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5、花梨同盟

 楮乃かみの心子みこは、笠地蔵市かさじぞうしの出身ではない。他府県の都会からやってきた女の子だ。五歳年上の姉と、二人でアパートで暮らしている。

笠地蔵市に来たのは、進学する大学が理由だ。東見とうみ大学は心理学科に定評があり、それに加え就職先に優良企業が多いのが魅力だった。

洗練された都会からやってきた心子は、この田舎の笠地蔵市の生活に馴染めなかった。都会と同じような娯楽施設は普通にあるが、それは市のごく中心部だけ。ほとんどが農地や小さな商店、そして住宅地だ。心子みこが育った都会とは雲泥の差だ。

心子は当初、大学で友達を作ろうとはしなかった。

『どうせ田舎者達だろう』と見下していた部分があった。だが、大学の中で気になったのが花梨茉はななしまちだった。外見は今風の可愛い女の子。だが中身は男性的な強さがあり、怒ると汚い言葉も吐く。困っている人に手を差し伸べるような、情に深い部分もある。

そんなギャップが面白くて茉に興味を持ち、仲良くなった。

そんなまちが、今困っている。なんとかしてやりたいが、歓雫大希かんだたきの事は全然知らない。

『ならば大希たきの事を知ろう』と、行動を起こす事にした。

 二月十日。大学は昼休みだ。心子は中庭に来ていた。

視線の先には大希がいる。

ここ数日、心子は大希を調査していた。そして度々、昼休みに中庭でお花鑑賞をしているのを知った。

大希は今、ウロウロしながら色々な花を見ている。大希は好きな花の前に来たのか、しゃがんだ。

その様子を見た心子は思った。


「よし、今だね。行ってみよっと」


心子は意を決して大希の元へ歩いて行き、大希の横にたどり着くとしゃがんだ。

そして覗き込む様に大希の顔を見て、笑顔で言った。

「おつー! お花鑑賞かなぁ?」


イラスト:migmag

挿絵(By みてみん)

「ふ~ん、キミが歓雫くんかぁ…」



普通は可愛い女の子に声を掛けられたら喜びそうなものだが、大希は困り顔になった。心子の顔を一瞥すると、立ち去ろうとして立ち上がった。

心子は慌てて大希の左腕の袖を引っ張り、無理矢理しゃがませた。

「まあまあ、そんな困った顔しないでよ。女は苦手? 少し話そうよ。イイでしょ?」

「よくないね」

「あなたが歓雫大希君でしょ? 私は楮乃心子かみのみこ花梨茉はななしまちの友達なんだ。よろしくね」

大希は花に顔を向けたまま答えた。

「花梨の? あっそ」

心子みこって呼んでいいよ。私は大希たき君って呼ぶね」

「…歓雫かんだと呼んでほしいね」

「ふーん、歓雫君ね。まっ、『君』は要らないかな? 私さ、あんたに聞いてみたい事があってね。だから声を掛けたの」

大希は顔を少しだけ心子に向けて言った。

「なんだよ」

「最近さ、茉の周囲で不思議な事が起こったの。しかも二つ。その原因を探っているの」

「不思議な事?」

「茉は入学当初からストーカーされてたの。毎日怯えていたよ、茉は」

「それは花梨から簡単だが聞いた。もう犯人は捕まったんだろ?」

「そう、四回生の甲斐かいって奴が犯人だった。けど、甲斐をボコボコにした人がいる。不思議なのはなぜ、そんな事をしたかだよ。犯人が甲斐だと知ってたのなら、警察とかに話してくれたらいいんじゃない? それをせずに自ら甲斐をボコッて茉を助けるなんて、『その人』には得が無いからね。むしろ、その人が新たなストーカーになる事だってありうるでしょ?」

「まさか、そんな事ありえない」

「なぜ、そう言い切れるの?」

「えっ? いや…」

「大学の誰しも、甲斐を疑っていなかったんだよ。奴は優等生で通っていたからね。でも、『その人』は甲斐が犯人だと分かっていた。それはかなり積極的に茉の事を知ろうとしないと、分からない事だからさ。ストーカーと紙一重だよ」

「それ以降に事件でもあったのか?」

「ない。平和なもんだよ」

「じゃあ大丈夫。甲斐が痛めつけられたのも、偶然暴漢に襲われた可能性もあるだろ?」

「あるね」

「それなら『新たなストーカー』の心配なんて、しなくていいんじゃないか?」

「でもさ、茉が風邪で休んでいる間、あの子が育てている花に水をあげた人がいるの。茉が風邪で大学を休んでいるのを知っていて、中庭で花を育てているのを知っていて、育てている花の種類も知っている。そう---」

心子は、大希の前にある花を指差して言った。

「このゼラニウムって花を、茉が育てているって、知っている人だね」

大希は冷静に言った。

「俺も知っているけど、それは最近、本人から聞いたからね」

「ふーん、そうなんだ。しかしすごいね、歓雫。完璧だよ」

「なにが完璧なんだ?」

「私の質問に対する答えだよ。まるで、あらかじめ質問の答えを用意していたみたい。国会の答弁みたいにさ」

大希は呆れた感じでため息をついた。

「だから、俺は知っている事を普通に言っただけだよ。それを答弁なんて言われてもな」

「でも、いるんだよ。第三者がね。さっきまでは、その人が新しいストーカーになるかもしれないと心配してた。でも良い人なのかもしれないね。ただただ、茉を遠くから見守っているだけなのかもしれない。歓雫と話していると、そう思えてきたよ」

「なぜ俺と話していると、そう思うんだ?」

「あんたのゼラニウムを見る目だね。優しい目をしていたからさ」

「…」

心子は困っている様子の大希を見て、両手をパンッと叩いて言った。

「さっ! このお話はここまでっ! 話題を変えよう! ところでさ、歓雫」

「なっ、なんだよ、今度は」

「恋人はいるの?」

心子はこの質問は、大希は困りながら答えるか、はぐらかすと思っていた。

だが、大希はあっさり言った。

「いるよ」

「えっ、いるの?」

「いる」

そう言われて、焦ったのは心子の方だった。「いない」という答えを期待していたのだ。

「ふっ、ふーん、いるんだ。その人は年上? それも、かなり年上とか?」

「ああ、かなり年上だ。なぜ分かったんだ?」

「いっ、いや、なんでもないよ。女のカンかな? アハハ…。

(あれ? スーパーで会ったお姉さんが、すでに恋人って事? でもチョコレートをあげようか悩んでいる段階だから、付き合ってはいないよね…? 他に誰かいるのかな?)」

心子は、頭の中で考え込んでいた。

言葉に詰まっている心子を見て、大希は言った。

「さてと、俺は行くぜ」

大希は立ち上がり、歩き出そうとした。

すると、心子も立ち上がって言った。

「ねぇ、歓雫。その恋人さんって、どんな人?」

「どんなって…。なに? その質問」

「単純な興味だよ。歓雫が好きになる女性って、どんなタイプなのかなと思って」

「説明が難しいけどな。あえて言葉にするなら、俺にとって恋人であり・母親であり・姉でもあり・祖母でもあるって感じの女性だ」

「えっ? それって一人の女性の事を言っているの?」

「そうだ」

「よく分かんない」

「つまり、全てを担える偉大な女性だって事だ。これから先、こんなにも尊敬・感謝ができる女性とは出会わないだろうな。俺が好きな女性は、そういう人なんだ」

「う~ん、やっぱり分かんない。その話、ゆっくり聞きたいなぁ。ねぇ、今度に食事行かない? 茉と三人で」

「いやだ」

「あのさ、私と茉って結構人気あるんだよ。絶え間なく合コンの誘いがあって、断るのが大変なぐらい」

「だろうな。二人とも美人だから」

「あら、ありがとう。歓雫は、私達に興味が湧かないの?」

「湧かない」

「なぜ? 美人だと思ってくれているんでしょ?」

「お前達は美人だ。お世辞じゃなく、客観的な感想としてそう思う。でも俺の恋人は、お前達二人より、はるかに上を行く美人なんだ。さらに言うと、憧れている女性が一人いるが、この人も凄い美人」

「何が言いたいの?」

「俺は美人に不自由していない。新たに女性の知り合いを作りたいなんて思わない」

「よくもまぁ、そんな事を大真面目に言えるよね」

「本当の事だからな」

「歓雫ってさぁ、人にどう思われても気にしないタイプ?」

「しない。自由に思ってくれていい」

「分かったよ、もう引き上げるよ。あんたって、思った以上に手強いわ。…ただ、お願いがあるんだけど」

「なんだよ」

「今日、私があんたに話し掛けた事、茉には内緒にしてくれない? バレたら怒られるの」

「それなら大丈夫だ。俺は女にホイホイ声を掛けれられる人間じゃあないんでな。お前の用事は済んだな? 本当にもう俺は行くからな」

「あ…、うん。あのさ、もう一つお願いがあるんだけど」

「なんだよ、まだ何かあるのか?」

「今度のバレンタイン、茉はあんたにチョコを渡すよ。それを受け取ってほしいんだ。邪険にしないでくれないかな?」

大希はあっさり言った。

「そうなのか? 別に邪険になんてしない。笑顔でとは言わないが、普通に受け取るよ」

「あらそう? なら良いんだけど。意外な答えだね」

「俺もバレンタインは用意するんだ。だから、多少は渡す人の気持ちが分かるつもりだ。敵意のある相手にチョコレートを渡したりしないだろ?」

「そう、なら安心だよ。手作りだから期待しててね。あっ、もらう時は手作りって事は知らないフリをしてね。受け取ってから気付いてよ? よろしくっ!」

「…お前、花梨の友達って言ったっけ?」

「そうだけど?」

「彼女も嬉しいだろう。お前みたいな世話焼きが友達なら」

「だといいんだけどね。ウザがられてる時もあるよ。アハハッ!」

「どうして仲良くなった?」

「どうしてって、たいした理由なんてないよ。私、大学入学当初はさ、周囲を見下していたんだよね。都会出身者だから変なプライドがあってさ。『この田舎者達め』って感じで自分から一線を引いて、孤立していた。大学にいて、一言も話さない日なんてザラだったの。寂しかったし、辛かったよ。そうしたら茉が声を掛けてきてくれたの。私とは全然理由が違うけど、あの子も孤立していたからね。気になったのかもしれないね」

「孤立する? 明朗に見えるけどな」

「あの子は家計が苦しいの。中学校ぐらいからずーっと高校・大学の奨学金の為に、毎日猛勉強し続けているから、友達ができなかったみたい。でも、情に厚い子なんだ」

「だろうね。道端にある、汚れたゴリラの銅像が気になるぐらいだから」

「それ、茉から聞いたよ。あんたのお婆さんと仲良くなったんだってね」

「話し相手をしてもらってる。年寄りと話していても、楽しくないだろうに。頑張ってくれて、感謝してる」

「う~ん、それはちょっと違うな」

「何が違うんだよ?」

「あの子はボランティア感覚で、あんたのお婆さんとお喋りしているんじゃないよ。単に楽しいんだ。友達とお喋りしているのと同じ感覚だよ。そうじゃなかったら、家計が苦しいのにお菓子持って、わざわざ会いに行ったりしないよ」

「…」

大希は少し黙り込んだ後、話し始めた。

「楮乃、お前に頼みがある」

心子は、自分の目をしっかりと見て話す大希に、少し驚いた。

「たっ、頼み? なに?」

「花梨にチョコづくりなんて止めさせろ。そんな時間があったら、勉強に使うんだ。月末に奨学生認定試験がある。甲の合格者は六人だ。一つは俺が首席で取る。つまり、実質は五人だ。花梨は、今のままでは落ちるかもしれない。時間を惜しんで勉強させるんだ」

「まあ、あの子は言われなくても熱心に勉強してるけどさ。そうじゃなくて、あんた何言ってんの? 自分が首席を取るって宣言するのも凄いけど、なぜ茉の結果まで分かったような事が言えるのよ? あんた、あの子の学力を詳しく知ってるって言うの?」

「定期テストのベスト十の結果は、掲示板に張り出されているじゃないか。年明けに公開されていただろ? それで分かるんだよ。それだけの事だ」

「つまり、茉の結果をチェックしてたって事じゃない!」

「そんな事はどうでもいいんだよ。楮乃、お前はどう思うんだ? 花梨がこうを落ちてもいいのか? おつの奨学生でも構わないってのか?」

「いっ、いや、それはもちろん甲を取ってほしいけど」

「なら言う通りにするんだ。さらに聞くが、お前は花梨の遊び仲間か? それとも親友か?」

「親友だよ」

「親友なら、とるべき行動が分かるはずだ。そうだろ?」

「…うん、分かったよ。茉の幸せを目指すようにして行動するよ」

「あっ、それから---」

「この事は、茉には内緒にするんでしょ? 分かってるよ。でも私ってさ、秘密を守るの苦手なんだよね。お喋り大好きだから」

「おっ、おいっ!」

「でもさ、これは喋らないよ。茉の為を想ったら、これは言わない方が良い気がする」

大希は少し安心したように、フーッと息を吐いた。

「ああ、それで頼む」

「あんたって、変だよね。何を考えているか分かんないし、不愛想で怖そうだし。でも…なんだろう? あんたと私が望んでいるものって、同じなのかもしれないね。協力し合うってのは、どうよ?」

「いやだ。お前と同盟なんか結べるか」

大希はそう言うと、心子に背中を向けて去って行った。

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