君は本当におバカさんだと思う
「わん!」
金色の豊かな毛並みをしたそれは、大きく垂れた耳をわずかに持ち上げ、人懐こい円らな赤い瞳でこちらを見やる。
はっは、はっはと短く呼吸を繰り返し、しぱたしぱたとせわしなく振られる両の掌を合わせてもまだ余るだろう長さの尻尾。
お腹側だけ白い毛に緑の葉を僅かに絡ませたまま、これからの成長が伺える太く、大きな前足をコゼットの足に無遠慮に乗せた。
立ち上がれば身長は頭一つ分くらいしか変わらない四肢を持つそれは、一応力加減はしたらしい。
僅かにバランスを崩しかけたものの、隣に立っていた年下の幼馴染に背中を支えられ、なんとか転倒は免れる。
頭がくらくらした。まさか、まさかと眩暈を訴える体をだましだまし、ぎこちない仕草でそれの隣に立つ少年を見つめる。
緩やかな栗色のくせ毛をした彼は、申し訳なさげに碧眼を細めるとゆるりと首を振った。
「俺も信じたくないけど、本当なんだコゼット」
「嘘でしょ・・・」
「嘘じゃない、それは、その金色の大型犬は───ヨハン・バルテレモン。俺の親友であり、クラスメイトであり、君の幼馴染でもあり、リリの兄貴でもある、あのヨハンだよ」
───そんな馬鹿な。
口に出したつもりの言葉は、喉奥で消えた。
14年、いや、先日で15年になったのだった。ともあれ、15年生きてきた中で、こんなおかしな事態を経験したことはない。
ヨハン・バルテレモン。
当年とって14歳の物心ついての幼馴染は、確かに金髪紅目と目の前の間抜けな表情をした犬と同じ特徴を兼ね備えている。
しかしながら、コゼットが知っているヨハンは、学年でも有数の美少年と名高い、数年後にはさぞいい男に成長するだろうと言われるほどの顔立ちが整った人間だったはず。
手足も長く、無駄に顔も小さく、同級生の癖に生意気にも小柄なコゼットより30センチ以上身長が高い少年だ。少なくとも、今朝まではそうだった。
「ヨハン・・・?」
「うぉん!」
見覚えのない大きな大きな石が付いた首輪をしたその犬は、名前を呼ばれたのが嬉しいのか、しぱっとまた大きく尻尾を振る。
利口な犬だ、本当に犬ならば。
だが元が見た目の割に性格が超絶雑な幼馴染だと思うと、何を呑気なと奥歯をきりりと噛みしめる。
見た目は完璧な絵本にでも出てきそうな王子様。
けれどその実、無駄にポジティブで、ざるの目が粗い、何事もいけると思ったら勢いで乗り切ろうとする幼馴染は、今回もまた何かやらかしたらしい。
何故かテンションを上げてコゼットの周りとくるくると走り回る犬に、どこかの童話で木の周りをまわってバターになった動物がいたなあと意識が現実逃避を始めた。
何が起こってるか、正直何もわからない。
それでもただ一つだけ、はっきりしている事実があった。
(また、巻き込まれるのか───・・・)
肺の中に思い切り吸い込んだ春色の空気は、体内を巡って灰色の吐息になって零れ落ちる気がした。
はらり、ひらり
窓の外に見える大きな桜の木から、数枚の花弁が舞い飛んだ。
大ぶりの枝は2年生に上がったばかりのコゼットを乗せてもまだまだ余裕がある。
小柄なコゼットが3人精いっぱい腕を広げて囲んでも覆い切れない幹の太さを持つこの桜の木を見て学内の東の寮に居住を決めたのだが、きっと学生の間に自分が寮を変えることはないだろう。
一昨日入学式を終えたばかりの寮は未だ落ち着かないざわめきをそこかしこで醸し出す。
卒業生を送り出してからまだ一月も経っていないのに、新しい住人を迎えて浮足立った空気が寮内に漂っていた。
この見事な桜の木を望める東の第3寮は、学園から少しばかり歩くもののそこそこ人気は高い。
家賃もそこまで高くないし、喧騒とは基本無縁の呑気な空気は寮生の気質にも影響しているのか、正反対に位置するエリート意識の高い西の寮とは違ってのんびりして居心地もいい。
机の上に開いていた本をぱたりと閉じる。その拍子に前髪がふわりと浮いた。
本には『彩ノ国立魔法学園2年用』と書き込まれ、明日からの授業に胸を躍らせる。
彩ノ国国立魔法学園。
七国からなる大陸唯一の永世中立国で、屈指の魔法国家でもある彩ノ国唯一の魔法学園であり、名前の捻りはないがなまじの街よりも大きい学園都市でもある。
国内にいる限り他国の権力は通用せず、自国の法律が絶対だ。
王はいるもののあくまで象徴的な存在で、政治に関しては大統領制をとっており民衆の投票で代表者が定められ、さまざまな国から優秀な人材が留学に訪れるのが特色だ。
彩ノ国自体が実力主義国家なので、この学園都市も外の世界での身分は通用しない。
公爵だろうが伯爵だろうが、平民だろうがそれ以下だろうが。実力さえあれば身一つで立身出世でき、学園の門は一定以上の実力があれば誰でも受けれる。
しかし誰でもと言ってもいくらマンモス校でも限度はあるので、世界から見れば毎年1000人の入学者は少ないのかもしれない。
ちなみに卒業時には人数は入学時の5分の1程度に減っている。4分の1残ればその年は優秀と入れれるレベルだ。
それでも無事に卒業できたらその人物は将来が保障される、それが彩ノ国国立魔法学園のあり方だった。
予習、というわけではないが、新しさに釣られていつの間に教科書を読みふけっていたらしい。
首を回したら、コキリと中々にいい音がして、まだ14歳なのになぁと思わず内心で吐息を漏らした。
「あ、腹時計が鳴ってる。そろそろ夕食の時間だね」
首を回すついでに肩も回し、その際に肩で切りそろえた黒髪が頬をかすめた。
部屋を出る前に開け放したままの窓を閉めようとしたところで、ふと視界に金色の影が掠めた。
「コゼットさん、コゼットさん───っ」
両手を振り回してこちらの意識を引こうとしてるのは、親愛なる一つ年下の幼馴染だ。
めでたいことに今年、つまりつい一昨日入学式を済ませたばかりの後輩でもある。
昔は病弱でひ弱で華奢だったのだが、いつの頃かマイナーチェンジして13才という年齢よりも年嵩に見える筋肉量を身長と体重と、それに見合う体力と力も身に着けていた。
沈みかけた太陽の光を反射する短く刈りこまれた金髪がきらきらと輝き、水の守護を得た者だけが持つ蒼色の瞳で何かを必死に訴えかけている。
身長はとうに追い抜かれたものの、そうしてるとどこか幼さを残したままで、焦った様子にゆるりと口角を持ち上げた。
「どうしたの、リリ?」
ちなみに、リリとは愛称で、本名はリリアンだ。可愛らしい名前だと思うのだが、思春期まっさかりの彼は名前にコンプレックスがあるらしく、フルネームで呼ばれるのを好まない。
礼儀を重んじるので名前を呼び捨てにされたくらいで切れて暴れる、なんてことはないけれど、名前を理由にからかう相手には容赦がない。
筆頭は彼の兄だが、その問題の兄は一生弟が本気で嫌がっているのに気付かないだろう。
普段はきりりと上げている眉を情けなく下げたリリは、口に手を当てて、器用にもなるべく大きな声にならないよう小声で叫んだ。
「大変なんです、大変なことが起きたんです!」
「・・・大変?」
「とにかく大変なんです、コゼットさん、すぐ来てください!」
普段は冷静な彼がここまで焦っている。
可愛い年下の幼馴染が困ってるなら、助けてあげたいのが幼馴染根性というものだ。
いつもなら迷わずリリの元に駆け寄り理由を聞いたはずだ、いつもなら。それなのに今回に限って足が動こうとしない。
虫の知らせと言えばいいのか。胸の奥底からざわざわとしたものが這い上がり、足に絡みついて離さない感覚と表現すればいいのか。自分の中に眠る僅かな野生の本能が押しとどめるのだ、行ったら絶対に後悔すると。
理性を押しとどめる本能にどうしたものかと躊躇していたら、不意に床から足が浮いた。
「ッ!?」
「ごめん、コゼット。本当に緊急事態なんだ」
「エリック!?私、靴履いてない!」
「ごめん!」
人は焦ってるとどうしてこう、どうしようもない内容に考えが行き着くのだろう。
風の守護持ちのエリックの魔法は、属性こそ限られているものの力は同年代、否、先輩も含めても有数の能力を有する。
風の精霊の守護を表す碧眼をした彼は、普段は穏やかに緩んでいる表情を厳しくして珍しく直接的な力をふるってきた。
彼の能力が優れているのは知っていたが、直接魔法を振るうのは授業以外で滅多に見ないので非難よりさきに驚きが来る。
守護持ちの力に対抗できるのは、守護持ちと相場が決まってる。そして黒の瞳を持つコゼットはどの精霊の守護も持たないし、もう一人の守護持ちのリリは今にもコゼットが落ちてくると思ってるのか、両手を広げて待ち構えている。
無事に足が地面に着くころには、身を乗り出していたとはいえ流石に人ひとりを地上まで移動さるのに相当な魔力を使ったらしく、青々とした芝の上に膝をついたエリックが必死の眼差しを向けてきた。
肩で息をした彼の額からは珠のような汗がいくつも浮かんでいる。
黒の靴下で直接芝の上に降りたせいでチクチクと足の裏がむず痒さを訴えてくるが、生真面目な彼がこれだけの強硬手段に出たのを責める気にはならなかった。
(日頃の行いって大事だな)
一年間クラスメイトとして付き合っただけでも、彼の人となりはある程度知っているつもりだ。
誰にでも優しく、穏やかで、真面目で、謙虚で、真摯で、年齢の割にどこか大人びたところがあるエリックは、顔立ちこそ平凡でも密かに女子の間で人気がある。諸事情から彼にアタックする女子は極めて少ないけれど。
とりあえず今日はスカートじゃなくてよかった。キュロットの裾をなんとなく抑えて、緊張感が漂う同級生の肩に手を置く。
「大丈夫?」
「ん・・・普段はこういう力の使い方しないから、ちょっと疲れたけどね。それより本当に緊急事態なんだ、コゼット。女の子の君に魔法を使って無理強いしてごめんね」
「いや、これがヨハンならともかく、エリックだし理由があるんでしょ?そういえば一緒じゃないの?いつもごはんは一緒なのに」
「それがさ、その、一緒にはいたんだ。つい、さっきまで。リリも誘って3人で食堂に向かうとこだったんだけど・・・ね、リリ?」
「そう、いたんです。僕たち、3人で食堂に向かってたら、兄さんが、その、もよおしたと言い出して」
もじもじと目じりを淡く染め上げた年下の幼馴染が言わんとした内容を察して頷く。
つまり、ヨハンがトイレに行きたいと言い出し、寄ったのだろう。
別に恥ずかしがる内容でもないが、シャイなリリには羞恥心を煽るものだったらしい。ちなみに彼の兄の脳内の辞書にはデリカシーの文字はない。
『コゼットー、俺漏らしそうだからここでするわー』と課外授業の最中、いきなり森の中でズボンを下げた時は思わず背後から蹴りを入れてしまった。
『漏らしそうだからするわー』じゃない。こちとら思春期のか弱い女の子だ。多感な年齢なのに、変なものを見せられてトラウマになったらどうしてくれる。
つい2か月前の出来事を思い出しギリギリと奥歯をかみしめていると、若干引いた様子のエリックにこわごわと声をかけられた。
慌てて笑顔を取り繕って小首を傾げれば、新たに噴き出た額の汗をハンカチで吹きつつリリと視線を絡める。
緊張からなのか青褪めた顔色のリリが頷き、二人して同時に息を吸い込んだ。
「あのさ、驚かないで欲しいんだ」
「・・・何を?」
「コゼットさん、落ち着いてくださいね?」
「だから、何?何その不安を煽るような感じ」
「大丈夫、変なことはしないよ。俺たちが君に何かするってことはないから」
「やめてって。普段真面目な人に真面目な顔で肩掴まれて真剣に忠告されると怖いんだから」
「口から心臓を出したりしないでくださいね。僕たちは治療術は苦手なんです」
「ええー・・・、口から心臓出た時点でもうアウトでしょ」
「素手で押し戻します」
「いやいや・・・それで何とかなったら、お医者さんいらないからね」
緊張を維持するのに疲れて脱力し、頭を下げる。
すると肩を掴んだままのエリックの足元から、リリの髪によく似た金色の何かに興味を惹かれ、肩を掴んでいる手をそっと退けて上半身を傾ける。
「うわ、かーわいい」
「うぉぉん!」
コゼットの言葉に心なしか自慢げに胸を張った金色の獣は、ふさふさの尻尾を盛んに振り立てる。
紅玉のように綺麗な赤い瞳を細め、今にも地平線に沈もうとする夕日の光に照らされた柔らかそうな長い毛を風にそよがせ、姿勢よく背筋を伸ばしていた犬は、大きな口から赤い舌を出してはっは、はっはと勢いよく呼吸を繰り返す。
細身のエリックの体におおよそ隠し切れない存在に気づけなかったのは、一重にエリックとリリ、二人の勢いが凄まじすぎたからだろう。
それにしても。
「犬を拾ってきたから飼い主を探すの手伝って欲しかったの?それならそうと早く言えばいいのに」
もふもふの毛並みを両手で堪能しながら芝の上に膝をつく。
そうすると小柄なコゼットとほとんど視線が同じになるので、雰囲気は若いけれどおそらく成犬か、成犬に近いのだろう。
首周りに見たことのない素材の首輪を付けていて、その真ん中には黒光りする宝石があった。
魔石だろうか。それとも魔法石か。
魔法生物の力の残滓が作り出した魔力が込められた石なら魔石、魔力を持つ人間が作った魔力が込められた石なら魔法石になるのだが、生憎コゼットにはこの犬が身につけている石がどちらか判別できなかった。
ともあれ首輪を付けているなら、学園内の誰かの飼い犬になのだろう。人に慣れてるのもそれが理由なら納得できた。
耳の後ろを指先で掻いてやると心地がいいのか首を竦めて手に顔を寄せる。
寮内では特別な理由がない限り、動物の持ち込みは禁止されていた。そしてコゼットは、その特別な理由を通しやすい立場にいる。
だからこそこの二人は自分を頼ってきたのだろう。当たりを付けて人懐っこい性格の犬の頬を撫でまわす手を止めず、ふと何かが引っかかった。
「・・・ちょっと待って。犬を拾うとしたら、ヨハンだよね?トイレに行って犬を拾う?寮内のトイレに犬っているっけ?それ、どんな状況?」
「そう、問題はそこなんだよ、コゼット。俺たちはその───犬?、を外で拾ってきたんじゃないんだ」
どう見ても犬を相手にして、犬の後に疑問符をつけたエリックは、震える声を息とともに吐き出した。
エリックの勇気に続くよう、リリも一歩前に踏み出し膝を震わせながら表情を改める。
覚えている限り、リリも犬などのもふもふした生き物が好きだったはずなのだが───いったいどうしたことだろう。
愛想のいい犬を見つけた喜びで沈んでいた不安が、思い出したように鎌首をもたげた。
「その犬は、エリックさんがトイレから連れてきたんです」
「エリックが?トイレから?」
これが無意識の問題児で、台風の目になりがちな幼馴染の行動なら無理やりにでも納得できる。
だがトイレから犬を連れて来たのは、ノリは悪くないが模範的な生徒のエリック。
エリックがトイレから犬、それも立ち上がったらコゼットの肩くらいまではありそうな大型犬を連れて来た経緯が想像できない。
嫌な予感がする。それもとてつもなく、嫌な予感が。
額から噴き出る汗をぬぐうこともせず、ぎこちない仕草で尻尾を振り続ける犬に視線を戻す。
もう撫でないの?なんで?とばかりに可愛らしく疑問を飛ばす、人懐っこい犬は、毛並みのいい金色をして、宝石のような赤い目をしていた。
物凄く、見覚えがある配色だ。そう、生まれて物心がついてから、ほぼ毎日見てきた色彩だ。
「エリック・・・」
「お願いだ、落ち着いてコゼット。君しか頼れる相手がいないんだ」
「あはは、落ち着いてるよ。うん、そうだよね。私ってば動揺して変な妄想しかけちゃった。だって、そんなわけないよね」
「コゼットさん・・・」
「人が、動物になるなんて、そんなことあるわけないもの」
乾いた笑いが零れ落ちる。自分でも相当無理してるのはわかったが、笑う以外にどうすればいいかわからなかった。
いくら魔法大国だからといって、人が犬になる魔法なんて聞いたことない。
変身能力を持つ人間も、獣人も、おとぎ話の産物だ。もしいたとしても国内で情報規制されてるに違いない。じゃなければ魔法大国屈指の魔法学園の生徒が知らないなんてはず、ないのだから。
きっと小説の読みすぎだ。図書館に新しく入った冒険忌憚を昨日の夜中まで読みふけってたから変な妄想をしてしまうに違いない。
空気を読まない犬が、撫でろとばかりに掌に頭をこすりつけ、それでも動けずにいたら人の頭の上に立派な前足を乗せてぽんぽんと軽く叩いた。
覚えのある仕草だ。どこぞの幼馴染が、身長差のあるコゼットに対してよくしていた気がするけど、似ているだけで気のせいだろう。
「俺も信じたくないけど、本当なんだコゼット」
「嘘でしょ・・・」
「嘘じゃない、それは、その金色の大型犬は───ヨハン・バルテレモン。俺の親友であり、クラスメイトであり、君の幼馴染でもあり、リリの兄貴でもある、あのヨハンだよ」
そして話は最初に戻るわけだが、あまりの話にリリに背中を支えられたまま動けずにいるコゼットの前で、名前を呼ばれただけでハイテンションに走り回る大型犬───改め、幼馴染の姿が不意に煙に包まれる。
驚きで体を強張らせた3人の様子など気にも留めない、ある意味器が大きい少年は、しげしげと2本足に戻った自分を確認した後、それはそれは綺麗な、花がバックに舞い散りそうな笑顔を浮かべた。
「見ろよ、犬になってパンツも履いてなかったのに、俺、服着たままだ」
けらけらと声を上げる少年は、自分が犬になったのを大した内容ではないと思っているらしい。
目の前で変身する様を見せつけられて、認めたくない現実にこちらは足掻いているというのに。
リリとよく似た、けれどもう少しだけ色が濃い金色の髪をした美少年は、人目を引かずにはいられない澄んだ紅目をすいっと細める。
首元には見慣れないアクセサリ。先ほどの犬がつけていた意匠とわずかに幅が違って見えるチョーカーが燦然とした存在感を放っていた。
「君は」
「ん?」
「君は、本当に馬鹿だと思う」
考えるより先に口が動いた。
犬になったことよりコゼットの言葉の方に反応したヨハンの姿に、彼を間にして挟むように立っていたエリックと、コゼット乗せを支えていてくれたリリも反射的にこくりとひとつ頷いた。