真実はあの雲に乗って / view of the world impact
「あれ? おかしいな」
「どうした。道に迷ったか」
太郎は位置情報端末に表示してあったドラゴンの位置が消えたことに気づいて歩みを止めた。彼は瞬発的に最悪の事態を想像してしまうが、その不安はある不可思議な現象によってかき消される。今までなかったはずの情報がドラゴンのいたところとは違う場所で反応を示したのだ。
彼はこの一点にいる人物を知っていた。もちろんドラゴンではない。
「いや、こっちです。方向を間違えました。すみません」
「太郎ちゃん、緊張が過ぎるぜ。こういうときほど平常心を保たないとな。頼むぜ」
「ガラームさん、変わりましたね。なんだかとても落ち着いている」
「先生と一緒だったからな。あの人は俺の心の筋肉も大いに刺激してくれたのさ」
自慢げに言い切ったガラームに三人は吹き出した。ガラームはポチのことまで馬鹿にされているような気になって少し腹を立てたが、太郎はガラームらしいことを純粋に嬉しく感じて笑ったのだと説明し謝罪した。
「緊張は身体の機能低下に繋がる。そういうことですよね。留意しておきます」
「準備は万全にしておこうぜ。敵が一人もいない、なんてことはないだろうからな」
一人どころではなかった。彼らが向かった先には白い衣を纏った二百人の兵とマイヤーズ・マスター、謎の青年、そしてもう一人がいた。『彼女』は長い金髪が風にあおられることを気にしながら敵対者の早い到着を待っていた。
後方に並ぶ二つの大きな白い半球体の建物。どうやらあれがクリーツ移行施設だろうと太郎は思った。建物の奥からは無数の球形の飛行物体が行ったり来たりを繰り返している。
疑問に感じたガラームが初対面のマイヤーズに問いかけた。
無言。対面に刺さってくるのは鋭い視線のみ。
ガラームはふとその隣に立っている見知った女性に気づいて矛先を変える。
「おい、お前、ジャロスじゃねえか」
「ガラーム、太郎も、元気そうじゃないか」
「生きていたのか。俺はてっきり、つうかなんでそっちにいるんだよ」
「それについてはマイヤーズに説明してもらうわ。じゃ、よろしく」
マイヤーズは、かつてのナヴィガトリアの一員であったジャロスに深々とお辞儀をして太郎達のほうに一歩踏み出した。
「まずははじめての者も混ざっているようだからわたくしのことを話そう。名はマイヤーズ・マスター。このクリーツ施設の全指揮を任されている者だ。以後お見知りおきを、と、言いたいところだが、これが最後のあいさつとなるだろう。君達もまた、そうであろうからな。よって確認は省かせてもらう。そちらから見て左隣の男はわたくしの側近、名はオーマ・デミーロ。主に反逆者の処理を担当している。内部でもいろいろと起こるのでね、彼はとても忙しい身だ。そして、右隣におられるのはクリーツ計画の一部を任されている協力者のジャロス様だ」
太郎達はマイヤーズの言葉に浮かない表情を見せる。
その中でも特にガラームの反応は酷かった。
「ジャロス様? またか。なんだか今日はこういうのばっかりだな。いい加減飽きてきたぜ。それで? 説明はしてくれるのか? ジャロス様よ」
「マイヤーズが言いづらいことを補足しておくけど、私はこの星の人じゃない。異星人よ。そして私達はこの星にある物をもらいにきた。それを手伝ってくれているのがこの人達というわけ。あなた達の組織に入ったのはジェイサンの提案なんだけど、私もなんだか面白そうだなと思って試しに行ってみたらあっさり受け入れてくれた。なんてことないよ。あなた達が見抜けなかっただけだから。それじゃあマイヤーズ、続きをどうぞ」
「はい。まずは君達のような者らがクリーツにとってどういう存在なのかをはっきりさせておこう。一言で言い表す。邪魔者だ。君達はクリーツ計画を妨害しようとする輩でしかない。ゆえに今、ここにこれだけの軍隊を集め問題を解決する。こちら側が言いたいことはそれだけだ。これから起こるであろうことは十分に把握しているだろうが、一応質問を受けつけよう。なにかあるかね?」
誰よりも先に挙手したのはコトリだった。
「私も?」
「そうです。社長から同様の指示が出ているのであなたも対象となる。が、丁重に扱えとも言われている。危害を加えたり計画の邪魔をしないという約束をしてくれるならば、痛みのない死で終わらせることが出来るでしょう。どうしますか?」
「……結局殺されるのね。じゃあいいわ。そもそも私の行動に原因があったわけだし。ネンちゃんに背中を向けるのもらしくないからね」
そう言って彼女はリネンの肩を抱いた。
リネンもコトリの肩に頬を預けて安堵の表情を見せる。
次に質問したのはガラームだった。
「さっきも言いかけたけどよ、後ろで飛んでいるのはなんだ?」
「あれは物資を運搬している船だ。ジャロス様率いる異星の商人達がそれらを星外の母船に移している。これでいいか?」
「物資って、なにを運んでいるんだ?」
「それを言ってしまったら戦闘がはじまる。よって返答は後回しにしたい。他に質問は?」
「なんだよそれ。俺達を馬鹿にしやがって」
太郎はガラームをなだめると、少し眉間に皺を寄せて絞り出したような声を発する。
「今もまだ、クリーツ移行をしていない人はいるのか?」
「……その質問も、どうだろうな。そもそも君達は生き残った者を救出するために来たのだろう? 仮にもういないと言ってしまったら君達の行動理由を削ぐことになる。それでも、聞きたいか?」
「ああ」
「丁度今しがた全工程は終了した。ただしそれはここの担当個体での話。そうだな、仮に残っている箇所があるとしたらケプの民であろうか。まあ、あれも今日中に処理されることになるのだがな。ジャロス様には逆らえないのだよ」
「確かケプはクリーツ拒否権を政府から認められていたはずだ」
「その政府が既になくなっているとしたら?」
「……いや、もういい。生き残った人がたとえいなくなっても、僕達は正義の心を持って戦い抜く」
「君達とはもう少し話し合う機会があればよかったと思っている。それほどに惜しい人材だった。こんなにも純粋に正義を信じ、命を燃焼させられる者はそう簡単に発生しない。あるいは別の未来が訪れていたかもしれない。実に惜しいよ」
次にまたガラーム。
「おい、そこの色男。なんか自分達の完全勝利を予定に入れているようだけどよ、本当に勝てると思ってんのかおら? もし負けたらどうするつもりなんだ? 地球は俺達だけでも再建できるかもしれねえだろうが。そこんところ、逆に聞いてやってもいいぞ。ほれ」
「勝ち負けなどというものに興味はない。問題が起こればそれに対処する。失敗すれば他の誰かが処理を引き継ぐ。君達と、その希望を終わらせるまで」
「おうそうか。じゃ、いいや。方向を変えてみる。俺達があんた達の意向に従い、むしろ協力することを宣言したらやっぱりコトリと似たような感じか?」
「結果的にそうなるだろうな。しかし無益な血が流れないことは保障する。そして、その決断が君達にとって最善の選択にもなろう。満たされた状態で終える人生を約束してもよい。幸いにもまだ表面的な敵対関係にある。撤回したいと言うのなら、少し時間を与えよう」
「するか馬鹿野郎。即答だ。俺はもうやる気まんまんなんだよ。さあ、さっきの質問の答え、言っちまおうぜ」
「非常に残念な結果だ。ではさっきの回答を言おうか。だがその前に、君はなにも聞かなくていいのかい?」
指を差されたのはリネンだった。
彼女は力強く首を横に振って気持ちを伝える。
その行動に違和感を覚える者はいなかった。
「ではそこの筋骨隆々の若者の質問に答えよう。……ジャロス様、安全確保のためにご退場願いたいのですが、よろしいですか?」
「一つだけ感想言わせて。正直がっかりだった。もう少し驚いてくれてもよかったんじゃない? だって私が指示を出して地球人がいなくなったんだよ。ある意味では黒幕なのよ。それなのに、全然楽しくないの」
「あんたには大して思い入れがなかったからな。ビルダン協議のあとすぐに裏切りやがったし。事実を知っても、はあそうかって思っただけだったぜ。これでいいか?」
「ガラーム。あなたに知ってほしいことがある」
「なんだよ」
「セフメットを殺すよう指示を出したのは、この私よ」
「……お前って本当に自分が好きなんだな。だからどうしたってんだよ!! もう死んじまったんだよ! 戻ってこねえんだよ!!」
「ガラーム、負けず嫌いなところは相変わらずね。そんじゃ、私行くわ。真実を知って後悔でもしていなさい。目の前で起こったことだけが全てとは限らないんだから」
「さっさと消えろ!! くそ女が」
白い軍団の兵数人を従えてジャロスが帰っていった。
行き先は運搬船だろうか。
太郎達には既に必要のない情報であったが優雅に去っていく彼女の後姿には誰しもが注目した。
「それでは皆さん。宴をはじめるとしよう。例の質問の答えだったな。これに関してはサチテン様もご存知ないと思いますのでよく聞いておいてください。いいですか?」
一堂が黙り込む。
知る者、知らぬ者が固唾を呑む刹那。
異星人が欲したものの正体を、マイヤーズが口にする。
「……あの船が運んでいるのは、クリーツ移行を終えた人の体です」
「……この、腐れ野郎どもがぁあああ!!」
はじめに仕掛けたのはガラーム、そして、側近のオーマだった。
接近する二人。やる気十分のガラーム。
ところが、オーマの飛び出した先は彼と徐々にずれていく。
二人はぎりぎりの距離を開けてすれ違った。
ガラームはそのままの勢いでマイヤーズの胸元に突っ込んだ。
マイヤーズを守ろうと数十人の白い兵が覆い被さりガラームと衝突する。
そして一対二百の殴り合いが開始した。
オーマはなにかを叫びながら近づいてきた。顔の半分を覆った大きな眼鏡でその表情は遮られている。
それでもリネンの目には彼の顔が懐かしい者として映っていた。彼女はそんな待ち人を一心に見つめている。
「させるか!!」
リネンの前に太郎が立った。
太郎の信念は二度の失敗を許さないとばかりに強力なアイテルを放出する。
「……ア!!……リア!!」
今度ははっきりと聞こえた。リネンは確信した。
人生において重大な決断は一瞬にしか訪れない。今の彼女にその瞬間がやってきたのである。
……するべきことは心の中で決まっているのに、目の前には太郎が立っていた。
彼女は太郎の後ろにコトリを立たせる。咄嗟の判断だった。
そしてリネンは太郎を無視して前進する……。
「え!?」
彼の反応は間違っていなかった。
太郎は決して失態を演じたわけでもないのに……。
その突然の再会が、結果を間違いと断定した。
信念という強く、禍々しい波動を放つ一人の女性の心が、太郎という『理念』を一瞬にして崩壊させたのである。
そしてそれは同時に、彼の重大な決断が過ぎ去ったことを知る事実ともなった。
手を伸ばして追いかけるも、現実が太郎の目に付き刺さる。
リネンとオーマが抱き合った瞬間、彼の思いの半分が、壊れた……。
「リア。本当にすまなかった」
「あの時はあなただと分からなかったから。研究所の爆破でもう、駄目かと思ってた」
「俺もだ。君の指輪があった」
「探してくれたんだ」
「君を失くして絶望を感じて、そこに漬け込まれてこうなってしまった。でもリア、君がいるなら……」
「……私も。でもこの状況、どうしよう」
「とにかく、今は一つしかない」
「手伝う!」
「マイヤーズを、倒そう!」
「大丈夫なの?」
「もう、やるしかない」
「あなたは、私が守るよ」
「掴もう、俺達の未来を!」
「うん!」
近くで、本当に近くで太郎は聞いていた。
敵はマイヤーズ、把握していた。
だが、彼はもう動けなくなっていた。
後ろからコトリがなにかを言っている。
太郎には、なにも聞こえなかった。
リネンとオーマの抱擁を目に焼きつけながら、彼はもう、なにもしないことを心に決めていたのだった。
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