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レグネルは僕の質問に少し間を置いてから、答えた。
「……ないかな。…………ヴィナスは? って聞くまでもないか」
そう言って苦笑するレグネルに僕もフッと笑みを浮かべた。
「少しエルヴィのところへ行ってくるね」
僕は席を立ち、エルヴィの所へと向かった。彼女はすぐに僕が近づいてきたことに気付き、剣を振る手を止めた。驚いた表情で僕を見る。
「……ヴィナス様」
「邪魔しちゃったかな?」
「いえ……、どうしてここに? お兄様に会いに来たんじゃ……」
「君の様子を見に来たんだよ。カイルとの勝負で落ち込んでいないかなってね」
僕の言葉にエルヴィはムッとした表情を浮かべる。
稽古中の彼女は髪を一つに括っており、いつもと雰囲気が違う彼女にときめいてしまう。……この格好でないのに、カイルとあそこまで戦えたのか。
僕は改めて先日の彼女の戦いっぷりに感心してしまう。
「そんなやわじゃありません」
「君がすごく強い女の子だってことは知ってるよ」
「…………次はいつカイル団長と戦えますか?」
「いつでも彼は君を待っていると思うよ」
エルヴィは怪訝な表情を浮かべる。
「本当ですか? 私のこと嫌っているように思えましたけど」
「『あれほどの子が今まで噂になっていなかったのが不思議ですよ』って言っていたよ。彼の興奮した顔を久しぶりに見た」
エルヴィの顔が少し明るくなった。彼女は感情がすぐに表に出るタイプだ。とても可愛らしい。
「……僕もいつでも君を待ってるよ」
僕がそう言うと、彼女はすぐに顔を真っ赤にする。
エルヴィはまだ僕に恋をしているわけではないと思う。ただ、恥ずかしいだけだろう。
ゆっくりと彼女に恋に落ちてもらえばいい。
「自分で言うのもなんですが、私のことが大きく噂にならなかったのって、どうしてなんですかね」
「ケーレス家が必死に君を守ってきたからだと思うよ」
社交界に一度広まった良くない噂は消えることはない。
エルヴィ・ケーレスは社交界にほとんど顔を出したことはないだろう。僕は社交界に対してあまり興味がなかったから、そういう噂には疎かった。……が、後に詳しく話を聞けば、ケーレス家の令嬢はおかしな子だという噂が流れていたようだ。
勇者を目指してる変わった女の子、だと。綺麗なのに勿体ない、ケーレス家の恥、とまで言われていたようだ。
だが、エルヴィの家族は彼女の実力を認めていた。だからこそ、これ以上エルヴィが生きづらくないようにエルヴィの知らぬところでエルヴィを守ってきたのだろう。
レグネルも今まで自分の妹の話をしなかったのは、その為だろう。
「……私を守るため」
エルヴィは馬鹿じゃない。
彼女は今僕が発した言葉でどれだけ家族がエルヴィの為に動いていたのか理解したのだろう。
「…………あ、の、私……、すみません。……お父様のところに」
「ああ、行っておいで」
僕がにこやかにそう言うと、エルヴィは駆け足で走りだした。
いつだって全力の彼女を見送った。




