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「イベントはないよりあったほうがい良いだろう?」
「貴方も残酷ですね。夢を叶えて勇者になったというものの、あれほど短命な職は他にない」
ヴィナスは何も答えない。代わりに地面で蹲っていた男が立ち上がり、言葉を発した。
「見つけてきたら、やめさせてもらえるんですね」
「最後までクソだせえな」
カイルは不快そうに眉をひそめる。
男は口の端が切れており、血が出ていた。殴られた痕がはっきりと残っている。
「ダサくても、俺は死にたくない。……俺は、命あってこそだと思います。今の彼女と結婚して、いつか子どもも出来て、幸せな日々を歩みたい。俺は、ただ死にたくないだけなんです」
その強い口調に私はあの時のことを思い出した。
死ぬと覚悟している者なんていない。あの瞬間の恐怖はこれからの未来を全て潰す威力を持っている。
私は男性の気持ちが少しだけ分かった。
…………けど、私は男性のようにはならない。逃げ出すのも一つの選択だから責めはしない。ただ、私はこの場に残ると思う。
「弱い男だな。その幸せな日々を誰が守ってると思う?」
「私が守るわ!」
気付けばそう言葉を発していた。
一気に全員の視線が私へと向く。私は心の中で深呼吸をして、ゆっくりと足を進める。
ヴィナスは「エルヴィ?」と驚いた表情で私の名を呼んだ。
「…………女?」
カイルの表情が歪む。
「私が彼の代わりに騎士団に入る」
私はカイルの前で立ち止り、そう言った。近くで見ると、カイルの大きさに驚く。この威圧感……、赤鬼と言われるだけのことはある。
「お前のような貴族のお嬢様がか? 自分の言っていることが分かっているのか?」
貴族だと分かっても、敬意もなく、一切媚びないその話し方に私はこの男は本当に怖いもの知らずなのだと実感した。
「女がこの俺の騎士団に入ると?」
「ええ」
「なめるなよ」
カイルの言葉で空気が変わった。彼が私を見る目が殺意に満ちていた。
泣き喚いてもいいぐらいの圧で私を睨む。ここで怯むわけにはいかない。お嬢様、で終わらせたくない。
「こいつはこんなだが、腕はなかなかだった。お前ごときにここの騎士団が務まるわけないだろう」
「カイル、僕の婚約者の侮辱は許さないよ」
ヴィナスが割り込んできた。
その声には怒りがこもっていた。私もカイルもヴィナスへの方を見る。
「婚約者?」
そう言って、カイルは私へと視線を戻し、じろじろとなめまわすように見る。そして、ヴィナスに向かって口を開いた。
「それは失礼いたしました。……では、ヴィナス様からこの美しい婚約者に言ってやってください。ここは貴女が来る場所ではありません、と」




