お救いください お薬師様 第十二話
常磐林蔵様が連載されている「宗盛記」の二次創SSです。
楽しむには「宗盛記」の知識が必須となります。
「読んでおいてほしい本編の話数」は下記となります。チェックいただければ幸いです。
宗盛記0100 永暦二年七月 豌豆瘡対策 から
宗盛記0105 応保元年十二月 帰京 まで
この連載は、プロットを作成の後、AIで文書化したものを推敲して仕上げています。
いままでは梟丸くん視点でしたが、この章は視点がしょっちゅう入れ替わります。
ご了承ください。
応保元年 秋
九月の末を境に、坂東の空気は少しずつ変わっていった。
それまでは、村でも宿場でも、誰かが発熱したと聞けば人々は顔を見合わせた。
「ついに来たか」と。
しかし十月に入る頃には、別の言葉が聞こえるようになる。
「熱が出たら連れて行け」
「隠すな。あそこへ行けば飯も出る」
村の外れに設けられた小屋。
寺の一角。
あるいは郡衙の裏手。
そこに患者を集めるやり方は、最初は恐れられた。
だが、戻ってきた者が語った。
「世話をしてくれる」
「米も粥も、水飴まで出る」
「治った者は顔の痕は残るが、また働ける」
そして何より。
「治った者は、もう二度とかからぬらしい」
その言葉が、坂東の人々を変えた。
熱を出した子を抱えてくる母。
牛車に寝かせられて運ばれる若者。
村の衆が見送る。
隠す者は、ほとんどいなくなった。
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十一月。
流行はまだ終わってはいない。
だが、明らかに勢いが落ちていた。
常陸の国府でも、帳面を付ける役人が首を傾げる。
「……減っているな」
村からの届けが、先月より少ない。
さらに、域外からの流入も減った。
街道の関や港での見張りが効いているらしい。
隔離の小屋では、別の変化が起きていた。
看病しているのは、以前の患者だった。
顔に痘痕を残した若者が、火の番をする。
治った娘が、水を運ぶ。
「次はお前の番だ」
「大丈夫だ、死なせねえ」
そんな声が飛び交う。
人手は、むしろ余り始めていた。
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冬の風が強くなる頃。
坂東の村々では、不思議な声が聞こえるようになった。
「オン・コロコロ、センダリマトウギソワカ」
子供が唱える。
老人も唱える。
薬師の真言だという。
病除けだ、という者もいれば、
「まあ、唱えて損はない」と笑う者もいる。
誰が広めたのか、もう誰も覚えていない。
ただ、坂東のあちこちで同じ声が聞こえる。
「オン・コロコロ……」
それは冬の風に混じって、静かに広がっていた。
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十二月。
常陸の国府の外れ。
出立の支度が整えられていた。
平教盛は、坂東を発つ準備をしていた。
長い流行期だった。
着任してから、鹿島へ行ったのは一度きり。
筑波も遠くから眺めただけだ。
魚は旨かった。
だが、それ以外はほとんど覚えていない。
その教盛の前に、二人の影が立っていた。
黒装束の長。
そして、その横で、何かをもぐもぐ食べている小柄な少年。
梟丸だった。
干し柿である。
どこから持ってきたのか、口いっぱいに頬張っている。
教盛は少し笑った。
「……よく食うな」
梟丸は、口を動かしたまま頷く。
教盛は、ふと真面目な顔になった。
「坂東は、これで落ち着くだろう」
長は静かに答える。
「ええ。破綻はありません」
風が吹く。
遠くの村から、かすかに声が聞こえた。
「オン・コロコロ……」
教盛は頷く。
「では、私は都へ戻る」
そして梟丸を見る。
「宗盛に、何か伝えることはあるか」
梟丸は干し柿を飲み込み、首を横に振った。
「何もない」
そして、いつもの調子で言う。
「黒装束は、影から視るだけ」
長も静かに頷いた。
「それが務めです」
教盛は、しばらく二人を見ていたが、やがて笑った。
「そうか」
冬の坂東の空は高かった。
教盛の一行は、やがて東海道へ向かって歩き出す。
その背を、黒装束の二つの影がしばらく見送っていた。
梟丸は、もう一つ干し柿を取り出した。
もぐもぐと食べながら、ぽつりと言う。
「……甘い」
長は、何も言わなかった。
ただ静かに、坂東の冬の空を見上げていた。




