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愛を夢見た神々 / good bye, my friends その2



 外宇宙に来てから三万年近くが経った。さらに長い眠りから目覚めた俺はまるで昨日の続きをするかのように全員を起こし、そしてテメロム以外の三人にも基本人格を与え、集合させた。

 起きたばかりでまだ意識が定まっていないのかぼんやりとした状態の彼らの前で、ここに至るまでの経緯をかいつまんで告白した。俺はその際にポチの時代の地球人類滅亡の話をテメロムの目を見て慎重に話した。案の定、彼は非常に興味深く話を聞いていた。この時代を守りきることが最重要だということも付け加えると、とても興奮した様子で何度も頷いてみせた。

 最後に俺は四人に対して今後思うがままに行動してくれて構わないと言った。それは彼らの、クローンの人権を尊重するために出来る最大限の協力だった。

 どうせ危険が伴われるならば、危険な時にしてみようと思ったのだ。地球が危機に瀕しているだろうこの時まで眠り続けたのはそのためだった。



 告白した直後にテメロムが地球の危機を救いに行きたいと言ってきたのは少々出来過ぎだと感じたが、自分には既に拒絶する理由はなかったのでその場で了承した。そして彼に小型宇宙船の『テメロム専用機』の起動方法を教え、さらには肉体も返還することにした。この上なく喜んでいるようだった。



 MBとユキコは引き続きリンボルでの活動を続ける意思を示した。

 ただ一人だけ、エアは迷っているようだった。少し考えたいというのがその場での回答だった。



 それから数年が経ち、いよいよ地球周辺の異常を察知する。

 テメロムには内宇宙での行動に不備がないよう膨大な知識を吸収する時間を与えた。即座に現地へ行かないところは彼らしいとまで思うほど俺は彼との関係を密にしていた。いわゆる相棒のような間柄となっていた。


「そろそろ、行こうと思います」


 彼の隣にはエアが立っていた。時の流れの中で二人は恋をした、とまではいかないものの、心を通じ合わせる仲になっていた。どうやら地球に降下する者が一人増えたらしい。

 俺はそんな、より一層人らしくなったテメロムを力強く抱きしめた。

 彼もこの気持ちを即座に感じ取り『大きな身体』でしっかりと応える。


「エルノウ、あなたも酷なことをする」

「どうしてだい?」

「はじめからこの機会を窺っていたんだろう。地球人類保護のために」

「それはない。だけど、運命とはそう簡単に変わらないものさ」

「私がこうすることが、運命だとでもいうのか?」

「俺の記憶が確かならね。『あの時』、全部で四機しかなかったんだ」

「一機、足りないな。ということは、そういうことなのか!?」

「君ならやりかねないね。予備か本物の肉体をここに残しておけば人数だけでも確保はできる」

「心とは、不思議なものだな。俄然やる気が出てくるというやつだ。地球人を守りきれない運命を変えられるかどうか、今から楽しみだよ」

「名前は決めたのかい? テメロムではあの時代には合わないだろう。まさかそのまま突撃しようなんて思っていないよね?」

「心配はいらない。もう決めてあるよ」

「別れの記念だ。今ここで教えてくれ」





















「……ミスティリエ・ロマンズ・ローズだ。ただし、信じるかどうかはあなたに任せる。無闇な追跡はごめんだからな。それと、これは別れになるのだが次の再会を約束するための意思確認でもある。エルノウ、私は待っているぞ!」

「もちろん。君がよぼよぼになろうとも機械の身体を纏おうとも、犬のように吼えようとも、俺は必ず会いに行くよ。だから頼んだぜ!」


 テメロムとエアの乗る小型宇宙船がリンボルから射出される。外側が見えないので感動の景色とはならないが、それでもこの胸は強く締めつけられた。これが運命なのだとあらためて噛み締めながら……。


「……君だったんだね。そうか。君で本当に、よかったんだ。それでだね、俺ずっと物言わぬ機械の身体だったもんね。そりゃあ、名前も憶えてないわけだ」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 定期観測の結果が変わらないことを知った時の俺は舞い上がった。起こった出来事の全てを調べていたわけではないので決定的なところを見てはいないのだが、地球人と異星人は戦わずして和解することになったのだ。

 そのかわり異星人は停戦の条件として生き残った者達の受け入れを要求してきた。地球で生活をさせてくれと願い出たのだ。

 今回の一件の中心人物として活躍したテメロムは最終的にそれを受け入れた。ただし彼は譲歩するかわりに受け入れ人数の制限を設けた。異星人がそれに応じると、ほどなくして両者の意向は成立し事実上の終戦となった。



 これでポチの未来の方向に修正が加えられたことになる。あとはその先の時代、クリーツを俺が処理するだけとなった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 ……それから長い長い時を経て約五万年が経過し、ついにその時がやってくる。



 既に残りの二人にも未来のことを伝えていた。彼らはすっかりリンボルの生活に馴染んでいるようで、俺が知らない異常発生起因なども初期に至る前から対処できるほどの達人になっていた。まさにこの船の神が彼らだと言ってもいいくらいだった。

 そんな彼らが急に大事な話をしたいと言って俺を呼び出した。

 素直に操縦室へと向かう。疑念なんてものはとっくに捨てていた。


「自分達はこれからもここを守り続けたい。だから、この船をもう二度と内宇宙に戻せないようにしてほしい。あと、小型船の残りも全て抹消してほしい」


 詳しく聞くとこの船の問題は外部からの危険だけだということらしい。もう自分には追いつけない領域に達している彼らだからこその結論なのだと思わず感心してしまう。航行機能がこの船を不完全なものにしているとも言っていた。

 彼らの要望に対しそれについても好きにしてくれて構わないと答えた。そしてリンボル内の管理に必要な全ての暗号と操作方法を二人に開示した。そこまで教えなくてもいいという態度を示してくるところがなんとも愛くるしかった。

 とにかく俺にはもう必要のないものだった。縛りつけていたものが十万年という時を経てようやっと解き放たれようとしている。出立の際の小型宇宙船は当然必要になるが、他はもういらないだろう。


「あの……これ、あげる」


 いつも陽気なユキコが恥ずかしそうに手渡してきたものは、見覚えのある赤い石だった。内宇宙で慣れない身体の補助にと渡してくれたのだった。これは大事なものなのでありがたく頂戴することにした。



 二人に別れを告げた後、俺は彼らに見守られながら人型の専用宇宙船に乗り込んだ。実に五万年ぶりの感触だった、と言いたいところだがそのほとんどを眠ることに費やしてきたのでそれほど長くは感じなかった。

 それでも百年以上は触っていなかったと思う。やはり、懐かしいという言葉が相応しいのかもしれない。


「……まずは、クリーツの調査からだな」


 専用機がリンボルから突き抜けて、飛ぶ。

 無に飲まれないよう自動制御された反空間作用が機体全体に行き渡っている。

 異常もなく、順調だ。



 内宇宙に抜けた。この光景を見るのは何度目だろうか。そう思ってしまった。

 目の前に地球が見える。あの時と変わらない青く照らされる星。

 あの中に友人達が、待っているかもしれない。

 期待よりも不安のほうが大きかった。

 知っているのは、今回も俺だけだからだ。



 両腕に力を入れる。地球の重力に身体を馴染ませるために少しずつ機内の圧力を調整しながら降下する。

 無理な負担はない。空には雲が散りばめられていた。自分も雲の一つになる気分を楽しむ余裕もある。

 さらに速度を下げながら重力を調整していく。しばらくすると懐かしい大海が俺を出迎えてくれた。なにも変わらないその表情はこちらに向けて微笑みかけているみたいだった。



 ふとなにかが気になり空を見上げた。

 青い光の線が彼方を飛んで行ったような気がした。

 イルカだろうか。そんなはずはなかった。

 時を越えた幻視だろうか。去りゆく人の願いが見せた心なのだろうか。



 信じたかった。

 星の意思が選び取った未来が『人間』を許してくれることを。

 ……俺を最後まで見守ってくれることを。



 地上が見えてきた。

 我らの星は静かに佇んでいた。



 眼前に輝く地球は、

 父のように大きく、

 母のように暖かく、

 そして、子のように無垢だった。




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