑った。
失礼を承知で、私も笑った。




