第1話 異世界転生待ちの夜
『一隅を照らす。これすなわち、国宝なり』
そんな言葉が、画面の中から聞こえてきた。
よつべで、だらだらと動画を眺めていた。
気づけば自己啓発系の動画を見ている自分に、ため息が漏れる。
「俺……。ヤバいのかな」
一瞬だけ画面を消しかけるが、結局戻す。
ストロング系の酒のプルタブを開ける。
本日、四缶目。
食欲は細くなっているのに、これだけは飲めるのだから不思議だ。
喉を刺激する強炭酸。
安酒特有のケミカルな味。
ごくごくと飲めば、ガツンと来た。
頭の中のもやもやが、すっと消えていく。
この瞬間だけ『何も考えなくていいな』と少し楽になる。
「あっ!? 今日、水曜じゃん!」
ふと思い出す。
今日は、今期に始まった異世界転生アニメの配信日だ。
マウスを動かし、配信サイトに飛ぶ。
もちろん、サブスク料金は払っていない。
月額がたった二千円でも、その『たった』が俺には惜しい。
本音をいえば、『たった』を払い、独占配信の別の異世界転生アニメのほうが見たい。
だが、それはいずれ無料に落ちるだろうから、それまで我慢だ。
「……つーかさ。
三期に続いて……。エミリーの胸、またデカくなってない?」
そう、異世界転生ものは、俺の大好物だ。
その手のアニメは、ほとんど網羅している。
特に、今見ているアニメは、俺の好みにジャストミートしていた。
「しかし……。レニュって、何年寝てんだ?
声優さん、もう演技を忘れてんじゃね?」
主人公は死んでも、時間を巻き戻してやり直せる。
そこが、十年が経っていても追い続けている理由だ。
最初の一期が作られたのは、俺が大学三年のときだった。
就職の内定が貰えず、焦っていたのをよく覚えている。
「あーー……。異世界転生しねーかなー」
その結果が、今働いている会社だ。
毎日、足を棒にして歩き、上司には怒られ、給料は安い。
仕事を辞めたい。
転職したい。
「でも、死ぬの嫌だから、転移か……。
32歳のおっさん、イベント未発生の現代は前フリだった件!」
すぐに我に返る。
一瞬、盛り上がった分だけ、長くため息が漏れた。
自分の学歴と、今の世の中を考えたら、転職は選べない。
待遇は、今より下になるのは目に見えていた。
缶を握る手に少し力が入る。
「おっと……。もう空か」
軽くなった缶は簡単に凹んだ。
テーブルに置く。
明日は木曜日。
当然、仕事がある。
スマホを見れば、時刻は九時半前だった。
今日は、ずいぶん早く帰ってこれた。
週末を控え、ノルマは未達成。
上司に激詰めされるのは分かっていた。
「……もう一本だけいくか」
新たな缶を手に取り、プルタブを開ける。
アニメは、まだ十分ほど残っている。
楽しみたかった。
「ちっ……。」
しかし、スマホが鳴った。
舌を打ち、動画を止める。
こんな時間に電話をかけてくる相手は、一人しかいない。
大抵、この時間にならないと俺が帰宅していないことを知っている母親だ。
実家を遠く離れ、東京で働く俺を心配し、定期的に連絡してくれるのは嬉しい。
だが、小言もセットだ。
『彼女はできないのか』
『結婚はまだなのか』
『お隣はもう子どもを産んだわよ』
いい加減、諦めてほしい。
過去に、彼女ができたことなんて一度もない。
あっちの経験もない。
何度か風俗で、と考えたこともあったが、勇気が持てなかった。
そもそも、その余裕もない。
それがあったら、新しいノートPCが欲しい。
最新のオープンワールド3Dゲームが、ぐりぐり動くやつだ。
もっとも、それを楽しむ時間もないのだが。
「はい、もしもし?」
息をゆっくりと吐いて、身構える。
俺は電話に出た。
「ああ、元気だよ。
はいはい、分かってるって……。」
結局、今日も何も変わらなかった。
平坦な毎日。
明日も、どうせ一緒だろう。




