そこにいるのはいつも / a little meets その1
「あ、ジェシカ様。どうされました?」
「疲れただろう、少し眠ったほうがいい」
ミントアカ施設内の統合管制室前にいる警備を始末したイルカはその所持品から扉の鍵を奪い中に侵入した。静かに扉を開けると室内には一人の監視員が無数の撮影画面を監視している。イルカの存在に全く気づいていないようだった。
彼女は監視員を瞬時に眠らせて多くの管理機器の中から迷うことなく防御壁の解除を操作した。数秒のうちに完了する。もちろん警報は鳴らない。管制室からの制御で音を出さないようにしたのである。
「まずは成功、と。それでは、次の段階を処理しますか」
「……ジェシカさん? いや、何者だ!」
イルカの後ろに立っていたのはマイヤーズ・マスターだった。
「私よ。どうしたの?」
「いや、お前は違う。なにをしていた!」
「施設内の管理が行き届いているか確認しにきたのよ。なにを慌てているの?」
「ジェシカさん……」
マイヤーズの後ろから出てきたのはジェシカ・イノだった。
「……入鹿、これは私の妹よ。つまり、侵入者ね」
「くそ、詰めが甘かった」
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……二人とも、いい顔してる。愉快愉快。
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イルカは管理機器の防御壁操作めがけて思い切り拳を打ち込んだ。
するとドン、という低い音が内部で響き、直後に管制室からけたたましい非常音が鳴り響いた。
「誰か、奴を捕らえろ!」
マイヤーズの命令を聞いた警備がイルカの行動を阻止するべく集合する。
イルカはその対応に抵抗することなく拘束された。
「あなたって、やっぱりお馬鹿さんね」
「姉に似たんだよ」
「へえ、言うねえ。でもね、ここを甘く見ると後悔するかもよ」
「ある意味でもうしてるわ。さあ、早くぶち込んでしまえよ」
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「やっぱり駄目だ。ここは本当にすごいところだね」
エルノウはミントアカ収容施設の部屋の中でアイテル放出を試していた。完全に不可能とはいかないものの、思うように使えなかったのである。今までが百だとするならばこの部屋の中では五から八くらいまでが限界だった。この状態であれば人が作り出した兵器で十分抑圧できる。よく考えられている施設だとエルノウは感心した。
「まあ、いざとなればあれに頼るしかなさそうだけど、果たして今の俺に使えるかどうか、自信ないんだよなこれが」
部屋の中から全体放送らしき音声が発せられた。
『……只今より中庭を開放する。繰り返す。只今より三十分、中庭を開放する』
エルノウは眉をひそめた。
「なんだよ。聞いてないよ。それなら俺行っちゃうよ。ほんとに行っちゃうけどやっぱり罠でしたとかやめてね。今すんごく弱いんだから」
出入り口の扉は簡単に開いた。通路には罪人と思われる者達が同一方向に向かって歩いている。エルノウは彼らの後についていった。
中庭を目指しているであろう先導者たちは皆、楽しそうな顔をしていた。一人で進む者、二人、または三人以上で組を作って進む者、様々な者達が同じ場所を目指していた。
「惑わしてくるねえ」
歩く者の全てが罪人とは思えないような相貌をしている。エルノウはそう思った。そしてそれを事実として受け取るには早計とも感じていた。現段階で知りうることがあるとするならば、この施設と収容者は明らかに普通ではないということだった。エルノウは彼らの動きを注視しつつ慎重な足取りで追った。
「はっ」
声は前方の人だかりの中からした。そこが中庭と言わんばかりの人の群れがエルノウに中庭であることを知らせるのに幾分か遅れを生じさせた。
周囲を見直すとやはりここが目的地らしかった。中央には噴水のようなものまである。見上げるとそこには空があった。中庭に屋根はなく、暖かい陽光が彼の全身に降り注いでいる。
「ドラゴン、ここにいたのか」
ドラゴンは無事だった。しかも彼の左手には不思議な髪の色をした小さな少女の右手が握られていた。
誰だろうか。知らない人物だった。彼はエルノウを発見するや白い衣を身に纏った少女を引っ張ってつかつかと歩いてくる。エルノウは彼らを笑顔で迎える準備をしていた。
「あんた、よくもこの俺を騙しやがったな」
「え?」
「今日はどうした。あれか? また尋問か? 前にも言ったが俺はなにも喋らないし、なにも知らない。今は自由時間だ。去れ」
「おいおい、ちょっと待て待て。誤解だ。ここは冷静に話し合おう。俺も今しがたここへ連れてこられたんだ。まだよく分からないことがたくさんある。信じてくれないかもしれないがちょっとだけでもいい。落ち着いて話をしよう」
「……その人の言うことは間違っていない。さあ、時間は限られているから人気のないところに場所を変えよう」
少女が放った言葉にドラゴンは渋々ではあるが従った。
エルノウと少女の目が合う。
彼女もまた、普通ではない者の風格を漂わせていた。
「まずは誤解を解かないとな。ドラゴンをここへ連れてきたのはサチテン・クリートで間違いないよね」
「ああ」
「俺は妙見コトリがサチテンだということを知らなかった。俺達も騙されていたんだよ」
「それを信じろと?」
「俺は誰かの敵ではない。俺は俺自身の目的のためにここに来た。ドラゴンを騙そうなんて気はないよ」
返答に困ったドラゴンは頭を掻きむしり少女へ真偽を問うた。どうやら彼女はドラゴンにとって信用に値する人物のようだった。
「この人はまだ完全じゃない。自分がなんのためにこの地に降りたのか、まだ良く理解していないだけ。だからあなたを信じさせることが出来ないし、自分も信じることが出来ない」
「君は何者なんだ?」
「私は『ヒムカ』。この世界でいうところの異星人よ。それと、ここに集まっている人達もみんな異星人。でもドラゴンは特別」
「なるほど、そういうことか。ここは異星人を隔離するための施設だったのか」
「厳密に言うとクリーツ計画の妨げになりそうな人達を軟禁するところよ」
「クリーツ計画?」
「あなた、本当に不完全ね」
ドラゴンがわずかに笑みを零した。ヒムカと名乗る少女も一人取り残されたとばかりの表情を浮かべるエルノウに皮肉めいた微笑を送る。
「あんた、やっぱり記憶喪失なんだな」
「どういうことだ。説明してくれ」
「ヒムカは見た者の運命を知ることが出来るんだよ。最初の一言でその重要性に気づかなければ、あとの説明も分かるはずがない」
「運命を、知る?」
「どうやらそのようだ。俺だってはじめは信じてなんかいなかった」
「今は信じていると?」
「ああ」
ヒムカはドラゴンの手を離すとエルノウの前に立ち、細く短い腕を伸ばした。
「もっと上」
「上?」
「持って。私を持って」
「え? こうかい?」
エルノウは少女の腰を両手で掴んで持ち上げた。
するとヒムカは左手を優しくエルノウの胸の中心に置いた。
「これなら、分かるでしょう?」
「……あ、ああ。なんとなく」
「私がこれ以上言わないということ。その意味をよく知っているのはあなただけだから」
「これには、深い意味があるのかい?」
「そのうちに、きっと」
「俺の記憶は、戻るのか?」
「努力次第、かな。でも私と会ったことでかなり近づいたと思う。運命とはそういうものだから。こうして話していることも、あなたにとってはとても大切なことなの」
「それは記憶を失っていることそのものにも当てはまると?」
「一つに絞っては駄目。ドラゴンもあなたも私もずっと離れ離れだっただけ。時間は常に同一方向を動いているわけじゃない。一瞬が永遠にだってなる。それはこの世界で定められた私達の運命にも当てはまることだから」
「君は小さいのにとんでもなく難しいことを言うね。ところで、そろそろ降ろしてもいいかい?」
「どうぞ」
小さな少女は降ろされると着衣の乱れを直しながらドラゴンの傍らに戻った。ドラゴンは少女の手を掴むと自信に満ちた目をエルノウに向けた。
「ここにいるのはみんな異星人だと言ったね。こんなにたくさんいるのはどうしてなんだい?」
「多くの異星人はこの星を気に入っている。そして地球人を守りたいと思っている。大切なものを壊したくないと思う気持ちは万物共通の真理だから」
「そうではない者もいると?」
「異星人と言えどあなた達とほとんど変わらない生体情報を持った生き物だから、複雑な理由で来ている人だっているということ」
「ほとんど変わらない?」
「そう。この宇宙の進化の完成形は常に一定になる。環境によって微妙に変化はするけれど、基礎は同じ方向にしか動かない」
「でも地球人に見つかって捕らえられているんだよね?」
「肉体と魂の進化は連動しないから」
「つまり、君達は魂において地球人よりも先を行っているということかい?」
「それは少し違う。さっき言ったことと同じ。あなた達の魂が今の彼らような進化を通過していないとは限らないから。私達はあなた達を見下しているのではなく、純粋に感覚を共有し魂を育み合っていきたいと思っているだけなの」
「君のことが少しだけ理解できたような気がするよ」
「どのあたりが?」
「その瞳、かな。とても澄んでいて綺麗だ」
「やっぱりあなた、不完全よ」
エルノウはヒムカの人らしいはにかみを楽しみながらもその真偽に苦心していた。彼女の言葉は真実か、それとも虚偽か。どちらにしろその愛くるしい表情はエルノウの気を和らげてくれていた。そう感じるほどヒムカと名乗る少女は不思議な魅力に溢れた女性だった。
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