友達だもの、でしょう?
私はハルメニアに完全に無視された。
いつものように私へと門は開かず、そこで私は普通の人間としてハルメニアに対峙することに決めた。
高い門をよじ登り、無理やりに彼女の領地の中に入り込むという作戦だ。
決意を決めると私はローブを脱ぎ去った。
ローブを脱ぎ去る時には、私は動きやすい男性服のようなズボンとチュニック姿というものに早着替えもしている。
それから、長い髪を三つ編みの一本にまとめ、そして呼び出した金の魔法陣にローブを片した。
「よし。行くぞ。ハルメニアに以前にもされたクエストだと思って頑張るのよ。」
私がヒールを分けて欲しいと彼女に頭を下げに来た時、魔法使いだったら一番最初に覚えるヒールを覚えられないのはおかしいと、私は彼女にクマや狼どころか狂暴なゴブリンが棲まう森に閉じ込められた事がある。
「魔法禁止で三日生き延びられたら、あなたの言う方法で売ってあげる。」
結果、私は半日で死にかけたが、ハルメニアは私の身体を治してくれた上に完全ヒールを売ってくれると約束してくれた。
「本気でヒールが使えなかったのね。わたくしの魔法を取り込むことでわたくしを取り込む魔法をかけるつもりなんだと邪推してごめんなさいね。お一つだけ言わせてもらうと、あなた、もう少し鍛えた方が良くってよ。食人植物のレガシィの蔦程度で死にかけるなんて、非力すぎと思わなくて?まあ、お子様だもの、そこは仕方が無いかもしれないけれど、今後の為に鍛えなさい。よろしくて?」
「あ、ハルメニアはきっとやっぱり二十歳じゃ無いわ。喋り方がお母さんみたいだもの。うん、きっと、いい年なんだわ。」
ハルメニアが聞いてるのは承知の上で悪口を言うと、私は両手に唾を付けて、第一の関門となるハルメニアの三メートルはある門の鉄柱にしがみ付いた。
「登るわよ。登って超えて見せる。」
私はあれから頑張って体を鍛え、木登りだって木によっては出来るぐらいに腕力も体力も付いたのだ。
「ああ、子供の頃はあんなに上手に体も動いて速く走れたのに。日々体が重くなって、いいえ、あの頃だって私は魔法陣の中に隠れて逃げただけね。動くとお腹が空くからって、出来る限り動かないようにもしていた。」
過去の自分を哀れむ愚痴が出るのは、私は二メートル半を昇った所で息切れして、でも、あと半メートルで柵の天辺に行けるのに体が滑り落ちないようにと柵にしがみ付いているだけで精いっぱいなのだ。
右腕だけでもあと少しだけ、あとほんの数秒だけ伸ばせたら、私は柵の天辺に辿り着けるだろうにと、動けなくなった自分の不甲斐なさに唇を噛んだ。
――あいつらは生き残ってくれたが一生の傷を負ってしまった。
ディーナの褐色の瞳が思い出された。
私が友達としてと彼に言った時の彼の瞳だ。
いや、実際はどんな瞳をしていたのか見ていない。
彼は私の言葉を聞くやクッションの中に自分を紛れ込ませてしまったのだ。
――――――
――君に再会できて嬉しいよ。ああ、友人を家に招けるのは最高の気持ちだ。
私はイーサンの城にベイルが逃げ込んだ報を聞くや、こっそりと魔城の彼等の暮らしぶりを覗きにいった。
自分が初めて行った他者の人生の歯車へのちょっかいが、不幸なものになっていないのだろうかと不安になったのだ。
けれど、イーサンは私を心待ちにしていたと姿を消していた私に呼びかけ、美味しそうな焼き立てケーキを乗せた盆を両手に掲げて見せた。
――さあ、お茶をしよう!君が甘いお茶を飲む時間ぐらい、世界の不幸は君の助けを待ってくれると思うよ。
――――――
「あなたも泣いたのかしら、ディーナ。私は誰にもお友達になんて言って貰えると思っていなかったから、イーサンの友達って言葉に涙が出たのよ。」
私はぎゅうっと目を瞑ると、自分は落ちない、と自分に言い聞かせた。
落ちたって二メートル半程度じゃ怪我もしないでしょう、と。
もう一回やり直すだけよ。
再び瞼を開くと、半メートル先の目的地を睨み、左腕と両足にぐっと力を籠めると右手を大きく半メートル先へと伸ばした。
指先は鉄の柵の天辺に辿り着いたが、柵の天辺をつかみ損ねた。
いや、つかんだが私の腕力と握力が自分の身体を持ち上げるまでに行かなかったのである。
私は当たり前のように地面に落ちるだろう。
「危ない。さあ、手を貸すから上がって来て。私があなたを手助け出来るのは柵の内側にあなたがある時だけ。柵の外側にいる限り何にもできないのよ。」
「ディーナ!」
私の外れていたはずの手はディーナによって再び柵の天辺を握らされており、私は柵越しに見えるはずだったのに見えなかった風景を彼の手を通して見えてしまった。
ドゥーシャはディーナを肩車して柵に寄りかかり、ディーナはドゥーシャの肩に両足を掛けた姿で私の手を握っているのだ。
また、彼の言葉の通りに柵にしがみ付いていることで柵の内側へと出ている私の左の爪先はドゥーシャの手の甲によって支えられてもいる。
私は助けに来てくれた友人の存在にふふっと笑うと、彼等の助けを大いに利用して柵の天辺へと身を乗り上げた。
柵の天辺から見回すハルメニアの領地は、下で柵の間から覗くよりも広大で美しい姿を私に見せつけていた。
「ああ、本当に気分がいいわ。ハルメニアは私に自分の素晴らしい領地を見せびらかしたくもあったのね。ええ、ええ、苦労してのこの景色は、本当に素晴らしい事ですわ。」
「それは良かった。では、早く飛び降りて。私があなたを受け止めてあげるわ!」
ディーナは既にドゥーシャの肩車から降りており、私に腕を広げた。
白いチュニック姿の彼は真っ赤な髪の毛がとてもよく映えて、そして、彼が今顔に浮かべている笑顔は彼を女性と間違うことのない彼自身の笑顔だった。
天真爛漫な笑顔というのだろうか。
「では、飛び降りますことよ!」




