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私は勇者になるはずだった  作者: 大木戸いずみ


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「ヴィナス王子……?」

 目の前で剣を握っている王子を私はバロンに乗ったまま見つめた。

 昨日とは違い、髪を耳の上で一つにまとめている。髪をまとめている彼は妙に色気があった。

 この場所に彼が着いた瞬間、周りの騎士たちが安堵のため息をつくのが分かった。

 ああ、この人だったんだわ。

 私はその瞬間に確信した。

 勇者試験なんか受けなくても、ずっとこの国で勇者をしていたのは紛れもなくジェガナ国の第一王子ヴィナスだ。

「ちょっと待っててね、すぐに片付けるから」

 こんな状況でもヴィナスは私に微笑む。

 …………なにその余裕。

 騎士たちの雄々しい声がこの場に響く。さっきまでと全く覇気が違う。

 ヴィナスが来た瞬間、空気が変わり、士気が高まった。

「ヴィナス様がいらしたぞ!!」

「おおおおお、ヴィナス様ぁぁぁ!!」

「勝った!!!」

 …………勝った?

 まだ蛇の頭を一つしか落としていないのに。残り五つ……。

 私がそんなことを思っている間に、ヴィナスはもうすでに一つ切り落としていた。

 …………嘘でしょ。

 なんて腕力と身軽な動き。さっきまで絶望的な状況だったとは思えない。むしろナルシェス側が切羽詰まっているように見える。

 この上級魔物相手にスピードで負けていない。むしろ、ヴィナスは余裕があるように見える。

 機敏に彼は蛇の頭を次々と切り落としていく。その綺麗な身のこなしに、戦場の中で駆け巡る女神に見えた。

 男なのはもちろん分かっているけれど……、なんだか急に現実じゃない世界に来てしまった気持ちになる。

 さっきまでの恐怖が一切なくなった。気付けば、手の震えも止まっている。

「最後の一つだ!!」

 誰かが叫んだ。 

 上からヴィナスが蛇の頭を勢いよく一瞬で切り落とす。さっきまで苦戦していたのが嘘のように、全て一発で切り落としていった。

 一体どれほど鍛えれば、この頭を落とせるのだろう。

 私は地面に散らばる六つの蛇の頭に目を向ける。

 …………信じられない。

 ただ、その言葉しか出てこなかった。自分の目を疑ってしまう。

 ヴィナスは剣を一振りして、ナルシェスの血を払う。

 私はバロンから下りて、こちらに近付いてくるヴィナスと目を合わす。……近くで見れば、かなり背が高い。それにやっぱり相当鍛えている身体だ。

 服の上からだと分かりにくいが、脱げば肉体美が露になるのだろう。

 さっきまで絶体絶命的な状況だったのに、私は呑気にそんなことを考えていた。

 昨日の今日じゃまだ見慣れないな、この美形。前世でどれだけ徳を積めば、これほどのイケメンに産まれるんだろう。

「エルヴィ、怪我はない?」

「え、あ、はい」

 私は気のない返事をしてしまう。

 もっと、怒られるのかと思っていた。この場所に無断で現れたのだから。

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