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序章、忘れられた銅像

ここは北地にある小さな地方市、笠地蔵市かさじぞうし

大晦日の夕方、コンビニのレジに五~六人が並んでいた。次の会計は二十歳ぐらいの女性。だが、その前にスッとスーツ姿の男が割り込んだ。見た感じは四十歳ぐらい。

女性は男の背中に向かって言った。

「あのー。私、並んでいるんですけど」

男は振り向かない。女性はもう一度言った。

「あのー---」

男は怖い顔で振り向いた。そして手に持っていた冷凍食品、板状のスパゲッティで女性を殴った。女性の額から血が流れ、その場にしゃがみこんだ。おでこが少し切れたようだ。

「うぅ…」

「これで静かになった。まだ文句あんのか? あぁ!」

女性は下を向いて悔しがった。この男は『女相手なら、力で負けないだろう』と見下してこんな暴挙に出ているのだ。暴力に負けるのは当然悔しいが、一番悔しいのは見下された事だった。女性はおでこを押さえて泣いた。

血を流している女性を恫喝する男。誰もが許せなかったが、男の体格は身長百八十センチで、プロレスラーの様にガッチリしている。恐れて女性を助けようとする者はいなかった。

すると、女性の後ろに並んでいた男が、スーツの男に言った。

「おい、お前。早くレジを済ませろよ。俺も並んでいるんだからな」

声の主は身長百七十一センチの男で細身。筋力は無さそう。

ピンク色の薄手のパーカーを着て、その上に灰色のジャンバーを着ている。

パーカーのフードを深々とかぶっているので、顔はハッキリ見えない。

周囲の人々は、ピンクのパーカーの男に落胆した。てっきり女性を助けるために声を出したと思ったが、単に自分がレジを済ませたいだけなのだ。

スーツ姿の男は激高して言った。

「お前! 俺に言ったのか?」

ピンクのパーカーの男は淡々と言った。

「そうだ、早くレジを済ませろ」

男は叫んだ。

「うるせぇ!」

さっき女性を殴った冷凍食品を、右手で高々と振り上げた。そして力一杯振り下ろし、パーカーの男の頭に直撃させた。冷凍食品は鈍い音と共に、半分に割れた。

パーカーの男は微動だにせず、冷静に言った。

「ここじゃあ、お店に迷惑だ。外へ行こうか」

「あん? ふざけるな!」

スーツ男は叫ぶと、パーカー男の首元を右手でつかんだ。そして強引に引っ張り始めた。男の腕力は強かった。パーカー男は抵抗ができず、されるがままに引きずられていった。


入口の前に到着すると、パーカー男は穏やかに言った。

「行っていい」

「なんだと?」

「本来なら、お前みたいな人を見下しているブタは許さない。しかし俺はこの後、大切な用事があるんでな。お前に構っていられない。行っていいよ」

コンビニ内では、他の客・店員が入り口付近に集結して、男二人の様子を見ていた。

その中には、被害にあった女性もいた。

スーツ男はつかんでいた右手に左手も加えて、パーカー男の襟を両手で荒々しくつかんだ。

「お前、バカか? 頭がイカれているのか?」

「何を言っている? 自己紹介をしているのか?」

スーツ男はつかんでいた両手を、さらに強めた。

「…殺す! お前は殺す!」

パーカー男は、またも冷静に言った。

「分かった。でも店の入り口前じゃあ、やはりお店に迷惑だ。何より、お前が思い切りやれないだろう? 駐車場のスミへ行こう」

スーツ男は、両手を荒々しく振りほどいた。

「ふん、いいだろう」

コンビニの敷地内にある駐車場に移動しようと、パーカーの男に背を向けた。

その数秒後、スーツ男の頭に…正確に言うと、後頭部に激痛が走った。あまりの痛みに立っていられない。スーツ男はうつ伏せに倒れた。

「ぐ、ぐ、ぐぅ…」

パーカー男が背後に立っていた。右手には細い棒のような物が握られている。

そして上機嫌で言った。

「あっ、ちゃんと後頭部の中心に当たった? 中心をピンポイントで叩くのって難しいから、上手くいってよかったよ。これは成功率が七割ぐらいなんだよな」

パーカー男の手には、コンビニの前に飾られている、宣伝用の旗の棒が握られていた。

旗には『アツアツのおでんあります』と、印刷されている。

パーカー男は続けて言った。

「コンクリートブロックで背後からガツン! が、俺の定番なんだけどね。最近見当たらないんだよ。駐車場には、よくあったのにな。片づけないでほしいぜ」

パーカー男はスーツ男の後頭部を、棒でガンガン叩き始めた。男は激痛で声を上げた。

「ぐわぁぁっー!」

「これなら頭蓋骨にヒビぐらいかな? 割れてはないよ。良かったな」

スーツ男は痛みに耐えながら言った。

「背後からなんて…、ひっ、卑怯者めぇ!」

パーカー男は棒を投げ捨てた。そして右手の拳を、スーツ男の後頭部に押し付け始めた。

スーツ男は痛みで絶叫した。

「ぐわぁ、痛い! 痛い! やめてくれぇ!」

「『卑怯』は自覚があるから安心してくれ…っていうか、お前、何言ってんの?

これは空手の試合じゃあないんだ。お前が俺を冷凍食品で殴った瞬間から、戦闘は始まってるんだ。お前の言っている事は、戦場で『ルールとマナーを守りましょう』と言っているのと同じだよ。それに女を殴ったお前は、俺と同じレベルだ。違うかな?」

パーカー男は、さらに拳を押し付けた。

「『違うかな?』って、聞いているんだけど?」

「痛いっ! 痛いっ! そうですっ! おっしゃる通りですっ!」

パーカー男は、拳を頭から離した。

「そう、分かってくれたらいいんだ。一ヶ月くらい入院すると思うけど、体をゆっくり休めながら反省するといい」

スーツ男は小さな声でうめいている。頭の激痛で、体が少しも動かせないようだ。

パーカー男は自分が投げ捨てた旗を拾うと、元の場所に丁寧に戻した。

次にスーツ男のズボンやジャケットのポケットを探った。そして財布を取り出した。

それを見ていたヤジ馬連中は、『金を巻き上げるんだ』と軽蔑した。

しかし、パーカー男がとった行動は意外なものだった。コンビニに入り、真っ二つに折れた冷凍食品を拾って、スーツ男の財布で会計を済ませた。そして倒れているスーツ男の背中の上に冷凍食品とレシートを置き、財布をポケットに戻した。また店内に戻ると、軍手を一つ手に取った。この辺りは寒地なので、コンビニにも軍手が売っている。

会計をしようとレジに行くと、六十代の女性店員が言った。

「ありがとうございました」

パーカー男は淡々と返事をした。

「いや、まだお金を払っていないんだけど?」

相変わらずフードに隠れて表情は見えない。

「そうじゃないです。あの男をやっつけてくれたでしょう? あいつは有名なクレーマーでね。この町のお店の人達は、みんな泣かされてました。大怪我を負った店員は数え切れないし、つぶれた店もあるんです。スカッとしましたよ」

「知らないよ、そんなの。単に火の粉を振り払っただけ」

「フフッ、そうなんですね。あの、この軍手は差し上げます。持って帰ってください」

「それは困る。チンピラをやっつけて物をもらったなんて知られたら、俺は叱られる」

「へぇ、あなたみたいに強い男を叱る? さぞかし怖い人なんでしょうね」

「俺は強くないよ。背後から襲えば、誰だって勝てるんだから」

「そんな事は無いですよ。それは、凄い勇気だと思います」

「勇気があるのは俺じゃない、殴られた女の子だ。

怖そうな男に『ちゃんとレジに並べ』と言えるんだから、すごいよ」

「なるほど、そうかもしれないですね」

「…いいから会計を早く。この後、用事があるんで」

パーカー男は支払いを済ませ、軍手を購入するとコンビニを出た。

「やれやれ、軍手一つ買うのに手間がかかったな」


負傷した女性は、右手でケガをしたおでこの辺りをハンカチで押さえていた。

パーカー男がレジを済ませ、店を出て行く後ろ姿を見ていた。

しかし自分の動揺が収まっておらず、声を掛けられなかった。

離れた場所から、小さくなっていくパーカー男の後姿を見て思った。

「(私を助けてくれた…って雰囲気じゃないけど、助かったな。ありがとう)」

 先程のコンビニから、数百メートル離れた場所。アスファルトの道路があるだけで、民家も商店も、数百メートル先に行かないと無い。つまり、ただの通り道だ。

だが、そこにポツンと置かれた銅像がある。三頭身のゴリラの銅像。名前はジョン。

高さは九十センチほど。大人が抱き着いても腕の中に納まらないので、まあまあデカい。

銅像なので、色の塗装はない。全体が薄い灰色だ。

この笠地蔵市には、市を取り囲むように、六つの銅像が置かれている。

一、おさるのジョニー 二、犬のナナ 三、猫のマタ 四、ネズミのミキ 五、亀のレオ

そして、六番目がゴリラのジョンだ。

町おこしを狙った笠地蔵市が、いわゆる『ゆるキャラ』として作り出した六体のキャラクター『六神体』だ。誕生して、そろそろ十年になる。

商店街のお店に行けば、ぬいぐるみやキーホルダー、文房具などが売っている。絵が印刷されたお菓子などの食べ物もあり、どれも好評だ。

六体のうち、特に人気があるのがジョニーだ。犬のナナや猫のマタもなかなかの人気だ。

しかし、ズバ抜けて人気が無いのがゴリラのジョンだ。市民に六神体をたずねても、ジョンの名前を言えない者も多い。

六神体の銅像は地域住民に「可愛い」と人気があり、よく人が集まる。待ち合わせにも利用されているようだ。お地蔵さん代わりなのか、お供え物をする人までいる。近所の人が掃除もするので、いつも綺麗だ。

しかしジョンは人気ひとけが無い場所に置かれてしまった、皆に忘れられた銅像だ。

だから掃除する者がおらず、はっきり言って汚い。所々にコケが生えているし、ハトの糞も付いている。車が水をはねるからか、泥だらけ。忘れられているので、誰も綺麗にしようとは思わなかった。ある二人を除いては。


時刻は夕方。辺りは薄暗く、相変わらず人気ひとけは無い。どの家庭も大掃除などの迎春の準備を終え、家でゆっくりくつろいでいる頃だ。ゴリラのジョンも、汚れたまま年を越そうとしていた。

そのジョンの前に立っている男がいる。

名前は「歓雫大希かんだ たき」。二十一歳で、東見とうみ大学の一回生だ。

先程、コンビニでスーツ姿の男を殴打した男だ。

大希は腰を低くすると、軍手を着けた。さきほどのコンビニで買った品だ。持参した雑巾を使い、ジョンを磨き始めた。時折り軍手を外し、バケツの水で雑巾を洗っては、またジョンを磨いた。何度もそれを繰り返すので、手が赤くなり、かじかんでくる。

ハァハァと自分の息で手を温め、軍手を着け直して掃除を続けた。


二十分ほど経っただろうか。ジョンは綺麗になった。

鼻や耳などの凹凸おうとつの部分も含め、隅々までピカピカだ。

『うーんっ!』と体を伸ばしながら、大希は言った。

「まったく手間がかかるなぁ、お前は。ウチにもお前はいるが、ぬいぐるみだから手間いらずだ。それに、黙って婆ちゃんの話を聞いてくれているし。お前も見習ってくれよ」

右手を高く振り上げ、ジョンの脳天にめがけて右手をパンッと叩いた。

その瞬間、辺りは真っ白になり、何も無い空間となった。

ここは静まり返った、真っ白な空間。

何処かから声が聞こえた。

《いたた…お前なぁ。毎月毎月、掃除してくれるのには感謝するが、いつも痛いんだよ!》

見えない相手から声がした。さらに、違う声が聞こえる。

《いいじゃないか。おかげでサッパリできてるんだろう?》

《本当に痛いんだよ。こいつ本気で叩いている。加減を知らないのか?》

また違う声がした。

《ふーん、しかし面白そうな奴がきたなぁ。またアレをやるか?》

また違う声が増える。

《もう飽きたよ。どうせ似たような答えだって》

大希の目には見えないが、どうやら五~六人がザワザワと話しているようだ。

痺れを切らした大希が、不機嫌そうに言った。

「おい、お前ら」

《おっ、お前らって…。失礼な奴だ。分かり易く言うと、我々はお前達の世界で言う『神』みたいなものなんだぞ!》

《それは言い過ぎ…》

「知らねーよ、バカ」

《コイツめ! 俺達がその気になれば、こんなちっぽけな星は、一瞬で壊せるんだぞ!》

《それは本当。一瞬は嘘だけど…》

「やりゃあイイじゃねーか。俺は急いでいるんだっ! マヌケッ!」

《言ったな…。やってやる! やってやろうじゃないかっ!》

すると、仲裁に入る声がした。最初に『いたた…』と言った声だ。

《まぁまぁ、熱くなるな。もっとも、最初に怒ったのは私だから偉そうに言えないが。

ところで歓雫大希》

「俺を知っているのか? 馴れ馴れしいな」

《別に私達は、ケンカする為にお前を呼んだんじゃない。聞きたい事があるんだ。

回答いかんによっては、褒美をやる》

「は? なに言ってんだお前?」

《なんだ?》

「ご褒美を貰ってくださいませんか? の間違いだろ? 上からモノを言うんじゃねえ」

《え?》

またザワついた声が聞こえ始めた。

《こいつ! 本当にこの星を爆破してやるっ!》

《面白い。面白い奴だ》

大希は、さらに不機嫌に言った。

「俺は急いでいるんだっ! 用事があるなら早くしろっ!」

《ふーっ、分かったよ。じゃあ本題に入ろうか。私に名前が無いと、お前も話しずらいだろう。一応名乗っておこう。私の名前は…そうだな、『ジョン』としておいてくれ》

「ジョン? ゴリラのジョンか?」

《まあ好きに解釈してくれ。私達の要件は簡単な事だ。ある質問をするだけだ。

回答によっては、どんな願いも一つ叶えてやる。百億円の現金が欲しいならくれてやる。総理大臣になりたいならさせてやる。我々が気に入った答えであればな。

ただし、私達は嘘が見破れる者がいる。

媚びた答えで気に入られようとしても無駄だからな。正直に答えるんだ》

「ああ、それなら安心してくれ。俺は偉そうな奴が大嫌いなんだ。ハッキリ言ってやるぜ」

ジョンではない声が言った。

《こっ、こいつ!》

ジョンがたしなめた。

《まぁいいじゃないか、こいつの言う事にも分はあるよ。急にこんな所に連れ込まれてな。願いだが、一点だけ注意がある。命にまつわる願いは叶えらえない。『骨折を治す』・『火傷の跡を消す』程度ならできるが、『故人を生き返らせる』とか『不治の病を治す』という事はできない。それは覚えておいてくれ》

大希は腕を組んで言った。

「分かったよ。さっ、なんでも聞いてくれ。どーぞ」

《よし、いくぞ…》

ジョンがそう言った途端、場の空気が変わった。

大希はピリッとした緊張感に包まれた気がした。

《お前は今、地獄にいるとする。いるだけで息苦しさを感じるような、暗い場所だ。出口は無い。ここで一生を過ごさねばならない。そんな時、天から一本の白い糸が降りてきた。これを登れば地獄から逃れられる。それで---》

大希はジョンの話をさえぎった。

「おい、待てよ」

《なんだ?》

「糸? 登ったら切れるだろ?」

《はぁ? じゃあロープにしろとでも言うのか?》

クスクスと、周囲から小さな笑い声が聞こえてきた。

ジョンは言った。

《いいや! この話は白い糸でする! 私は細かい事を気にするんだ》

「あっそ。勝手にしたらしい」

《そうさせてもらう。…で! その糸を登れば地獄から脱出できる。だが、糸は一人分の重さにしか耐えられない。お前は登り始めてから下を見ると、他の連中が糸をつかもうとしていた。お前はどうする?》

大希は間髪入れずに答えた。

「簡単な話だ。『この糸は俺の物だ! 触るんじゃねえ!』と言いながら、他の連中を蹴落とすね」

周囲から「へぇー」「ほぅー」という、感心とも呆れとも取れる声が聞こえた。

《そんな答えを言ったら、気に入られないとか思わないのか?》

「全然構わねぇ。俺が仲良くしたい人は、この世で一人だけだからな。お前らなんかに嫌われたって平気だね」

《あいにく、私は人間が嘘をついているかどうかを見破る能力が無いんでな。ちょっと待ってろ。どうだった?》

ジョンは他の神に聞いた。

《こいつ、本気だぞ。本気で他の人間を蹴落とすつもりでいる》

他の神も、感想を言い始めた。

《コイツは悪党だ。しかしそんな奴が、一年間もジョンの銅像を掃除するだろうか?》

《今までに聞いた事がない答えです》

《面白いっ! 面白いよコイツ!》

ジョンは納得がいかないようだった。そして言った。

《質問を少し変えよう。その地獄に、歓雫キヨもいたとする》

大希の体がピクリと動いた。

「キヨって、キヨ婆ちゃんか?」

《そうだ。さあどうする? 糸は一人が登り終えると切れてしまうぞ。お前と歓雫キヨ、どちらが登るんだ?》

大希は、またも間髪入れずに答えた。なんの迷いも無さそうだ。

「愚問だね。もちろんキヨ婆ちゃんを登らせる。その間、糸に群がろうとする他の連中をブチのめしておくな」

《だが歓雫キヨは老婆だ。糸を登る体力は無い。歓雫キヨはなんと言うだろうな?》

「『ワシを残して、お前だけでも登れ』と言うだろうな。婆ちゃんはそういう人だ」

《じゃあお前は、一人で登る訳だ》

「いいや」

《ほう、どうする?》

「俺も地獄に残る。キヨ婆ちゃんのいない世界にいても地獄みたいなもんだ。それなら、本物の地獄で一緒にいるよ。それに俺がいないと、婆ちゃんが寂しがるじゃねぇか」

《…》

ジョンは少し考えた後、他の神に聞いた。

《どうだった?》

《やはり、こいつは嘘をついていない。本気でそう思っているぞ》

他の神も、今回は黙って聞いていた。

《分からない奴だ…。では、最後の質問だ》

「まだやるのかよっ! 早くしろっ! 急いでいるって言ってるだろっ!」

《最後の質問は問答じゃない。単なる興味だ。お前、さっきから何を急いでいるんだ?》

大希は腕時計をチラリと見て叫んだ。

「もう十八時半だ! あと三十分しかねぇじゃねぇか!」

《だから、何を急いでいるのかと聞いている》

「十九時からキヨ婆ちゃんと年越し蕎麦を食べるんだよ! 毎年の恒例行事なんだ! 早く俺を元の場所に戻せっ!」

《…それが百億円もらうよりも、大事な用事なのか?》

「そうだよっ! 早くしろっ! お前らがメシ食ったりするのか知らないが、婆ちゃんの年越し蕎麦は、この世で一番美味いんだ! 婆ちゃんは毎年、十九時ピッタリに食べるように準備してるんだ。遅れたら、蕎麦が伸びるじゃねぇかっ!」

そう大希が叫ぶと、周囲三百六十度から『アハハ! ワハハ!』という大きな笑い声が聞こえ始めた。

大希は戸惑い、周囲をキョロキョロと見た。

「なっ、なんだ?」

しばらくすると笑い声は止まり、ジョンは言った。

《確かに蕎麦は美味いんだろうが、『歓雫キヨと一緒に食べるから』が、正確だろうな。さてみんな、どうだろう? 私はコイツを合格としたい》

《賛成だぜ。楽しませてもらったぞ》

《私は反対です。結局は悪党だと思います》

《善人かどうか知らんが、正直者だ》

《正直者かもしれないが、こんな奴を『合格第一号』にするのはちょっとなぁ…》

《初めて聞いたタイプの答えだ。賛成だ》

再びジョンは言った。

《歓雫大希よ。お前の願い事を、なんでも一つだけ叶えてやる。金が欲しくば、欲しいだけ与えてやる。世界一の大企業の社長にだってならせてやる。どんな望みも叶えよう。ただし、条件がある》

「条件?」

《お前に対して、我々は満場一致ではないんだ。半分は反対している。要するに、お前は五十点という事だ》

大希は怒った。

「五十点だぁ? 初対面の奴に点数を付けられるなんて我慢ならねぇ! ぶっとばしてやるから出てこいっ!」

《本当に気が短いなぁ、お前。とにかく、あと五十点だ。百点をとって見せるんだ》

「どうしろと言うんだ?」

《今から改めて問う『質問』に答えてもらう。私が納得のいく答えを言えたら、百点…合格としよう。いわゆる『追試』というやつだ》

「…またかよ。で、何を聞きたいんだ?」

《では聞こう。歓雫大希よ、『天国へ行くには、どうすればいい?』。これが質問だ》

「はぁ? なんだそれ? 抽象的すぎるぞ。『死後の世界はあるのか?』って質問か?」

《言葉通りの質問だ。それ以上でもそれ以下でもない。答えるんだ》

大希は面倒くさそうに言った。

「もういいや。そんな哲学みたいな事を聞かれても分からねぇ。『願い』なんていらねぇから、さっさと帰してくれ。年越し蕎麦に間に合わなくなる」

ジョンは残念そうに言った。

《そうか…。お前のような人間がなんと答えるか、興味深かったのだがな》

「もう他をあたってくれ。俺は帰る」

《では、少し質問を変えよう。これならお前もやる気がでると思うぞ》

「でないよ。帰らせろ」

《歓雫キヨ》

「…え?」

《『歓雫キヨを天国へ連れて行くには、どうすればいい?』。これならどうだ?》

大希の表情が一変した。真剣に悩み始めた。

「婆ちゃんか…。う~ん…」

《フフ、やる気が出たようだな》

「う~~ん…」

《…》

「う~~~ん…」

《長い! 早く答えろ!》

「しかし難しいぞ、これは」

ジョンは呆れて言った。

《お前、歓雫キヨの事となると、全然態度が変わるなぁ》

「難しいな…」

《よし、お前に時間をやろう、歓雫大希》

「時間?」

《今までに色々な人間の回答を聞いたが、お前の回答が一番興味深かった。『五十点』と聞いてお前は気分を害したようだが、五十点も取ったのは、お前が初めてなんだ。それに免じて、『追試』の質問に関しては考える時間をやろう。それにお前がなんと答えるのか、興味があるしな》

「時間をやると言われても、もうすぐ婆ちゃんと年越し蕎麦を食べるから無理だ」

《お前、年越し蕎麦の事はいったん忘れろ! 心配しなくても三十分や一時間などというケチな事は言わない。そうだな…三ヶ月後なんてのはどうだ? しっかり考えてもらおう》

「三ヶ月後? なぜだ?」

《三ヶ月後、来年の四月一日。たしか歓雫キヨの誕生日だったな。分かり易いだろう?》

「婆ちゃんの誕生日まで知っているのか。でも、その日はダメだ」

《どうしてだ?》

「四月一日は、婆ちゃんと二人で『お誕生日パーティー』をするんだ。忙しいんだよ」

《お前、歓雫キヨの為なら『神』ですら後回しかよ…》

「じゃあ前日の三月三十一日にしろ」

《三月三十一日…? その日は、止めておいた方がいい》

「どうしてだ?」

《三月三十一日は、歓雫大希。お前にとって人生最大の試練の日になるからだ》

「『試練』ってなんだよ?」

《詳しくは、私にも分からない。だが、試練は確実に起こるんだ。それでも良いのか?》

「俺は『試練』は飽きるほど遭っているからな。どうでもいいよ」

《本人がそう言うなら、まぁよかろう。では前日の三月三十一日でいいんだな?》

「ああ、いいぜ」

《では決まりだ。三ヶ月後の三月三十一日。もう一度『ジョンの銅像』の前へ来い。早くても遅くてもダメだ。三月三十一日以外は、私と接触はできない。『一日ぐらいズレでもいいだろう』などと思うなよ。私は細かい事にこだわるんだ》

大希は面倒そうに言った。

「へいへい、ご勝手に」

《では三ヶ月後だ。歓雫大希、また会おう!》

ジョンの言葉が終えると、大希はジョンの銅像の前に戻っていた。

急に白い世界が消えて大希は戸惑ったが、すぐ我に返った。『神』達とのやりとりは、鮮明に覚えていた。

「あと三ヶ月…。あいつらの為じゃなくて、婆ちゃんの為に考える価値がある質問だ。

考えてみるか…。ただ、その前に…」

腕時計を見て、大希は叫んだ。

「まだ間に合う! 婆ちゃんと年越し蕎麦だぁー!」

地面に置いていた軍手・バケツ・雑巾を手に取り、白い息を吐きながら駆け出して行った。

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