彼らの岐路 / through on the "load"
エルノウはイルカの指示に従い捕虜となった。ミントアカ島全体に透明な防御壁が張り巡らされていて強行突入が不可能であったためである。
まず、イルカは先に潜入しているジェシカ・イノに扮装し相手側を欺いた。エルノウはこんな簡単な方法で中に入れるのか不安だったが実際にそれは成功した。
この不自然な成功はイルカの特殊な能力との関係性をエルノウに匂わせる十分な材料となりえた。
潜入後は別れて行動するべく、事前の打ち合わせ通りイルカは島の防御壁の解除に向かう。エルノウは捕虜として専用の個室へと移された。
罪人が幽閉されていると言われているこのミントアカ収容所はエルノウの想像していた施設ではなかった。彼が連れてこられた部屋の中にはそこで生活するには贅沢と言ってよいくらいの環境が備えられていたのである。
自分だけが特別な扱いを受けているのか。彼はそう考えたが、仮にそうだとしてもこの施設全体に漂う違和感を完全に払拭することは出来なかった。
やはり騙されているのだろうか。エルノウは様々な憶測を胸に秘めつつ、密かに持ち出していた小型の受信端末を取り出す。先に宇宙船内で使用した特異体位置情報検出機器を持ち出していたのである。
「これがイルカだとして、もう一人は、こっちに向かっている?」
彼は予想不可能な現実に興奮にも似た震えを全身で感じていた。
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ポチとガラームはエルノウ達と同じくミントアカに向かい飛行していた。彼らの判断に特別な理由が存在していたわけではないが結果的にその行き先は正しかった。ポチの勘であるかどうかは分からない。現在この世界に起こっている事態を考えればクリーツ移行施設に向かうことは当然の判断だったとも言える。
全部で三つの移行施設、オーチャナー、リギーケントゥーロ、そしてミントアカのうち、オーチャナーは先日何者かの手により破壊された。
もしポチがリギーケントゥーロを選んでいたとしたら未来はどうなっていたのだろうか。やはりこの世界でそれを知る者は、未だ一人しかいない。
ポチとガラームがミントアカを選択したということは、そうなる未来を望む者がいたということだった。
彼らがミントアカ島に到着した時には、既に透明な防御壁は消えてなくなっていた。強行突入は可能だった。
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太郎とリネンも仲間達との再合流を果たすべくミントアカへと向かっていた。彼らの場合は事前にナヴィガトリアメンバーの右腕に埋め込まれた個人識別機械の位置情報を掴んでいたので、ミントアカを目指すことは必然だった。
位置情報を表示する小型端末を操作していた太郎はそれをリネンにも見せた。スチートに一人、サビッグあたりから一人、両者ともミントアカに移動していた。
急いでみんなと合流しようと伝えるリネンに対し、太郎は苦笑いを漏らすだけでなかなか同意しなかった。この時点で太郎のリネンに対する特別な感情は彼自身も認めなくてはならないほどに肥大し、膨張していたのである。
彼女を守りたい。場合によっては彼女だけでも救いたい。太郎はそう思っていた。この感情が仮に彼の一番の持ち味である誠実さを奪ってしまったとしても、リネンさえ得られるのなら諸手を挙げて受け入れようとしていた。
この感情は過去のポチにも見受けられた。リネンの心、辛い過去、簡単には癒せない傷。それらが男達をリネンというたった一人の女性へと向かわせていたのだった。
厳密にはポチの前にも一人いた。
そして、リネンはその人物がもうこの世にはいないと思っている。
太郎にとってはまたとない機会だった。ここで行動を起こせばリネンの未来に別の可能性を見出せるかもしれない。本人はそれなりに努力しているみたいだった。だが純粋すぎる彼の心は、リネンに対して優しさ以外のものを与える理由を見つけ出せずにいた。
二人は決して悪い仲ではない。むしろ男女の関係としては順調に進んでいると言ってもよかった。
彼らに足りなかったものがあるとすればそれは時間だった。人類滅亡までに残された時間が彼らの接近をほんのわずかに許さなかったのである。
それでも太郎はなんとかして運命を切り開こうともがいていた。地球を救いリネンも救う。そうすることで自分も救われると固く信じていたのだ。
こうしてリネンは男達に守られていた。守られ強くなり彼らの目的に追従する。それが彼女の生きる理由となっていることを当人も自覚していた。
……では彼女の本当の心はどこにあるのか。それを初めて知ることになる人物は、残念ながら太郎ではなかった。断片的なものは見られたかもしれないが、それが彼女の真実の姿であるかどうかを今までもこれからも知ることが出来なかったからである。
「リネンさん」
「……」
「もしもこの世界が昔と変わらずに平穏で豊かな心を共有できたなら、僕達は出会っていたでしょうか?」
リネンは太郎に首を横に振って口の形で『敬語』と言い人差し指で口元にバツを作った。
「そう、だね。なんだか堅苦しかったよね。ごめんごめん。でも、僕はこの世界でも人は十分幸せになれると思うんだ」
リネンは、そうそうと口を動かしながら笑顔を見せた。
「生物は代々惹かれるもの同士が交じり合って未来を生み出してきた。それがこの世界の真理で僕達が生きる目的だと思うんだ。例え環境が変わろうとも、悪くなろうとも真理は僕達が存在する限りなくならない。どこだって不足することなんてないんだ」
リネンは太郎の横顔をじっと見つめていた。返事はしなかった。
「……僕は、この世界の目的を取り戻したい。クリーツでは駄目なんだ。今を救えても未来は救えないんだ。……でも、世界の人のほとんどはそれが逆だと思っている。もちろんそうでない人もたくさんいる。今も残り続けている人達はきっとそう思っているに違いないんだ。だから、今を救いたいんだ。……それと、君も……」
太郎と目が合ったリネンは寂しそうな笑顔を作って小さく頷いた。
「行こうか、飛べるかい?」
二人は互いが離れないように手を繋いで、地面からゆっくりと足を離した。
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