終章、あなたはやっぱりお婆ちゃん
あれから約一ヶ月が経った五月二十日。大希・茉・心子の三人は二回生になっていた。時刻は朝の七時三十分。茉と心子は歓雫家に向かって歩いていた。
心子は歩きながら、隣の茉に言った。
「しかし歓雫も良いご身分だよねぇ。こんなに可愛い女の子二人と通学できるんだから」
「フフッ、やっと退院できたからね。大希君が大学へ行く日は、三人で行くのが普通になっちゃったね」
「しっかし退院できて良かったよ。最初に病院で見た時は、トラックに轢かれたみたいと思ったもん。体中に包帯がグルグル巻きでさ」
「ホントだよね。後遺症も残らなかったみたいだし、本当に良かったよ」
「でもまぁ、『不幸中の幸い』というか、『怪我の功名』というか、悪い事ばかりじゃあなかったでしょう? 良い事もあったじゃん」
「良い事って?」
心子はニヤリとして言った。
「茉はしょっちゅう、歓雫のお見舞いに行っていたもんね。さぞかしラブラブな時間を楽しんだんだろうな~と思ってさ。『邪魔しちゃあ悪いな~』と思ったから、
私はあまり行かなかったんだよ」
茉は焦って言った。
「ばっ、バカな事を言わないで! 大希君が休んでいる間の、大学の講義の内容を伝えていただけだよっ!」
「ふ~ん、じゃあそういう事にしておいてあげる。でも、チューはしたよね?」
「してません!」
「なぁんだ、つまんないの。あっ、そういえば…」
心子は何かを思い出し、茉の顔を見ながらクスリと笑った。
「フフッ!」
「なに? 人の顔見ながら笑っちゃってさ」
「チューで思い出したの。歓雫の茉への告白。この前、話してくれたじゃない?」
「うん」
「キスをし損なった歓雫に『もうっ!』って怒ったりしたんだよね? 茉の意外と積極的なトコロを知って、ビックリしたもん」
「うぅ…。本当に、それはもういいって!」
「チューはこれからのお楽しみだね。ところで、例の人は見つかったの?」
「例の人って?」
「歓雫と茉を助けてくれた金髪の人だよ」
「それが見つかっていないの。私もお礼を言いたいんだけどね」
「でも、茉や歓雫の事を知っていたんでしょ? 本当に見覚えないの?」
「うん、無いの。派手な感じの人だったから、会っていたら忘れないよ」
「歓雫はなんて言っているの?」
「嬉しそうな顔で言うの。『うん、また今度話すよ』って」
「えっ、知ってるの? 今度っていつなの?」
「十八年後だって」
「はぁ~? なにそれ? ふざけてるの?」
「真面目に言ってたよ。『十八年後に話すから』だって。色々聞いても、それ以上は何も言ってくれないから、十八年待つしかないの」
「本当に分からないね。なぜか十八年後ならOKなの? 気になるな…」
「あれ? いつもの心子なら『そんな細かい事は気にしない』って言いそうなのにね。大らかな心子らしくないよ。それより心子に、まだお礼を言ってなかったね」
「なんの事?」
茉は心子へ恥ずかしそうに言った。
「心子。大希君と結ばれたのは、あんたのおかげでもあるんだよ。ありがとうね」
「いーえ! 茉が私にしてくれた事に比べたら、大したことないよ! こっちこそありがとうだよ。それよりさ、あんた達が恋人同士になって、キヨさんは喜んでいるだろうね」
「キヨさんといえば、最近気になる事があるの」
「キヨさん? なにが気になるの?」
「キヨさんって陽気なお婆さんだったでしょ? でも若返ってから、さらにテンションが高くなった気がする。気持ちまで若返ったっていう感じかな。私、今のキヨさんと話してると、まるで女子高生と話してるのかと錯覚しちゃう時があるもん。どうしてだろう?」
「ああ、それは割と想像がつくよ。例えば車好きな人がいて、普段は軽自動車でドライブを楽しんでいた。それがいきなり、『若い体』っていう桁違いの性能を持った『Fワンマシン』に乗り換えたんだからね。そりゃあ気持ちも桁違いに高まるよ、きっと」
「なるほどね。見事な分析ですよ、未来のカウンセラーさん」
「フフッ、どうも!」
「『気持ちが高まる』といえば、デジカメが見つかって良かったね。見つかった時、心子はすっごい喜んでたから思い出した。でも言ってたね。『謎が残る』って」
「そうなの! デジカメは、机の引き出しの決まった場所に入れていたの。…で、そこは何十回と確認したから、絶対に無いはずなんだよ。でも、あったんだよね」
「でもそれは、ウッカリしてたんじゃないの?」
「そんな事ないって! お姉ちゃんも『知らない』って言うし。本当に謎だよ。それにもう一つ、謎が増えたの」
「なに?」
「スーパーの会員カードのポイントが、とっても増えていたの。これも謎だよ」
「だからー、それも心子が残額をチャージしたのを忘れちゃってたんでしょう?」
「違うってば! 信じてよ~、この二つは神の仕業かもしれないよっ!」
茉は疑っているような表情で聞いていたが、一転して笑顔になった。
「なんてねっ! 嘘だよ。信じるよ」
「えっ?」
「私達は『キヨさん』っていう奇跡を知ってるからね。デジカメが見つかったり、ポイントが増えるくらいなんて、簡単に信じられるから」
「アハハ、そりゃそうだね。増えたポイントで、高級牛肉でも買おうかな。
それでみんなですき焼きでもしようよ」
「うん、賛成!」
二人は歓雫家の前に到着し、心子がインターホンを押した。
しばらくすると、玄関のドアが勢いよく開いた。
出てきたのは大希ではない。ピンク色のパジャマを着た女性、キヨだった。
「おはよう! マミー! ミルキー! もうちょっと待ってね」
茉は言った。
「おはようございます、キヨさん」
心子も続けて言った。
「おつー! キヨさん! う~ん、私、未だに慣れませんよ」
キヨが答えた。
「えっ? なにが慣れないの?」
「歓雫の家から、若いキヨさんが飛び出てくる事ですよ。女子高生と同棲してるみたい」
茉は心子に向かって言った。
「バッ、バカ! 変な事言わないの!」
キヨは大笑いした。
「カッカッカッ! 私が女子高生? そんな可愛い事を言ってくれると照れちゃうな」
茉はキヨの様子を見て、嬉しそうに言った。
「私、キヨさんの高笑い好きなんです。また聞けるようになって嬉しいな」
「エヘッ、ありがとう! そんなのいくらでもするからね! あっそうだ! マミー、宝クジの件、大希から聞いたよ。良かったね!」
「はい! ありがとうございます!」
茉は宝クジを落とした。そして百枚ではなく、六枚のクジを選んだ一件。百枚の宝クジは警察に届けられていた。そして翌日に落とし主が現れた。落とし主は百枚中、二十枚の宝クジを警察に手渡し、『拾ってくれた人に、お礼として渡してほしい』と頼んだのだ。その中の一枚が---
心子は嬉しそうに言った。
「すごいよねぇ! 一等の一千万円が当たってたなんて」
「ホントにそうだよ。最初は実感湧かなかったからね。私がもらっていいのか心配で、落とし主の人と連絡を取ろうとしたんだよ。でも行方不明で、警察も『連絡がつかない』って言って困ってたよ」
心子は考え込みながら言った。
「う~ん、それはミステリーだよね。気になるな…」
「まただ。細かい事が気になるなんて、おおらかな心子らしくないよ。何かあったの?」
「えっ? 何も無いけどね。でも最近、細かい事にこだわる性格になってきたの」
キヨは嬉しそうに茉に聞いた。
「マミー、一千万円は凄いよッ! 海外旅行でもしちゃう?」
「いえいえ、しませんよ。まず、五百万円は定期預金にしました。残りは学費と生活費にします。そうすれば、お母さんはかなり仕事が楽になりますし。もちろん奨学生の勉強は続行します。油断せずに『甲』の奨学金の獲得を目指して、しっかり頑張りますよ」
「うん、いいね。良い心がけだね。それでこそ、歓雫家の嫁だよ!」
「へっ…?」
心子が笑いをこらえながら言った。
「プッ…! でもさ、変だよね。百枚の宝クジを警察に届けたのは、茉じゃないんでしょう? どうして茉が拾い主になっているんだろうね?」
「私もそれが分からないんだよ。警察に聞いても、書類上は私になっているんだってさ」
三人が話し込んでいても、まだ大希が出てこない。
キヨが家の中に向かって叫んだ。
「ちょっと~! 早くしなさいよ、タッキー!」
心子は驚いて言った。
「タッキー? 今はタッキーって呼んでいるんですか?」
「そうだよ。今まで嫌がっていたのに、急にOKになったの。フフッ!」
「ひぇ~、それはビックリ! ねぇ、茉」
茉は心子とは対照的に、平静な表情だった。
心子は不思議そうに言った。
「あれ? あまり驚いていないね? あの歓雫がタッキーって呼ばれてるんだよ?」
「うん、聞いた事あるからね。驚かないよ」
「えっ、そうなの?」
三人で話していると、やっと大希が玄関から出てきた。
大希は出てくるなりキヨに言った。
「ちょっと婆ちゃん、それ間違ってるよ! まだ先の話だってば!」
「なにが間違ってるの?」
「『タッキー』って呼んでいいのは五年後! 『夕威が小学二年生になってから』だって
何度も言ってるじゃないか」
「え? それ本気だったの? どうして、そこに夕威が出てくるの?」
「とにかく、それまでは『タッキー』は禁止! 分かった?」
「チェッ、つまんないの」
大希はキヨに言い終えると、茉と心子に言った。
「二人とも、待たせてごめん!」
茉は言った。
「あっ、いいよ」
心子は呆れ気味に大希へ言った。
「歓雫~、寝坊でもしてたの? もう家事は、キヨさんが若くなったから全部してくれているんでしょ? たるんどる!」
大希に代わって、キヨが答えた。
「まぁそうなんだけどね。でも、ここ数年は大希が家事・炊事を全部こなしてくれていたから。今は若い私がやるよ。暇だしさ」
「キヨさん、甘やかしたらダメですよ」
「う~ん、孫を甘やかすのは、ババアの仕事だからねぇ」
「いや、そんな女子高生風の外見で『ババア』って言われても説得力無いんですけど…」
大希は心子に言った。
「寝坊じゃないから!」
次にキヨへ言った。
「それに婆ちゃん、今日からウチで本当の『仕事』が始まるんだから、しっかりしてよ! だからたった今まで、俺が掃除や片づけをしていたんだから!」
「もっちろん! 任せといて!」
茉はキヨに聞いた。
「お仕事って? 家で何かされるのですか?」
「子供を預かるんだよ」
「子供?」
「ユアピーは知ってるよね? 息子の夕威を預かるの。週四日くらいかな。朝から夕方までね」
「そうなんだ! すご~い!」
「これって大希の提案なんだよ」
「えっ? 大希君の?」
大希は茉と心子に言った。
「うん。婆ちゃんは若返って、食事を自分で作れるようになったからね。だから夕空さんの勤め先からの、お弁当宅配も終わったんだ。でも、このまま夕空さんと夕威との縁が無くなるのは寂しいからね。特に婆ちゃんは、夕威が大好きだから」
キヨは言った。
「夕威は元気な二歳の男の子だけど、私も負けないくらい元気だから大丈夫だよ」
心子は言った。
「フフッ、そうですよね。今のキヨさんなら大丈夫ですよ。それに働いている家庭の子供を預かるのって、社会貢献ですよ。おかげで夕空さんは安心して働けますからね。さすがはキヨさんです」
「とっても楽しみなの! 夕威をメチャクチャに可愛がるんだぁ♥」
キヨとは対照的に、大希は少し不満気に言った。
「ただ、お金をもらう事になっているんだ。それがちょっとね。夕空さんは『払わせて下さい』ってきかないし、婆ちゃんはあっさりオッケーするしさ」
心子はキヨに聞いた。
「失礼ですけど、いくらくらいもらうのですか?」
「そんなにはもらわないよ。ユアピーの勤め先の託児所より、もっと少ないくらいかな」
心子はそれを聞いて、大希に言った。
「それならもらった方が良いよ。自宅で見ると言っても、光熱費や食費はかかる訳だし。それにキヨさんに職業意識が芽生えて、緊張感を持ってもらえると思う。夕空さんも、その方が絶対安心だよ。お金を払っている方が、細かな希望も言いやすいだろうし」
「…なるほど」
茉が言った。
「あら、大希君。言い負かされちゃったね」
「誰に何を言われても良いけど、楮乃だけは嫌だ」
「歓雫! ケンカ売ってんの!」
「アハハッ! ごめん! 冗談だよ」
「もうっ! まあそれはともかく、キヨさん、頑張ってくださいね」
「ありがとう。おかげで新しい目標ができたの。この生活が慣れてからだけど」
茉は聞いた。
「へぇ、なんですか?」
「保育園の先生になりたい」
茉と心子は驚き、同時に言った。
「保育園の先生!」
それを見たキヨは笑った。
「アハハッ、二人でハモッたね!」
茉は喜んで言った。
「それは良いですよ! キヨさん子供好きだと思うし。ピッタリです」
心子も笑顔で言った。
「私もそう思います。似合いますね」
キヨは言った。
「ありがとう! ただ、今の私の学力は小学校の低学年ぐらいなんだよね。まずは基本的な勉強から頑張らないといけないの」
大希が言った。
「それは大丈夫。時間は掛かるだろうけど、婆ちゃんは頭が良いから勉強はできるようになるよ。俺が教えるから安心してね」
キヨはウットリした表情で言った。
「…大希。手取り足取り、優しく教えてね♥」
「変な言い方しないでっ!」
「アハハ、ごめ~ん! 冗談だよっ!」
茉はそんなキヨと大希を見て、目まいがした。
「う…」
心子は言った。
「茉! しっかりして!」
大希は心子に真面目な口調で言った。
「ところで、今日から頼みますよ、楮乃先輩」
心子は驚いた表情で言った。
「なっ、何よっ急に! …あっ、そうか。今日からだっけ?」
茉はキヨに言った。
「キヨさんも聞いているでしょう? 今日から大希君は、心子と同じコンビニでアルバイトをするんです。心子が先輩ですよ」
キヨが言った。
「うん、ミルキーが紹介してくれたんだよね。ありがとう! こき使ってね、先輩!」
「もちろんです! でも歓雫、どうして急にアルバイトをする気になったの?」
「ん? 別に複雑な理由じゃないよ。婆ちゃんが家事をしてくれるから、時間に余裕が出来るからね。その分アルバイトをして収入を増やそうってだけだよ」
「そのお給料は何に使うの?」
「生活費だよ。あと、空手道場の月謝かな」
「空手? 歓雫って空手を習うの?」
大希が答えようとしたら、キヨが心子に言った。
「そうなの。退院したら急に言い出してさ、ビックリしたよ」
心子が大希に聞いた。
「どうしてこのタイミングなの? 暴漢に襲われた件があったから? 護身の為に?」
「それもあるけどね。それにあまり時間が無いから、早く始めたいんだ。え~っと、小学二年生は七歳だから、あと五年しかないから。それまでに黒帯にならないとね」
大希以外の三人は、『訳が分からない』という表情になって、大希を見ていた。
それに気付いた大希は、ハッとなって言った。
「ごっ、ごめん! なんでもないよ」
心子は大希に言った。
「よく分かんないけど…。まぁともかく、お給料の使い道は、生活費と空手の月謝。でも、もう一つあるでしょう?」
「なに?」
「茉とのデート代」
「おっ、おいっ! …まあ、そうなんだけど」
茉は顔を赤くして、慌てた様子で言った。
「もう、みんな行くよ! キヨさん、行ってきます」
キヨはハッとした表情で言った。
「大希! ちょっ、ちょっと待って!」
走って家の中に戻り、数十秒で玄関に戻ってきた。そしてピンク色の巾着袋を大希に手渡した。
「忘れ物だよ! はい、お弁当♥」
「うん、ありがとう婆ちゃん。いつも有難いんだけど、ちょっとお願いがあるんだ」
「あら、な~に?」
「このピンク色の袋止めてくれない? あと、オカズをもう少し地味にしてほしんだ」
ピンク色のパジャマを着ているキヨは言った。
「えーっ! ピンクは私達のラッキーカラーだよ! それに地味にって、どういう事?」
「オムライスにケチャップで『LOVE』とか書かないでほしいんだ。
恥ずかしくて、食堂でお弁当のフタを開け辛いんだよ」
「えーっ、ヤダヤダヤダッ! お弁当は大希へのラブレターのつもりで作ってるのにぃ! そんな事言うんだったら、もう『おはようのキス』してやんないぞっ!」
茉と心子は、二人で絶叫した。
「おはようのキス~?」
キヨは二人の様子を見て笑った。
「アハハッ、また二人でハモッたね!」
大希は大慌てで両手を振った。
「してない! してない! そんなのしてないから!」
キヨも言った。
「ごめ~ん、言い過ぎたよ。冗談だって! 『おはようのキス』なんてしてないよ」
茉はホッとして、胸をなでおろした。
心子は不安そうにキヨに聞いた。
「さすがに『おはようのキス』は冗談って分かるんですけど、『お弁当はラブレターのつもり』っていうのは…?」
「もちろん、それは本気だよっ!」
「そっ、そうですか…」
キヨは潤んだ目で、悲しそうな表情をして大希に言った。
「ねぇ大希。愛している孫にお弁当を作るのが、そんなにイケない事なの?」
大希はたまらず、キヨを慰めた。
「わっ、分かったよ、婆ちゃん。今まで通りでいいから! タコさんウインナーも、うさぎリンゴも、ケチャップでLOVEも描いてくれて良いから! もう泣かないで!」
キヨの表情は一転して、清々しい笑顔になった。
「やったぁ! そうでなくっちゃね! 大希、だぁ~い好きっ♥」
キヨは大希を力強く抱きしめた。
「ちょっと婆ちゃん! ここ外だから! みんな見てるから!」
キヨはお構いなしに、抱きしめている腕の力を強めた。
「大希! 大希! 私の愛しい孫! 私はキミへの『大好き』が止まらないんだぁ♥」
茉と心子は、二人の様子を呆然と見ていた。
茉は恐る恐る、キヨに聞いた。
「あの~キヨさん。聞きたい事があるんですけど」
キヨは大希に抱き着いたまま、顔だけ茉に向けて答えた。
「ん? なにかな?」
「キヨさんがお婆さんの頃の晩年、大きな布団で大希君と二人で寝ていましたよね?」
「そうだよ」
「今はもうお元気だから、別々のお布団で寝ているんですよね?」
「どうして? もちろん一緒の布団で寝てるよ。別々に布団を敷くなんて手間だからさ」
「そっ、そうですか…」
「それにそんな事したら、大希に腕枕をしてもらえないじゃないの」
「うっ、腕枕!」
「な~んてね! 冗談だよっ!」
茉は再び目まいがしたのか、少しふらついた。心子が素早く、茉の後ろから体を支えた。
「茉、気をしっかり持って! 腕枕は冗談だからねっ!」
「うっ、うん…」
心子は、小声で茉に言った。
「相変わらず、キヨさんの『孫ラブ』は変わらないね」
「う、うん。まぁ、孫として好きなんだから、良いんだけどね」
「でもさ、キヨさんなら、いわゆる『嫁・姑』問題なんて無いんじゃない? 絶対いびられたりしないよ。むしろ、友達感覚でやっていけると思うな」
「キヨさんは大好きな親友だけど、怖い姑とは違う苦労をしそうな気がするよ」
「アハハ、そうも言えるかな。しかし、凄い光景だね。茉、見てごらん」
心子に促され、茉はキヨが大希に抱きついているトコロを、改めて見た。
心子は茉に言った。
「ピンク色のパジャマを着た女子高生みたいな女の子が、歓雫に抱きついてるよ」
「怖い事を言わないでよっ!」
「どうやら嫁・姑問題とは違う事で困りそうだね」
「…なに?」
「これはもう実質、精神的な『一夫多妻』かも---」
「もっと怖いよっ!」
茉と心子の元へ、キヨから『解放』された大希がきた。
「ごっ、ごめん! さあ、行こうか」
茉と心子が、不審な目で大希を見ている。
「あれ? 二人とも目が怖いよ?」
茉が不機嫌に言った。
「いーえ! あれ…?」
茉はふと、歓雫家の表札が目に入った。少し違和感があったので、表札に近づいた。
「この表札、新しくなってる?」
キヨが答えた。
「それね、四月になったのを機会に、新しいのを作ったんだよ。いいでしょう?」
横書きの表札で、『歓雫』と書かれており、その右に『キヨ』と書いてある。そこから下へ向かって『大希・ジョン』と書かれている。
茉は感激した様子で言った。
「わっ、ジョンだ! もうジョンは家族扱いなんですね」
「うん、ぬいぐるみだけど、もう家族みたいなもんだからね。銅像のジョンも含めてさ」
「へ~え、それは私も嬉しいな。…ん?」
茉はじっくりと表札を見て、疑問点が一つ浮かんだ。
茉はキヨに聞いた。
「あのー、『キヨ』と『大希』の間に空白があるのは何故ですか?」
「決まってるじゃない。大希の妻の為に空けているんだよ。楽しみだね、マミー!」
キヨにそう言われて、大希と茉は照れた。
特に茉は、顔を真っ赤にしてうつむいた。
「そっ、そんな…。妻だなんて、気が早いですぅ…よ」
嬉しさでオーバーヒートしている茉の耳元に、心子はささやくように言った。
「あのー、嬉しさ絶頂の時に悪いんだけど、水をさしていいかな?」
「…なに?」
「それって、『結婚 → 即・同居』って意味だよ」
「そっ、そうなの…?」
「そうだよ。歓雫とキヨさんとの三人で新婚生活。想像してみ?」
「…想像したくない」
三人は大学に向かって歩き始めた。キヨは三人が角を曲がるまで手を振っていた。
歓雫家から百メートルくらい離れた場所で、茉は立ち止まった。
それに気付いた大希と心子も立ち止まった。三角形の様に、三人は向かい合った。
茉は大希に聞いた。
「ねぇ、大希君。聞いておきたい事があるの」
「ん? なんだろう?」
「大希君は、キヨさんの事が好きだよね?」
「うん、大好きだよ」
「どういう意味で好きなの? 一人の女性として好きって事なの?」
「えっ?」
心子も言った。
「それは私も聞いてみたい。つまりさ、仮に歓雫が結婚しているとして、『妻と祖母、どっちが大事?』って聞かれたら、なんて答えるの?」
大希は困った表情になり、答えに詰まった。
その様子を見て、二人はガッカリした。『妻が大事』と言ってほしかったのだ。今の大希は、テレビドラマで出てくる『嫁と姑の間で右往左往している、頼りない男』に見えた。
落ち込んでいる二人を見て、大希は少し呆れた感じで言った。
「あのさぁ、二人とも何を考えているのか知らないけど、そんなマヌケな質問ないよ」
茉は少し語気を強めて言った。
「そんな! マヌケって---」
茉が言い終えるのを待たずに、大希は言った。
「キヨ婆ちゃんは大好きだよ。かけがえの無い、この世で一番大切で大好きな人だ」
「うん…」
「でも、それは『祖母』としてだ。『女性』として好きだなんて、微塵も思わないぜ」
心子はそれを聞いて、少し怒った。
「嘘だ! あんなに可愛い女子高生みたいな女の子に抱きつかれても・一緒に寝ても、なにも思わないっての?」
大希は、平然とした顔で即答した。
「思わないよ」
「どうして?」
大希は微笑んで言った。
「婆ちゃんだから」
「えっ?」
「俺の祖母だから。お婆ちゃんだから。姿・形がどうなっても、俺の気持ちは変わらないよ。あの人は…歓雫キヨは、俺の大好きなお婆ちゃんなんだ」
茉は安心した表情で言った。
「そうなんだ。歓雫君、そうなんだね」
「それに『見た目が変わった』って言うけど、俺はあまり感じないけどね」
大希の言葉に二人は驚き、心子が大きな声で言った。
「いや、別人みたい…というか、見た目は別人じゃん! 九十一歳のお婆さんが、女子高生みたいになったんだよ?」
「まあ、そうだけど…。でも、俺に言わせると、『太っていた人がダイエットに成功した』ぐらいの違いだけどね」
「いや、それは言い過ぎじゃあ…」
「う~ん、そんなに違うかな? 俺の場合、内面に違いを全然感じないから、そう思うのかも」
大希が正直に話している雰囲気だったので、茉は安心した。
「うん、分かったよ大希君。変な事を聞いてごめんね」
大希は茉に言った。
「婆ちゃんは、祖母として大好き。でも、女性として一番大切で大好きなのは茉、君だからね」
茉は顔を赤くさせて言った。
「うん! ありがとう! 私もだよ、歓雫君」
心子は良い雰囲気の二人を見て、ニコニコしながら言った。
「歓雫、茉を大切にしてよ」
「もちろんだ。楮乃がいなかったら、茉と仲良くなれなかったかも。感謝しているよ」
茉も笑顔で言った。
「うん、大希君と私を結び付けてくれたのは心子だよ。ありがとう」
「アハハッ、どういたしまして」
心子は二人の間に立って言った。
「じゃあお二人さん、記念に『CHU! 』ってしようよ! 今度こそ!」
大希と茉は同時に言った。
「しません!」
「じゃあ頬でいいから!」
またも二人で言った。
「しません!」
「残念! 見たかったのに」
三人で笑い合った後、心子は言った。
「『チュッ!』といえば…。歓雫、一つ聞いていい?」
「なに?」
「さっきさ、キヨさんと『おはようのキス』の話をしていたじゃない?」
「いや、あれは冗談だって! 本当だよ!」
「それは信用してるの。そうじゃなくて、別の話。キヨさんの言い方が気になってさ」
「言い方?」
「キヨさんは『おはようのキスなんてしない』って言ったんだよね。つまり---」
その時、三人の後方から声が聞こえた。
「大希~! ちょっと待って~! 忘れ物だよ~!」
まだパジャマ姿をしているキヨが、三人の元へ走ってきた。
すぐ大希の元へ到着したが、大きく息を切らしていた。
大希は心配そうに言った。
「婆ちゃん、大丈夫?」
「はぁはぁ、良かった、間に合ったよ。若返っても、いきなり走るのはこたえるな」
茉はそんなキヨの様子を、不思議そうに見ていた。
なぜなら、『忘れ物だよ』と言っているのに、手に何も持っていないからだ。
一方、心子は何かピンときたらしい。
心子はキヨと大希に聞こえないように、怯えるような表情で茉に言った。
「茉、大変だよ! 私の悪い予感が当たったみたい!」
「は? 何が? 私には分からないよ」
そんな二人を他所に、息の整ったキヨが大希に言った。
「うっかりしてたよ、危うく忘れるトコロだったね」
「いや、もう今日ぐらいよかったのに」
「だって、毎日の事じゃない? 忘れると、私の一日が始まらないんだぁ♥」
キヨがそう言い終えた瞬間、心子は茉の後ろに回りこんだ。
そして、『だ~れだ?』をするように、自分の両手で茉の両眼をふさいだ。
「ちょっと心子! なにも見えないよぉ!」
「茉は見たらダメだって!」
キヨは大希の両肩を軽くつかみ、背伸びをした。
そして自分の唇を、大希の左頬に近づけた。
「じゃあね、大希。今日も元気に行ってらっしゃい! CHU♥」
おしまい
イラスト:migmag
「私の愛しい孫、大希! 永遠に愛しているよ…」
☆あとがき☆
この物語には、二つの主題があるんです。一つ目は「おばあちゃん」。
おばあちゃんといえば、ドラえもん。ドラえもんファンの方なら、ピンときますか?
ドラえもんって大量にお話があるんですけど、ファンにアンケートをとったら、ダントツ一位のエピソードは「おばあちゃんのおもいで」なんですって。
SF物であり、最新の学術を採り入れたりもする漫画ですが、人気があるのは祖母のお話。
祖母との思い出というのは、多くの人に思い入れのある出来事なんだなぁと実感します。
二つ目は「笠地蔵」。皆さんは好きな昔話ってありますか? 私は笠地蔵が大好きなんです。善行を人や動物に行うのではなく、お地蔵様という「物」にするのがいいなと。それを人知れずに行うのがいいなと。お爺さんが笠を売れなかった事を、責めないお婆さんがいいなと。お礼の品を、夜中にそっと持ってくるお地蔵さんがいいなと。
格好いい演出がたくさん詰まった、粋な物語だと思います。
「おばあちゃん」と「笠地蔵」を足したようなお話を…と、思って書いてました。最終的には、「えーいっ! ラブコメも入れてしまえっ!」となり…。如何でしたでしょうか?
最後に謝辞を。
人物画ご担当のmigmag様、ありがとうございました。今回で三作目となりますね。
こちらの無理な要望も、プロフェッショナルの技術で叶えて下さり、感謝しています。
登場人物の風貌を考える時、今ではもう、migmag様の絵柄で浮かぶようになりました。
次回作も、ぜひ描いて頂きたい作家様です。
最後に読者様へ。
この物語を読んで頂き、ありがとうございました。趣味で書いた小説ですが、やはり人に読んでもらえるのは嬉しく・有難いです。
ご都合がお許しになる限りで結構ですので、次回作もお付き合い頂ければ幸いです。
二〇二五年七月二十九日・テラター
※日付は執筆当時。




