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破滅的な恋の成れの果て

「どうしてフィエルンが犠牲にならなければいけなかったんだ」


 両手で顔を覆い、エスタールは吐き捨てるように問いかけた。

 本当は彼女自身の選択だったと頭では理解している。だが深い悲しみの中、問わずにはいられなかった。


 爆風の衝撃で気絶したエスタールが目を覚ました時には全ては終わっていた。

 いつものように陽は昇っていて、荒野があるだけ。神や魔王も消え、何よりフィエルンがいない。懸命に捜したが髪の一筋も見つからなかった。

 まるで最初からフィエルンという娘などいなかったように。


「魔王に出会わなかったら、彼女は穏やかに一生を過ごせたはずなのに。これでは何の為にフィエルンが生まれたのか分からない」


 エスタールは、何もかもを攫っていった魔王が心底恨めしかった。

 光の神殿の長ローネンシアは、彼の苦悩を静かに聞き入っていた。


 子供達のはしゃぐ声が部屋の戸の外から聞こえ、やがてパタパタと可愛らしい足音と共に遠ざかっていった。


 首を垂れたままエスタールは沈黙する。


 受け入れるには日が浅いのだ。

 眉根を少しばかり寄せてローネンシアは口を開いた。


「そんなことを仰ると、フィエルン様が悲しみますよ。この世界をちゃんと目にして下さい」


 エスタールがハッとして顔を上げた。


 もう魔王も聖女も永遠に消えた。それでも世界は変わらず廻り続けることができる。

 2人が背負っていた役割を、世界の全ての者が肩代わりしている。神々の求める破壊と再生は、そのまま人の悪と善の行いに置き換えられた。

 半分は魔王が闇の神の力を利用した成果ではあるが、『試練』の判定を下した神々の許しでもあった。


 ローネンシアに、神はそんなことを託宣した。


「フィエルン様は我々も魔王も自分も自由になる道を探しておられた。だから『蝕』を起こしました。最初は罰を受けるのと引き換えに解放を望んでいたのでしょう。魔王の行動はフィエルン様も予想していなかったのかもしれませんが」


 エスタールは魔王が彼女の為に犠牲になったことが未だに信じがたかった。皮肉にも今があるのは憎い相手のおかげだということだ。


「神は試練で何を見ていたと思いますか?」

「自己犠牲···」


 認めたくない。それでもエスタールは理解していた。


「見返りを求めない愛情」

「ええ。二人だけではなく、あなたや我々のことも含めて」


 魔王にしがみつくフィエルンを遠くから目にした。最期の二人が目に焼き付いて何度も思い返された。


「二人は救われたのでしょうか?」

「·····分かりません」


 ローネンシアは寂しそうに窓の外へと目をやった。巨岩の窪みの箱庭に小鳥達が戯れていた。


「いつか分かる時が訪れることを祈る他ありません」


 *****




 エスタール王治世20年の記念の日。


 都は普段よりも賑わいを見せていた。

 通りは花々で飾られ、楽団が明るい音楽を奏でていた。国から子供には菓子が配られ、貧困層には食事が提供された。


 兄が王に即位して5年と経たずに亡くなり、長子がいなかった為に彼は跡を継いだ。未だ復興途上だが、少しずつ移民が定住し着実に人口は増え町も大きくなってきていた。

 彼が記憶する昔のイグニットの3分の1ほどの規模の人口ではあるが、それでも目覚しい発展といえよう。


 公平で誠実で民を思いやる国王は、大抵の民に好かれていた。即位20年を祝う為に、地方からもやって来た人々で都はひしめき合っていた。


「父上、早く!皆待っていますよ」

「分かっているから、落ち着きなさい」


 はしゃぐ子供達に手を引かれてエスタールは苦笑した。結婚が遅かった為にまだ小さな息子と王妃に抱かれた娘と共に彼は宮殿の広いテラスへと出た。テラスの下には、前庭まで入ることを許された民が一目彼を見ようと詰めかけていた。


「父上、凄い人ですね」

「さあ手を振ってあげて」


 王妃に促され、歩き出して間も無い娘も手を振っている。可愛らしい様子を眺め、再び前を向いた時エスタールは息を呑んだ。


 歓声を上げる民から少し距離を取った隅の辺りに若い女性がいた。黒みがかった銀の髪の20ばかりの歳頃だろうか。目を引いたのは女性の美しさや知った顔だからではない。

 ただ懐かしそうに笑って、こちらへ向けて唇を動かして何か言っている。だが離れているのだから聞こえるはずがない。


「父上?」


 息子が不思議そうにこちらを覗く。


「····何でもないよ」


『また会えたわ』と紡がれた言葉を、確かにエスタールは聞いた気がした。


 しばらく女性はエスタールを見ていたが、やがて隣にいる男に目を向けて何か話している。

 同じように銀髪の男がエスタールをチラリと見遣り、見せつけるように女性へ口付けをした。


 それから身を屈めると女性を横抱きにした。

 そこでようやく女性の腹が大きいことにエスタールは気付いた。


「あいつ·····」


 民衆を背にした二人が、雑踏の中へと紛れ込む。

 食い入るように見えなくなるまで姿を追ったエスタールは、押し寄せる安堵に慌てて目頭を押さえた。












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