13
優しい声で私に話しかけてくれるヴィナス王子に私は羞恥の気持ちでいっぱいになった。
指一本動かすことすらできなかった私はここではお荷物だった。自分の力を過信していた。あんな怪物、私一人で倒せっこない。
きっと、今までの魔物もヴィナスが退治していたのだろう。
私は自分が無力だったということよりも、恐怖で動けなかったことを恥じる。
何が勇者になりたい、よ。……よく、あんなに威勢よく家から飛び出してきたけど、馬鹿だった。
「間に合って良かった。王子もなかなか忙しいものでね」
「申し訳ございません」
私は一歩彼から退き、頭を深く下げた。昨日は何も知らず、偉そうな態度をとってしまった。
「何を謝ることがあるんだい? 僕は大切な婚約者を守れたのだから…………、そんな険しい表情をしないで。君には笑顔が似合う」
彼が話している途中で私が顔を上げると、ヴィナス王子は少し困った表情を浮かべた。
どうしてこの王子は私に優しくしてくれるのだろう。
昨日初めて出会ったばかりの私をそこまで気にかけてくれるのだろう。
「なぁ、あれを見ろよ」
「普段、誰も近づけないヴィナス様が自らあの令嬢に話しかけたぞ」
「しかも女性に!?」
「えらく綺麗な女だな。この場所に合わない服装だし……。なんでここにいるんだ?」
「美女がいるのは場が明るくなるからいいっすけどね」
「バカッ、ありゃ、貴族のお嬢さんだぞ」
「なんだかあそこだけ眩しいな……」
「一般人の俺らは踏み入れることのできねえ世界だぜ」
周りの騎士たちの声が耳に入ってくる。
徐々に視線を感じる。ここにいる皆が私たちの方へと注目していた。
「殿下」
一人の若い赤髪の男性がヴィナス王子の方へと近づいてきた。胸元のバッチからして、彼がこの騎士団の団長だろう。
こんなに若いのによく団長に……。それほど優秀なのだろう。
いくつもの修羅をくぐり抜けてきた彼の顔を見ながら、私はきっと間抜けな顔をしているんだろうなと思う。
「負傷者と死者の数を数えろ。後は頼んだ」
「承知」
ヴィナスの低い声に短く団長が返答し、この場から去っていく。団員たちにすぐさま指示をして、テキパキに動く姿を見ながら私はどんどん惨めな気持ちになっていく。
というか、ヴィナス、騎士たちの前ではあんな表情なんだ……。
冷酷な彼の雰囲気を私は新たに知る。……私の前のヴィナスの姿が特異点なのかもしれない。
「ヴィナス王子」
「ん? どうしたんだい?」
ヴィナスは表情をすぐに和らげて私の方を見る。
「私、今日、なんとかなるかもって思ってたんです。私の力を見せることができるって」
「うん」
「驕りでした。……体が動かないし、呼吸の仕方も忘れるぐらい怖かった。『死ぬ』って覚悟した瞬間、もっと思い出を振り返るものかと思えば、そんなものは一切なく、ただただ何もできずに死んでいく自分が格好悪く、悔しくて、死んでも死にきれないって……。今でもあの時の恐怖を思い出すと、動けなくなります」
私はそう言いながら、自分で鳥肌が立っているのが分かった。
ヴィナスは私の話をちゃんと真剣に聞いてくれている。私は小さく息を吸って、気持ちを落ち着かせる。
そして、真っ直ぐヴィナスの方へと向く。彼の紫色の瞳を捉えて、私は口を開いた。
「それでも、私は勇者になりたい」




