少年は一人寂しく泣いていた
ギルドの旗を掲げた船は十六隻あり、それらは完全装備の兵隊が乗っており、彼等はアンティゴアの港の制圧どころか接岸と上陸を狙っていた。
また、どの船も煌々と松明を掲げているところを見るに、彼等の侵攻に怖れ慄いて逃げ行くアンティゴア人の漁船どころか小舟も見逃さずに沈めてしまおうとしているに違いない。
フォルモーサス軍はサーペント山脈に陣を布いていた。
よくぞローエングリン国が他国の兵を自分の国の玄関口に揃っても文句を言わななと不審に思えば、ローエングリンは王位継承について内紛中だとのことだった。
バルモアに残したイーサンとの通話によれば。
――――――
「え、この間おじいちゃん王弟が甥の王様を追い出してお終いだったでしょう。」
「うん。王国の国民がベイルの死に怒り心頭で革命中でね、どうしようか。」
「あら、どうしましょう。だからベイルは落ち込んでいたのね。」
「いや、教えていないよ。そうか、アンティゴアの事もきっと教えてもらっていなかったんだろうね。あの子はきっとすごく落ち込んでいる。」
――――――
私は思い出しながら落ち込んだままのベイルをしばし見つめていたが、このままでは彼が自分の力を出せないだろうと彼の肩をポンと叩いた。
「しっかりして。あなたはこれからギルドの目を掻い潜ってリゼルをバルモアの船に乗せるのよ。ちびこちゃんを守れるのもあなたしかいない。頑張って。」
彼はいつもと違って、はああああと、嫌そうな長い溜息をついた。
「どうしたの?」
「だって僕は数に入っていないもの。リゼルさんの偽物の死体を作ったのは絶対にアランドゥーラだよ。僕は何も知らされなかったのに。」
「あら、わたくしは知らなかった事ですわよ。大体常にあなたと一緒にいて、あなたと探検して制御室を見つけただけではないですか。何時あなたに知らせずに悪巧みをする時間があって?」
「でも、あの死体は。」
ばしんとベイルの肩を、私が手を乗せている肩ではない方だが、別の人間がベイルが揺らぐぐらいに叩いた。
「おーい。俺は君に期待しているよ。一緒に頑張りましょう。それからね、あの死体は俺のベッドに入ろうとしていた女の子。硫酸入りのナイフで俺は刺されそうになっちゃって、きゃあ、だよ。リゼルとあの死体の交換のタイミングが難しくてね。スティール様が力自慢の大男のくせに物体の移動魔法を使えるって知っていた?たった二メートル程度しか移動できないそうなんだけどさ、上手くいったでしょう。リガティアも完全に騙された。ノーマンこそ、だけどね。」
私とベイルは驚き顔でアシッドを見返し、アシッドはにやりとしたまま生やした髭が痒いという風に指先で掻いた。
「その髭は剃りなさいよ。似合わない。」
「リガティアは!もう!君はこんなに強いんだから俺達は大丈夫って思ったけどね、いや、怪我はしないはずと考えていた。要石の祭壇に入れられるのは想定していたけど、刺されるなんてこれっぽっちも考えていなかった。で、ノーマンは君を囮にするなんて本気で許せない男だろ、内緒だったの。ノーマンには、リゼルが殺されていたって死体を転がすだけと伝えていたの。それがあんなことになって、ごめん。痛かっただろ?」
むくれていたノーマンの理由がこれだったのか。
そうだ、彼は私が特別だから絶対に傷つける事を計画する訳が無いだろう。
「ああ、叔父さんも知らなかったのか。そうか、僕は役立たずじゃ無かったのですね。僕のせいでローエングリンの国はボロボロなのに。」
「どうして知っているの!私はさっきイーサンに聞いて知ったばかりなのに!」
「バルモアのあの古代船は周囲の状況を見る事が出来るの。それで、チャンネルを弄って色々な国を覗いて見ていて……。」
私はベイルを抱き締めた。
抱きしめて、彼の為になんだってすると言いかけた。
「ベイル。ローエングリンの王様になります?良いですわよ。わたくしはいくらでも邪魔な人達を蹴散らかしてあげますわ。」
抱き締めていたベイルがびくりとしたのは武者震いではなく別の震えだろう。
私もこのちびこは少しどころかとても怖い。




