第4話 一隅を照らす者
「うらああああっ!」
剣が、肉を断つ。
遅れて、血が噴き上がる。
モンスターの絶叫が、耳を震わせた。
また、この感触だ。
刃が沈む重みも、返ってくる反動も、もう身体が覚えている。
何度も、何度も繰り返してきた。
視界の端で、今世の仲間たちが歓声を上げている。
「やった! やったな!」
「四天王の一角を、ついに!」
「光が! この世界に光が!」
だが、その喜びが入ってこない。
代わりに、別の光景が割り込んでくる。
押し潰されるような満員電車。
つり革にぶら下がったまま、揺られる朝。
上司の怒号。
理不尽な指示。
言い返せず、ただ頭を下げるだけの日々。
昼休み、公園のベンチ。
コンビニ弁当。
風に吹かれながら、ぼんやりと空を見上げていた。
あの、何も変わらない感じ。
そして、あの男の声。
『ホームレスになればいいじゃねぇか』
笑っていたのか、呆れていたのかも分からない。
ただ、その声だけが妙に残っている。
駅前の交差点。
信号が変わる瞬間。
踏み出した、一歩。
すべてが、やけに眩しい。
この戦場よりも。
血の匂いよりも。
あのどうしようもない日常のほうが、ずっと。
「うらっ!」
「ぐふっ……。この魔王を倒すとは……。」
剣を振るう。
肉を断つ感触。
魔王の身体が崩れ落ちる。
大歓声が上がる。
勝利だ。
世界は救われた。
いつものように。
何度目かも分からない、同じ結末。
だが、胸の奥には、何も残らない。
満ちているはずなのに、満たされない。
空っぽではない。
ただ、埋まらない。
「……戻りたい」
ぽつりと、こぼれる。
誰に向けたものでもない。
ただの独り言だ。
すぐに、首を振る。
「……違うな」
あれに戻りたいわけじゃない。
あれはあれで、地獄だった。
逃げ出したくて、仕方なかった。
それでも、これだけは、はっきりしている。
「勇者なんて、クソくらえだ」
吐き捨てる。
血に濡れた地面に、その言葉が落ちた。
次の瞬間、白が溢れた。
「くふふっ……。なかなか楽しめたぞ!
やはり、数多ある中で、お前は実に良い!」
背後で、声が弾む。
振り返るまでもない。
闘争の女神だ。
「では、次の世界を救ってもらうぞ!」
いつもの調子で、軽く言う。
まるで、次の仕事を振るように。
「次は、もっと楽しいぞ!
邪神だ! 我らの中から裏切り者が出た!」
断る余地など、最初からない。
分かっている。
「こいつは手強いぞ……。なにせ、神だからな!」
ふと、思う。
どこに行っても、自分はここにいる。
異世界でも。
戦場でも。
満員電車でも。
結局、同じだ。
逃げた先にも、自分はいる。
「戦いを楽しめ! 一心不乱の闘争を!」
足元が、揺らぐ。
また、落ちる。
次の世界へ。
次の戦場へ。
次の『自分』へ。
だが、胸の奥に、何かがある。
『一隅を照らす。これすなわち、国宝なり』
あのぬるま湯の日々で、見た言葉だ。
どんな場所でも、自分が光になれ。
小さくてもいい。誰かと重なれば、それでいい。
そんな意味だった気がする。
小さく、息を吐く。
抗えないのなら。
せめて、目を逸らすのはやめる。
どこまでも暗闇だろうと。
自分で、輝く。
今度は、ほんの少しだけ。
目を閉じなかった。




