そこにいるのはいつも / a little meets その2
『開放時間、残り十五分、繰り返す。開放時間、残り十五分』
「ところでドラゴン」
「なんだ」
「君はこの子になにを言われたんだ?」
「それを知ってどうなる」
「内緒ってやつか」
ドラゴンの目が急に寂しそうに霞んだ。
だがすぐにもとの野心溢れる眼力に戻る。
エルノウは見逃さなかった。
「……ドラゴンは、特別だから」
「そういやさっきも同じことを言っていたね」
「ドラゴンは白い人だから」
「白い人?」
「大切な運命を繋ぎ合わせる目的のために生まれてきた人」
「大切な運命?」
「クリーツに飲まれる世界に救いをもたらしてくれる人」
「まさか、君が救世主なのか?」
「キュウセイシュ?」
ヒムカの首を傾げる様子を見て、エルノウも同様に思うところがあった。
……救世主って、なんだ?
この疑問も失われた記憶が解決してくれるのだろうか。今の彼にはそれ以上掘り下げることは出来なかった。質問を変えた。
「ヒムカちゃん」
「私のこと?」
「そうです。ヒムカちゃんはどうやら反クリーツ思想を持っているみたいだけど、そのへんを詳しく聞かせてもらえるかな?」
「先に言っておくけれど、ここにいる人達はほとんど全てクリーツに反対、というか、あれはこの星を滅ぼすものだから」
「なるほど、だから嫌いなのね。ヒムカちゃんも地球好きだから」
「あれにはなにか重大な秘密があると感じている」
「俺もそう思うね」
「でもあれを止めることは出来なかった」
「過去形だね」
「もう無理よ。地球人の魂はほとんど食われてしまった。立て直すには平和主義思想を帳消しにするくらいの暴力が必要になる。でも今の残存勢力ではもう手の施しようがない」
「立て直すこと以外の方法があると?」
「考えられる可能性は外部からの援助か、奇跡くらいよ」
「それは遠回しに俺のことを言っているように感じるが」
「そのとおりよ」
周囲の喧騒が静まったような、そうでないような微妙な空気が三人に流れた。
それは偶然であったかもしれないし、運命の風向きが変わった瞬間なのかもしれなかった。
「俺はここにとある人物と一緒に来た。その人物はここにいるある人を救出するため俺に手を貸してほしいと言ってきた。俺は協力することを約束した。でもそれが本当に正しい判断だったのか今もよく分からない。ヒムカちゃん、君にはどう見える?」
「自分自身の感覚を信じなさい。そして今すぐにするべきことをしなさい。あなたの記憶はそうすることでしか蘇らないのだから」
「俺の、するべきこと?」
「……というわけだ兄弟」
ドラゴンがエルノウの肩を叩いて微笑んだ。
エルノウはひときわ混乱した表情を彼に返した。
「ヒムカの言うとおりだった。エルノウなら任せられる。この星の未来を」
「ドラゴン?」
「正直半信半疑だった。とにかくこの世界は謎が多すぎる。でもヒムカの言葉でそれがどういう仕組みで起こっているのか少し分かった気がする。さあ、行こう」
「え? 行く?」
「ああ、今しかない。だって、救うんだろ? 誰かさんを」
「おいおい、今って大丈夫なのか? アイテルもろくに使えないのにここの警備を潜り抜けるなんて正気じゃないぜ」
「運命を信じろ。ヒムカの言葉が本当なら今の俺達はなにを起こしても絶対に失敗しない」
「どういう意味だ」
「もう時間がない。説明はあとだ」
ヒムカはドラゴンをしっかりと見つめていた。
そんな少女をドラゴンは優しく抱き留めた。
「これで、お別れだ」
「きっと、また会える。次に会った時はまた知らない者同士になるかもしれないけれど、笑顔はきっと、取り戻せるから」
「ヒムカに会えて、生きた意味に気づけた。ありがとう」
「私も、ずっと幸せだった」
『残り五分、繰り返す。残り五分』
「さあ、行こうか」
「ああ」
「……エルノウ」
「なに? ヒムカちゃん」
「……『あの人』のことを、早く思い出してあげて」
「……ああ、頑張ってみる」
エルノウとドラゴンは中庭から収容所中枢を目指して駆け出した。
「ドラゴン、なんだってんだ。説明してくれ」
「彼女こそが、救世主だ」
「はあ?」
「ヒムカはこれから俺達の囮になる。もちろん、死ぬ覚悟で」
「なぜだ? どうしてそこまで」
「彼女自身が利用されないためにだ」
「利用?」
「この施設には今、恐ろしい力を持った地球人が二人いる。エルノウはそのうちの一人を救うんだろ?」
「どうして知っているんだ」
「二人のうちの一人、そのどちらかはこの世界のなにかを利用して俺達を巧みに操作しているらしい。ヒムカはその違和感に気づいて最後の罠を仕掛けようとしているのさ」
「操作、罠ときたか。そいつはとんでもない戦いだ」
直感がエルノウにドラゴンの言葉の信憑性を後押しした。それと同時に時間を操る主がイルカだということがすぐに分かった。
無駄のない行動、違和感のある知識、そしてミントアカ収容所潜入時の妙な幸運。断定は出来ないし具体的な方法も知りえないが、それらの事実は全て過去の事実をもとに行動しているのかもしれないということ。言い換えればエルノウがここに来ているという現象もイルカにとって必要な材料であるということなのだ。
ヒムカはその神懸った事実を見抜くことが出来た。そこだけが謎だった。予想としてではなく、断定として導いたことである。
「ヒムカちゃんの罠というのは?」
「それは俺も知らない」
「教えてくれなかったのか?」
「あんた馬鹿か。俺達が知ったら罠にならないでしょうが」
「どうして? 秘密を守ればいいじゃん」
「一度でも口に出したら、操る者に聞かれるだろうが」
「あ、そうなんだ。君頭いいね」
「おちょくってるのか」
「滅相もない。ところで、どこに向かっているんだ?」
「向かっているわけじゃない。止まっていないだけだ」
「そうなの。じゃあ一回止まろうか?」
「ああ、そうしてくれると助かる」
エルノウは懐から特異体位置情報受信端末を取り出して二つあるうちの一つ、『イルカ』の位置を拡大検索した。
思ったよりも離れている場所でそれは固定されていた。
「捕まっちゃったかな」
「それはなんだ?」
「あ、これね。受信機だよ。お宅んとこのやつとほとんど一緒。ここにいるのが救出作戦の相棒。どうする? 会いに行っちゃう?」
「そもそもなんで別れたんだよ」
「それが作戦指示だったんだよ」
「お人好しかよ」
「だってあの人強いんだもん。怖いもん」
「だったら会うのは止めておこう。生存確率はあっちのほうが高いんだろ?」
「それよりも救出を優先ね。了解」
二人は手頃な警備を鮮やかに始末して衣服等を剥ぎ取るとそれを身に着けた。
失踪発覚が知られるのは時間の問題であったが彼らは焦ることなく捜索を続ける。時間を操る謎の主の御力という不可思議な加護を受けての行動だった。
それから約三分後、イルカの双子の姉『ジェシカ・イノ』は二人に発見される。
その際彼らの失踪を匂わせる警報は起こらなかった。
ただ奇妙なことに、ジェシカは鉄格子の檻の中に閉じ込められていたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ポチとガラームがミントアカ収容所に強行突入をした際に太郎とリネンの姿を見つけたことは偶然と呼ぶにはあまりにも出来すぎていた。なぜ同じ時間に同じ場所で再開したのか。驚きと疑問が彼らとの間に違和感を伴った緊張を走らせたのである。
そこに互いを認めた瞬間の安堵という感情はなかった。距離を縮めながら敵同士でないことを理解し合うのに気を使うほどであった。
『ポチ? なの?』
大柄なガラームの体躯の三倍はあろう兵装を装備したポチにリネンが反応した。そのオーパーツと称される古代兵器は時折妖艶な光沢を放つ。人工物でありながらそれ単体が息をしているような躍動を見せるのは、同じく機械の身体を持つポチと完全に同化しているからであろうか。以前のポチを知る者から見れば今のそれは危険な香りに満ちた金属の悪魔そのものであった。彼らの緊張の一端をリネンが真っ先に声のない表情で追求したのは当然の流れだったのである。
「太郎ちゃん……」
「ガラームさん……また会えて嬉しいです」
二人の間にはもはや回りくどい説明は不要であった。ナヴィガトリアの同志として成すべきこと一点に集中する。そんな太郎の几帳面な性格にガラームが配慮という先手を打ったのであった。
リーダーとしての立場や責任は共に分け合うべきだ。ガラームが言いたくても言えないことと、太郎に対する想いの全てがそこにあった。太郎はガラームの気持ちを瞬時に悟り、対等な関係を続けることでその想いに応えた。
「ついにここを叩く時が来たか」
「協力してくれますか」
「当たり前だろ。ほら見ろ。後ろのごつい先生だってやる気満々だぜ」
「先生?」
「ああ、いろいろあってな。それよりもリネンお嬢、どうしたんだ? さっきからだんまり決め込んじまって」
「ビルダンでの一戦で大怪我を負わせてしまって、傷は治ったんですが声が出せなくなってしまったんです」
ポチはリネンの側に寄り喉のあたりの内部に異変がないかを目視で精査した。異常は見られなかった。
「精神的な原因の可能性があるのかもな。他は問題ないのか」
リネンは笑顔でこくりと頷いた。
「あのとき我が止めていればこんなことにならずに済んだ。すまない」
『大丈夫だよ。後悔してないから』
文字による返答にポチは再度謝罪した。
「これからは我が全力で守る。共に生き残ろう」
「ポチさん、もうその心配はいりませんよ。彼女はあれからかなり成長しましたから」
「本当なのか?」
「ええ、人並み外れた才能があります。それに、あなたにはあなたにしか出来ないことがある。力はそのために使ってください。もしもの時は僕が守ります。だからもう、大丈夫です」
リネンは目を閉じると全身に強大なアイテル流を放出した。赤い光は瞬時に激しい風を生みガラームを吹き飛ばそうという勢いで発散した。
「嬢ちゃん、やってくれるねえ」
「これは、すごいな」
「彼女はもう守られる側ではなく、場合によっては守ってもらう立場だと思ったほうが正しいかもしれません。さあ、ここは敵地です。停滞は危険ですから先を急ぎましょう」
かくして再開した三人と一体はクリーツ移行阻止のためミントアカ収容所内部に潜入した。そして、常に危険が充満するその地で彼らはある人物と再開した。
彼女との再会は太郎とガラームにとっては当然の成り行きであり、リネンとポチにとっては全くもって予想外の出来事となった。
「どういうことだ。なぜおぬしがここにいるのだ?」
「ごめんなさい。なかなか言い出せなくて」
「サチテン・クリート、ここにいたのか」
「サチテン? なんだって? コトリ、説明しろ。おぬしがあの研究所の所長なのか。なぜ黙っていた」
「悪気はなかったの。とにかく説明したい。ついてきて」
コトリは足早にある方向へ歩き出した。さらなる追求を投げかける機会を与えぬほどの速度で行ってしまったため、彼らは結果彼女のあとを追うことになった。
しばらく歩いているとせわしなく走る警備員であろう数人がポチ達の眼前を素通りしていった。サチテンの同行者だと認識しているのか、それともそれ以上の危機に対応しているのかは定かではなかった。
しばらく進むと通路の最奥に頑丈そうな横開きの扉があった。コトリは慣れた手つきで鍵を解く。ゆっくりと扉が開いた。
その先の部屋にいた人物は太郎とリネンにさらなる衝撃を与えた。
なぜこんな場所にいるのか。そしてなぜ厳重に捕らえられているのか。津波のように容赦のない謎の到来に、過去と現在の事実の正確さがあやふやになるほどの畳みかけが二人に降りかかってきたのである。
「……ペイス、君で間違いないんだよな?」
「この顔を見れば分かるだろう。お前はほんと、相変わらずで笑えるよ」
この女性をもしエルノウが見たら、彼ならきっと『イルカ』と呼ぶだろう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――




