願わくは人は地に足をつけて前を向く事
「われ考える!ゆえにわれあり!人間は考える葦である!」
私は大声をあげると自分の杖をどんと床に打ち付けた。
周囲がぎょっとした顔で私を見たが、そうでなければいけない。
大魔女リガティア・エレメンタインがこれから大魔術を執り行うのだ。
「リジー!何をするつもりなの!」
「叔父さん!よそ見をしないで。」
「はははあ!そうだあ!」
がしゅん!
ノーマンが避けるのが遅ければスティールの剣はノーマンのどこかをそぎ落としていただろう。
彼等は殺陣に戻ってしまい、私は杖を床に打ち付けた格好で取り残された。
「見てよ!注目してよ!これから私が全てを破壊するつもりなのに!」
「却下!却下!却下!」
ノーマンは私の方を一切見ないくせに、スティールと打ち合う剣の音に合わせるようなリズムで全否定の声を上げた。
「何よ!その言い方は!いいわよ!見てくれなくとも勝手にするから!」
「およしになって!」
私にしがみ付いて私を止めて来たのはアランドーラ姫だった。
「いいえ。やらねばならない。皆を不幸にしかしないこんな要石なんて柵、今この時に全て破壊するべきよ!」
「だめです!これは金の卵装置です!完全回復装置などどこの国も持っていません。他国の、それも金持ち限定で治療を施してあげれば、かなり儲けることができる装置ですのよ!」
私は自分にしがみ付いて、大昔のジークみたいな事、いや、今だって言いそうな事を喋るジークの娘を見下ろし、一応この機械がアンティゴアの城壁を守る装置だと伝えてみた。
「あの、なんだか要石の配置を完成させれば、他国の侵略を防げるだけでなく、攻撃も出来るらしいのですけれど。あの、危険ではございませんか?ちびこ姫?」
私にしがみ付いていたちびこは、あらそれもそうね、と言って私から離れ、腕を組んでうーんと悩みだした。
「そうよね。ここは制御室ですものね。セキュリティシステムも繋がっているとなると、あら、でも、うーん。アンティゴアの少ない人口的には人員不足の解消が出来る自動防御態勢はあった方が良いですものね。」
「あの、ちびこ様?」
「ねえ、リガティア様。あなたはどんなふうに破壊をするつもりだったのかしら?破壊はここだけ?アンティゴア全土?」
「もちろん。城壁は粉々。そして、全土も破壊するつもり。」
「全土の破壊はどのように?」
私はノーマンの中庭を思い浮かべていた。
緑あふれる緑だけの豊かな風景だ。
「アンティゴアの乾いた土地全てに芋かイチゴの苗を植えつけていくわ。いつもお腹がいっぱいならば、誰だって幸せだもの。みんなで田畑を耕していれば毎日田畑の様子を見なければいけないから戦争で外に行くことなんかできなくなるもの!ここを緑の大地にするのよ!」
「まあ、それでしたら全土の破壊はお任せするわ。では、わたくしがこの防御攻撃装置の制御盤に無効となるキーを入れるのはいかがかしら。防御の為ではなく、自分勝手な攻撃を他国にする命令を出した時点で装置が無効化するような仕掛けをつくるの。」
「できますの?そんなことが。」
「うふふ。わたくしはエルドラドの最終兵器の娘ですもの。」
「まああ。さすがですわ。アランドーラ姫。」
私達は違いに微笑みあい、私はここからアンティゴアの枯れた大地の中心へテレポートしようとアンティゴアの全土を見通すべく瞼を閉じた。
どうして海も山脈も夜なのに松明の明りで煌々としているのだろう。
「させるか!」
モーガンの声にぱっと私は瞼をあけた。
私とちびこを目掛けてモーガンが剣を繰り出し、しかし、その剣は私達に届くことなくモーガンは剣を持ったままばたりと倒れた。
ボウガンを射った男は真っ直ぐに室内を横切って私達の元に駆け付け、短い矢が背中にめり込んだ痛みに悶えるモーガンを後ろ手に縛り上げた。
「安心して。あんたがリガティアを刺した傷よりも可愛いものだからさ。」
「アシッド。」
彼はしゃがんだまま私達を見上げてウィンクをしてみせた。
「俺を呼びなさいって言ったでしょう。呼んでくれたらもっと早く来たのに!」
「うそばっかり。あなたはそうやってあたしを苛立たせて嬉しいの!ノーマン!あんたの想定通りに敵が来たよ!あんたが言った通りに、あたしが殺された報を理由にアンティゴアの占領を望むギルドとフォルモーサスの大軍が!」
ガキインと大きな剣の打ち合う音を最後に、今まで攻防していたノーマンとベイルどころか、あの麻薬中毒のようだったスティールまでも剣を納めた。
私は彼等の動きにも驚いていたが、私達に叫んだ聞き覚えのある声にこそ驚いていた。
褐色の肌に良く似合う黄色のドレスを着た淑女は私と目が合うと、彼女の美貌を際立たせているその虹色の瞳を輝かせてにっこりと微笑んだ。
「ほら、ドレスを着ればあたしの方が奇麗でしょう。あんたの信奉者もあたしは既に頂いているしね。アシッド・クレスは新生アンティゴアの女王の配偶者となります。」
私は自分を騙しきっていたノーマン隊への鬱憤を、自分の一番近くにいる男へと向けていた。
つまり、アシッドを蹴とばしたのである。
蹴られたアシッドはごろんと、それはもう気持ちのいいくらいに、しゃがんだ姿勢のまま床に転がった。
「ちょっと!あたしの彼に何を!」




