アンティゴアの要石の秘密
ジークと一緒に王宮の地下に潜って見れば、昨夜ノーマンをぞっとさせた生贄の祭壇と要石の祭壇前には小さな女の子の後ろ姿がひょこひょこと動いている。
その光景がリガティアが生贄にされた光景を打ち消してくれた事で、ノーマンは昨夜の恐怖心が薄れていくように感じていた。
「アランドーラ姫は一体何を?」
「俺が知るわけ無いじゃない。俺は命令されて君をここに連れて来ただけよ。」
「え、君はここの秘密を俺に教えるって。」
「え、ちびこが君に教えるって俺は言ったじゃ無いの。ねえ、ちびこ。連れて来たから教えて頂戴。そんで、わお!改めてみれば完全回復装置があるじゃ無いの、ここは!回復魔法使えないエレには最高の場所だね!」
ノーマンは昨夜もそんなことをアランドーラ姫が言って、祭壇を壊すというリガティアを押しとどめていたなと姫を見返せば、姫は腕を組んでノーマン達の方向を向いていた。
彼女は左の眉をそっと持ち上げてジークを黙らせ、ノーマンも姫に恐れをなしてジークの隣で間抜けに微笑んで見せた。
「では、説明します。まず、ここは生贄祭壇ではありません。」
「はい?いや、だって、何百年も生贄を入れたり出したりでこのアンティゴアの城壁は保たれていたんだよ!」
幼女は四十代以上の女性がするような大人びた溜息を出した。
ノーマンとジークが母親に叱られる子供になったように感じられる溜息だ。
つまり、ノーマン達は六歳程度のようじょ様に完全に圧倒されていたのである。
「まあ、何百年もですか?それでは真実は衝撃が強すぎるかもしれませんね。さあ、お座りになって。」
幼女はノーマンたちに座れと言う風に右手をひらひらさせ、ノーマンとジークは幼女に反発どころか素直に石の床に腰を下ろした。
幼女は二人の大人の男を従わせたことに満足の笑みを見せると、ノーマンが横になって寝込んでしまいたいと思う事実をぶちまけた。
「この設備は古代人の技術です。古代人達が去ってからここを住処としたアンティゴア人がここの使用方法を知らないのも仕方がありません。アンティゴア人はここの起動方法がわからなかったから、それでそこの完全回復装置に誰かを押し込むことを繰り返していたのだと思います。ほら、救命装置は自動的に作動するものでしょう。ここに人を入れ込むと電源が勝手に入って作動しますから。」
ノーマンはアランドーラ姫の賢そうな顔に目も向けられなかった。
自分の顔を覆って自分の先祖たちの間抜けさを呪うしか出来なかった。
「起動方法がわかんなかったから、間抜けな俺達は何百年も無意味な死体を作り上げて来たって事なのか?」
「あら、死体など作ってはいませんよ。体が治ってもこの容器に入れっぱなしに出来ますが、入れっぱなしでは肉体が腐って死んでしまう。そこで強制排出が行われて代わりの誰かが入れられる、そういう繰り返しだったはずです。ええ、リガティア様のお母様の記録ですと、三百年と十五日、ですわね。こちらの太陽で真っ黒に焦げてしまった魔族の蘇生と治療には長く時間がかかるかもしれません。そして魔族は寿命も長いし石のように眠ることも出来ますから、ええ、閉じ込められた生贄とアンティゴアの人々が思い込むのも仕方がないですわね。」
「ああ、間抜けと罵ってくれ。なんてことだ。俺達は生贄が消えたとそれだけで国を守ることなく全てを放棄してしまったのか。放棄して、無抵抗に次々に殺されてしまったのか。」
「まあ、落ち込むことは無くてよ。ええ、生贄、というか患者の存在は国を守るために必要でした。回復装置に入っている人を守るために自動的に防御迎撃システムも動くものですから!」
ノーマンは自分の人生は何だったのだろうかと情けなくなりながら、自分の抱えていた要石を取り出して制御盤の窪みへと全ての石を置き直した。
ごおんと、まるで風車が動き出したかのような小気味よい感覚が起こり、ノーマンは落ち込みながらも石達がようやく帰還できたと喜んでいるようにも感じた。
「素晴らしいわ。これでアンティゴアは防御迎撃に対して無情な程に強固になった。我が最強のバルモアに匹敵できるほどに。ここならばわたくしが嫁いでもお父様は心配なさらなくてすむ。回復装置があればこの国はガンガンとお金も稼げて富んでいき、わたくしが生活に困ることは無い。何よりも王族でありながら面倒な王位からは遠いという立場の王の甥、永遠の王子様との結婚よ!素晴らしい事よ!」
ノーマンは幼い姫の計算高さにぞっとしたが、ジークは別のぞっとを感じたらしく、幼い姫をかき抱くとアンティゴアの制御室から脱兎のごとく駆け出して行ってしまった。
「いやだ!ちびこはまだまだ絶対に嫁にやらん!」
取り残されたノーマンはジークの慌てぶりに鼻を鳴らしたが、もしリガティアに自分の子が出来たことを考えて彼も自分もそうなるだろうと思い当たると、笑い事では無いと笑い出していた。




