我は破壊を司る者
私はノーマンの自殺行為を止めるべく叫んだが、水槽の中の私の声など届くわけもなく、だが彼は石を取り出すために自分に短剣を刺す必要は無かった。
ピーという耳障りな音がこの霊廟のような石の部屋で鳴り響き、ノーマンどころか私を含めたこの空間にいた者全てをびくりとさせたのだ。
「破損細胞の修復は全て終了しました。今すぐにリガティア様を生体修復装置から取り出しますわね。」
機械的すぎる話し方をした少女の可愛らしい声がノーマンに短剣を持つ手を下ろさせ、それどころかノーマンを唆していたモーガンこそ動きを完全に止めることになった。
二人が呆気にとられたのは当たり前だろう。
今までどこに隠れていたどころか、背景の一部がにょきっと動き出したのだ。
動き出したそれは小さな子供の形で、それは一歩歩くごとに自分の色を取り戻していき、色を失わせていた膜のようなものが人型から徐々に剥がれて行った。
そしてその膜のようなものは小さな体の左側に集約していって、最後は左腕の形をとってそこで完全に収まった。
アランドーラはそのまま私の閉じ込められている水槽に付随する操作盤らしきものへと歩いてくると、彼女は昔のジークを彷彿とさせる動作でその操作盤の操作をし始めた。
まずは私を満たしている培養液の排出。
浮力が無くなった私は水槽の底にどしゃっと崩れ落ち、それだけでなく、肺の中に入っていただろう培養液に咽て激しい咳が止まらない状態となった。
「ああ!リガティア!」
ノーマンがほっとしたようでも私を心配した声を上げたが、私は彼に応えるなんて余裕は苦しさで一ミリも無い。
「あ、ごめんあそばせ。先に肺清掃するの忘れていた。リガティア様、天井から出てきた呼吸器を口元に当てて下さる?」
私は止まらない咳と窒息死しそうな苦しみの中、死に物狂いで天井から下がってきた管のついた葉っぱのようなものを口に当てた。
「ああああああ。」
私は死ぬのを免れたようだ。
「ふぅ。では次の段階。まあ、カプセルを開けるだけですけど。」
「させるか。スティール!ここにいる者を全て殺せ!王もだ。いや、王を騙っていた単なるスペアだ。さあ、殺せ!」
「モーガン。残念だ。本当に残念だ。俺はあなたに踊らされていても素直に踊り続けていようと覚悟はしていたのに、本当に残念だ。」
モーガンはノーマンの中庭で私に向けた殺気を、今度は隠すことなくノーマンにこそ向けた。
がつん、と重たい足音がして、体の左側を帯のようにして入れ墨をされた奴隷兵士のような男が自分の存在を知らしめた。
殺気も何もないが、その男は大きな半月刀を既に鞘から引き出していた。
「ノーマン様。あなたは可愛らしかったですよ。幼いころは。成長されて、ええ、私の願う通りに次々とアンティゴアの復讐を叶えて下さった。まず最初は、私の孫息子と、赤伯爵家の子女、そして、白伯爵家のご子息の奪還だ。あああ、ありがたかった。あの可愛い孫がようやく救われるのだ。私は出陣するあなたにどれだけの感謝と望みをかけたことだろう。」
そこでモーガンは一息を吐くと、ノーマンに向かって大声をあげた。
「どうして連れ帰った。どうしてスティールを殺してやらなかった!赤伯爵もそうだ!白伯爵も!彼らは生き恥だ。誇り高いからこそ奴らに蹂躙された姿が許せないと苦しんでいる。ああ、あなたが脆弱さしか持たなかったために、私の孫は壊れてしまった。ああ、今や麻薬に溺れたゴーレムだ!」
ノーマンは辛そうにぎゅっと唇を噛んだ。
そして私は宴の席にもいなかったどころか、いや、アンティゴアに来てからディーナとドゥーシャに会っていない事に気が付いた。
彼等はあんなにもアンティゴア復興の為に戦っていたのに、アンティゴアでは恥の存在として隠れていなければいけないのか!
「さああ、ノーマンよ!その身に孫の辛さを受けるがよい。スティール!お前を恥辱の地獄に落とした男だ!切り刻め!恨みを晴らせ!」
「ふふふ。おじいさあん。俺にはノーマンに恨みなど無いですよぉ。もういいんですよぉ。俺はこれでいい。これが楽しい。城を汚したブート人を全員殺せたし、いいんですよぉ。切り刻めるのは最高だあけどね。」
リゼルという女性の首を刎ねた男はノーマンに向かって剣を振りかざし、私は短剣しか持っていないノーマンに剣をと、金の魔法陣を展開させようとした。
「ごほ、ごほっごほっごほっごほっごほっごほっ。」
「まだ動かないでくださいな。肺から完全に水が抜けないと肺炎になりますよ。」
「でも、ごほっ、ノーマン、ごほっ、が。」
「おじさん!下がって!はい、剣も!」
どこに隠れていたのかちびこのナイトはどこからか飛び降りて来て、スティールの剣から逃れたノーマンに対して彼の長剣まで投げ渡した。
そしてベイルとノーマンは二人仲良く、ドゥーシャと同じぐらいの大男である奴隷戦士と剣を交えだした。
「ご覧のようにベイルがおります。ベイルは父の薫陶を受けてしまったせいか、ふふ、無駄な動きこそ好きになってしまったようですけど。最初の師が良かったのですね。なかなか頼りがいがありますのよ。」
くすくす笑う幼女に背筋に冷たいものを感じながら、私はハハハと乾いた笑いをあげていた。
「あら、笑えるのでしたらもう大丈夫かしら。では仕切りを外しますわね。」
しゅんと音を立てて私を囲っていたガラスの壁は無くなり、私はまだ残る咳をしながらでも金の魔法陣を呼び出した。
杖だ。
私は魔法使いだ。
破壊神だ。
杖を持って過去に縛られているだけのアンティゴアを破壊しなければいけない。




