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ミモリ・ユングとはあれから会話を交わすようになっていった。彼女は最初は身分の上な私に話しかけるのに緊張していてあんな態度になってしまっていただけで、彼女は結構さばさばした少女だった。
彼女と本の話をすることは楽しい事だった。向こうが私を友人と思っているかはわからないけれど、友人が出来たと私は嬉しかった。
そのことを学園内でたまたまあったギルに話せば、ギルは「よかったね、エリー」ってそんな風に笑ってくれた。
相変わらずツードン様は私を目の敵にしてくるし、ナグナ様の態度は相変わらずだし、ガター伯爵家の長男は私の事をよく見ているし、これからどうなるのかわからないといった漠然とした不安はある。でも、友人が出来たっていうたったそれだけで、学園生活の中で息抜きが出来て、なんだか嬉しかった。
でも友人が出来た事を素直に喜んでも居られなかった。
手駒たちに調べてもらったら、私の友人になったということで彼女の周りにも不穏な影が見えたということだ。私と仲良くしているからとそういう目に合うかもしれないだなんて、本当に何とも言えない気持ちになる。そしてナザント公爵家が狙われている現状で、友人を作った事は間違いだったかもしれないとさえ思う。幾らさびしくても、誰かと話したいと望んでも、話しかけられた時突っぱねるべきだったかもしれない、と。そんな後悔が私の心を支配していた。
誰かを失う事って、本当に怖いんだ。
だって失われた人はもう、二度と起き上がることなどないのだから。
「――――っていう本をですねー」
「ええ、そうね」
「……エリザベス様? 最近ぼーっとしてますよ? はっ、私がもしかして何かしてしまったのでしょうか」
いつものようにミモリ様と会話を交わしていたら、私が上の空なのをばれてしまっていたらしい。
もっと完璧でありたいのに、少し仲良くなるとその仮面をうまくかぶれない時がある。
ミモリ様の事は手駒たちや実家の力を使って調べて、その結果ツードン様の手の内の人じゃないってのはわかっている。
それにミモリ様と話していると楽しい。であったばかりだけど、ミモリ様といると安心した。ミモリ様が私に友人として遠慮がなくて、本当に本が好きだって全面に出して私に話しかけてきて、本当に楽しいのだ。
「ううん、違うわ。ミモリ様は何もしていないわ」
「何か悩みでもあるんですか? 私で良かったら聞きますよ?」
「悩み……っていうか」
私はそういってじっとミモリ様を見る。
ミモリ様本人に聞いてみようかと思った。本が好きで私と話をしたいっていっても、本が好きな令嬢なんて私以外にも居るだろうし、ミモリ様にとっての話し相手はきっと私じゃなくてもいいだろう。ううん、私と居ると危険が伴うかもしれないって知ったらミモリ様も私の傍からいなくなるだろう。
少し、それはさびしいと思う。
だけど、学園で楽しいを教えてくれた友人を危険な目に合わせるのって嫌だ。
「今ナザント家は少しごたごたしているから、私と一緒に居るとミモリ様も危険な目に合うかもしれませんわ」
そういえば、ミモリ様は驚いた顔をした。
「私はミモリ様が私とかかわっているからと危険な目に合うのは正直言って嫌ですの。ですからミモリ様は私と距離を置いた方がいいと思っていますの」
言い切ってから、顔を見るのが怖いなと思う。でも目をそらすのもと思って、私はまっすぐにミモリ様を見ていた。
ミモリ様は私の顔に驚いた表情を浮かべたままだ。
「短い間でしたが、楽しかったですわ。学園で友人……ミモリ様は私を友人と思ってくださっているかわかりませんが、友人が出来たのはじめてでしたの。楽しい時を過ごさせていただきましたわ。今までありが――」
「って、ちょっと待ってください。馬鹿ですが! エリザベス様!」
馬鹿ですか、なんて大きな声で言われてこっちが驚いた。だって私の身分もあって、そんな風に言われた事はなかったから。
「そりゃあ、エリザベス様はナザント公爵家の長女ですから、ナザント公爵家に近づくことで色々と大変なのは承知の上ですし! ツードン様にも目をつけられること確定ですし! そんなこと、エリザベス様に話しかける前から知っていますわ!」
ミモリ様はそういって叫ぶ。私は驚く。もちろん、私の傍にいる手駒たちも驚いているようだった。ちなみにこの場には私たち以外誰もいない。
「だったら―――」
「でも、それでも私はエリザベス様と話したいって思ったんです」
だったら話しかけてこなければ、と言おうとした私にミモリ様はいった。私と話したいって思ったって。そんな嬉しい事を。
「エリザベス様はいつも取り巻きの人たちと一緒にいて、近寄りがたい雰囲気だったけど、奴隷だって連れているし、ナグナ様と不仲だったりするけど。でも、図書館で見るエリザベス様は、本を楽しそうによんでいて、奴隷の人たちとだって仲良いって見ていてわかって、ナグナ様はエリザベス様が何か企んでいるとか、ツードン様だって悪い噂だって流しているけど、エリザベス様はそんな人じゃないって思って!
実際に話してみるとエリザベス様って、近寄りがたい雰囲気出てるだけで全然そんなんじゃなくて、今だって、私の身を案じてくれて! 私だってエリザベス様の事、恐れ多くも友人だって思ってます!
そしてこれからも、友人でいたいです」
一気にミモリ様は言い切って、真っ直ぐにこちらを見ていた。
私と友人で居たいとそんな風に言った。
嬉しかった。心が温かくなった。でも、やっぱり不安だった。
「……本当に、命が狙われる恐れもあるのにいいんですの?」
「いいっていってるじゃないですか。私はエリザベス様ともっとお話ししたいですから」
「……ありがとう」
「って、え、なんで、エリザベス様泣いているんですか!?」
「ふふ、嬉しくて。私今まで仲良い人ってギル以外いなかったから」
思わず溢れてしまった涙は、本当にうれしかったからだ。
涙をぬぐって、私は続けた。
「私と仲良くしてくれるというなら、私は全力を持って貴方を守りますわ。私の大事な友人に手出しなどさせません」
そう宣言した。
だってこれからミモリ様は危険だ。危険だけれども、守ることは出来る。ううん、絶対にこの大事な友人を守って見せる。
私はそう、決意したのであった。




